晴正とそうなってから、オレは晴正しか目に入らなくなっていた。彼はすごく優しくて、甘えさせてくれる。仁科は毎日、陰湿にオレを見つめていたけど、何を言ってくるでもなかったから放っておいた。
言い寄ってくる奴はまだ他にもいたけど、特定の相手以外誰ともつきあわないと断わり、誰かのものになってしまったオレに興味をなくした人も何人かいた。
そんなオレに、一番納得いかなかったのは夏生だろう。
夏生は偶然どこかで会うたびに、何か言いたそうにオレを見ていた。けれど、結局なにも言っては来なくて、何を考えているのかわからないだけに、ちょっと怖かった。
オレはいつも晴正と行動し、決してひとりきりにはならなかった。ひとりになると夏生に狙われる。晴正もそれをわかっていて、だから傍から離れなかった。
おかげで誰も寄ってこれなくなったってわけだ。
晴正とは人目を忍んでよくキスしたり抱き合ったりして、すっかり恋人同士のようになっていた。
「え? 職員室?」
「そうなんだ。だからちょっと行ってくるけど、ひとりで大丈夫か?」
「平気だよ、たぶん。校内だし、人目あるし」
昼休みの時だった。
晴正は何の用でか職員室に呼ばれてしまい、オレはひとり残されることになった。晴正と付き合うようになってから一週間、家にいる時以外離れたことなんてなかったのに。
不安はあった。夏生につかまると逃げられないことがわかっていた分、怖かった。
晴正が教室から出て行ってしまうのを見送り、オレはひとりになる。教室にはまばらに生徒がいた。だから少し安心していた。
「夏生」
背後からいきなり呼びかけられて、オレは飛び上がるほど驚いた。振り返って見ると、仁科だ。
「話があるんだ。来てほしい」
相手が仁科だというだけで、行く気がしなかった。どうせロクなこと考えてやしないんだろう。仁科はオレとやりたいだけだ。オレは断わった。
「行かないよ」
「すぐに終わるから」
「行かないってば。嫌だよ」
言い合うオレたちに教室中の視線が集中した。
「なにやってんだよ。あ、高村、ちょっと頼みたいことあるんだけど、いいかな」
坂西が間に入ってきた。助かった。
「いいよ。なに?」
「ちょっと、こっち」
廊下に誘われた。とにかく仁科から逃げられればよかったから、オレは素直について行く。廊下を歩いているうちに、ふいに不安になった。
「……どこまで行くんだ?」
「午後に体育の授業あるだろ? それでさっき先生に、体育倉庫に使えるサッカーボールいくつあるか数えてきてくれなんて言われてさ。手伝ってほしいんだけど」
「あ、なんだ。……そうなんだ」
不安が消えなかったわけじゃなかったけど、本当かもしれない。坂西の背中を疑い半分で眺めながら、オレはついていった。
坂西は前に一度、言い寄ってきたことがある。オレが嫌がると、拍子抜けするほどあっさりと引いて行った。だから執着はされてないはずだった。
あの後、話も普通にするようになっていたし。
妙な目で見られることもなかった……はずだ。
体育倉庫の前に着いた。坂西は鍵を外して戸を開けた。中へと入って行く。
「なにやってんだよ、入って来いよ」
入り口で躊躇するオレに、坂西が振り返って言った。
「あ、ああ」
中に足を踏み入れた。サッカーボールの入っているカゴに近づく。そうしたら。
坂西に両腕をつかまれた。
「……っ!」
「悪いね。恨まないでくれよ。でも最初はおまえから誘って来たんだ。そのくせ後になって嫌がりやがって。長沢とデキてんだってな? 最近、毎日気持ち悪いほど一緒にいるもんな。長沢はそんなにいいのか?」
「……な……なんの、真似……」
「前に言ったじゃないか。周囲を我慢させると強姦されるかもしれないよって」
体育倉庫の外から声が聞こえて、オレは振り返った。
にやにやと笑いながら入ってきたのは柚木勝馬の姿をした夏生だった。その後ろから仁科が入ってくる。もうひとりは片野だった。
「……夏生」
「何言ってんの? 夏生はきみじゃないか。僕は勝馬。わかっているくせに」
「……なんの、真似だ」
坂西に腕をつかまれたまま、オレは夏生に訊いた。力が強くて振り切れない。
「だって最近、きみは隙がないじゃないか。長沢とべったりくっついて、ひとりになろうとしない。ガードが固くてどうしようかと思っていたよ」
「だったら、オレのことなんか放っとけばいいじゃないか。他に、いくらだっているだろ、ターゲットにしたい奴なんかっ。おまえだっていいはずだ。どうせ誰かれ構わず寝てるんだろっ」
「そんなに長沢晴正が好き?」
夏生の問いかけに、オレは一瞬黙った。かあっと頬が熱くなる。
「す……好き、だよ。すごく」
