(執筆日:2009年07月19日)
「傘、返したから」
私は各務くんの机を指差した。
「あ、そう」
各務くんの返事はそっけなかった。
会話がなくなる。互いに沈黙。静まり返る教室。
気まずさに辟易しながら、私は話しかけた。
「なんでこんな早い時間にいるの?」
「昨日も俺はこの時間だよ」
「え?」
各務くんは教室の戸を閉めた。そして戸にもたれた。
「昨日の帰りは大丈夫だったけど、おとといの帰りに尾行された。俺の家がどこにあるのか突き止めたい女が結構いる。かなり迷惑」
「それを私に訴えられても。私はそこに参加してないし」
「なんとか逃げ切ったから、誰にも突き止められなかったけど」
「……そう。よかったね」
各務くんがなんでそんな話を私にするのか、よくわからなかった。
「傘、なんで貸してくれたの?」
「困ってるみたいだったから」
「他の女子とはほとんど喋らないじゃん」
「だって、どうでもいいし」
私は首をひねった。何かが矛盾している。
「男子たちとは仲良くしてるじゃん」
「過ごしやすい環境を作っただけだよ。浮いてると女からモテるだけに敵視されるし。そういうの、面倒だったから」
「じゃあなんで私とは喋ってるの?」
各務くんは黙ってしまった。
互いの間に落ちる沈黙。気まずい沈黙。
何か喋らなきゃと焦ってしまう私。
でも各務くんは、落ち着きはらった余裕の態度。