(執筆日:2009年08月09日)
「じゃあ、各務くんはどうなの?」
今度はこっちから問いかける。各務くんがチラッと視線を向けた。
「なにが?」
「クラスに好きな娘がいたとか、いないとか」
「俺まだ転校してきたばっかだよ。一目惚れとかしない主義だし」
「可愛いなと思う娘がいたとか、いないとか」
「そういう目で、クラスの女子を見たことないな。なんだろうね。モテすぎて逆に冷めちゃうみたいな、そんな感じかな」
各務くんの発言は、確実にクラスの男子たちを敵に回してしまいそうな内容だった。
「なんかそれ、自慢っぽくて嫌味」
「事実なんだからしょうがないだろ」
「彼女いたの? アメリカに」
「……アメリカに住んでた記憶ねぇし」
各務くんの言葉が少し濁る。
「俺は俺の正体がわからない。何が真実で何が虚像なのかもわからない。自分の存在そのものが理解できないんだ。俺はいったい誰なんだろうって。アメリカにいたことになってるけど、知識としてはある。各務来斗の人生の知識はある。むりやり記憶した歴史の年表みたいに、知識はあるんだ。でも実感はない。これが記憶と呼べるものなのか、そう思い込んでるだけのものなのか」
各務くんの言葉はややこしくて、よく理解できなかった。
「各務くんは、各務くんでしょ? 他の誰でもないと思う」
「自分の正体がわからないことが、どれだけ不安定で怖いものなのか、北丘にはわからないんだろうな」
各務くんがクスッと笑った。
「まぁ、いいや。俺のことは。きっと俺がわかってないことも、あの人はわかってるんだと思う」
各務くんはオルドの背中を眺めながら言った。私はハッとした。確かに彼は、各務くんのことを知っているような素振りを見せた。本当かどうかまではわからないけれど。