(今回が初出 執筆日:2000年07月16日)
アンティックドールはいつも棚の中にあった。
睫毛の長い青い瞳。金色の腰まである長い髪。
いつも彼女は無表情で、虚空を見つめていた。
どんなに手を伸ばしても、一番高い棚にあるアンティックドールには届かない。
縫い物をしている母親に、あれを取ってと呼ぶこともできない。
邪魔をしたら叩かれる。
木靴を鳴らしながら少女は家から出た。
部屋の中にいれば、暖炉が放つ暖かい空気に満たされる。
でも心が寒いからいたくはなかった。
外はシンシンと冷えている。雪が降りそうな薄暗い空。
道端に並ぶ木々の傍を走ったあと、少女はアンティックドールの店の前で立ち止まった。
「どうなさったお嬢ちゃん」
長く白いヒゲと、短い白い髪の店主が、店内のアンティックドールを見つめる少女に声をかけた。
「おうちにこれと同じ人形がいるわ。でもわざと届かないように置いてあるの」
「どうしてわざと届かないように置いてあるんだい?」
「母さんが小さいころから大事にしていた人形だからよ。あたしがさわると怒るの。でも、母さんはたくさんのことで怒るわ。あたしのことが嫌いなの」
「娘を嫌う母親なんておらんよ」
穏やかに笑う店主の言葉に、少女は反発を覚えた。
──なんにも知らないくせに。
「人形が欲しいのかい? 安くはないから、お嬢ちゃんにはちと厳しいがなあ」
「80ゼクダ持ってるわ」
「残念じゃな。15000ゼクダするんだよ」
「そんなに高くちゃ誰も買えないじゃない」
「それが、そうでもないのだよ」
世の中にはたくさんの金持ちがいて、人形はいくらでも売れる。
その話を聞いて少女は唇を噛みしめた。
すると、目の前にいたアンティックドールがまばたきをした。
「! 目が動いたわ」
「そりゃあ動くだろうね」
店主は驚きもせずに答えた。
「人形はちゃんと生きてるんだ。誰も気がついてないだけで」
END