「そう」
夏生が氷のように冷たい目をした。
「僕たちが何故こうして集まったのか、きみにはわかるかい?」
オレは左右に首を振った。
……けれど、なんとなく想像がついた。
「本当はもっと集めたい気もしたんだけれどね。あまり人数が多くても、きみが壊れてしまうかと思って。これでも色々と考えてあげたんだよ」
恩着せがましい言い方だった。
「迷惑だ」
「そう」
夏生は笑った。そして背後を振り返った。
「今日、外の体育倉庫が使われることはない。体育の授業はどこのクラスも体育館に予定されているからね。だから……誰もここには来ない」
夏生と仁科と片野が体育倉庫の中に入ってきた。これだけの人数が入ってしまうと、異様に狭い感じがした。夏生がさらに中に進み、体育道具の合間から何かを持ってくる。
……懐中電灯だった。
なんて用意周到なやつだ。
「そこ、閉めて。中から鍵もかけられる」
夏生に言われるまま、仁科が戸を閉めて鍵をかけた。中が真っ暗になる。
夏生が懐中電灯をつけた。人数分あるのか、他の人にも渡している。
いくつもの懐中電灯に照らされて、オレは戦慄した。
「……なにを……するつもり……」
「おすそ分けが欲しいんだ。俺たちに」
坂西が言った。
「マット敷けよ」
片野の声がした。
「や……やだ。やだってば!」
何をされるのかなんて、わかっていた。こんな状況になったらひとつしかない。
助けを求めるように夏生を見た。けれど夏生は心底から冷え切ったような目でオレを見る。
無駄だった。この状況をセッティングしたのは他ならぬ夏生なのだ。
「だから最初に言ったのに。我慢させると強姦されるよって」
「いやだ……っ! なんでこんなこと……っ」
「僕はいつでもきみのこと考えてきたのに、どうしてきみにはそれがわからないんだろうね」
夏生ではなく晴正を選んだ、報復だとわかった。
オレの目が、心が、すべてが、晴正を求めてしまったことが原因だった。
だから夏生は。
「やだ! 嫌だ!」
敷かれたマットの上に倒された。腕をつかまれ、足をつかまれ、逃げ出すことなんて不可能だった。
「どうして今さら嫌なの? さんざんいろんな人と寝てきたんだろう、夏生は。長沢に操でも立ててるの? まさかね」
夏生が笑った。さんざん寝てきたのはおまえの方でオレじゃない。
制服が脱がされていく。暴れても、抵抗しても、何の効果もない。
「嫌だああっ、助けて! 晴正っ……」
「来ないよ彼は。だって僕が彼を職員室に呼びだされるようにセッティングしたんだから。今ごろ、記憶にない罪を着せられて先生たちに注意されているはずだ。きっとすぐに解放されて教室に戻れるだろうけど、もうその時にはきみは輪姦(まわ)された後だ」
「泣いても喚いてもいいんだぜ。高村のそんな顔も見たいからな」
服を全部奪い取られ、丸裸にされた。ひとりが懐中電灯でオレを照らし、他の連中は押さえつけてくる。夏生はただ……見ていた。
仁科がのしかかってくる。息が荒かった。
「……なんで、晴正なんだ。そんな風に付き合わないって言ったくせに!」
足を開かれた。閉じようとしても、誰かの腕に押さえつけられて動かせなかった。仁科は何の準備もしないでオレの中にねじ込んできた。
「うああっ……!」
容赦なく動いてくる。いくらこういうことに慣らされた身体でも、いきなりは辛かった。オレがじたばたしても、押さえつけられるだけだった。
「たす……たすけて……いやだっ」
「なんで……なんでそんなこと言うんだっ。こんなに俺は夏生のこと好きなのにっ」
仁科がキレた。さらに激しく突いてくる。感じるよりも痛かった。
「うあ……つっ……いたい……っ。いたいってば……っ」
押し退けたくても腕もつかまれて動かせない。
オレがどんなに痛がっても、誰も助けてくれそうになかった。
「そういう姿ってそそるよね。もっと痛めつけたくなるだけだよ、夏生」
夏生の声が聞こえた。やけに冷静な声だった。
仁科の体液がオレのなかに放たれた。さんざん犯して満足でもしたのか、すぐに離れる。けれどすぐ次が来た。
坂西だった。仁科の体液で濡れてたせいで、すんなり入ってしまう。
「すっげぇ……久しぶりだ。おまえの中。やっぱいいぜぇ……」
嬉しそうに突き上げてきた。オレは抵抗する気力が半減して、それでもまだ足掻いていた。なんでこんな風にされなきゃならないんだ。冗談じゃない。
「あ」
片野の声だ。
「夏生泣いてんの? 辛いの? 痛いの?」
「気持ちがいいんじゃねぇの。だってホラ感じてるぞ」
オレの中心にあるものをつかまれた。
「んっ……」
「あ、ほんとだ。なんだ夏生、ほんとは気持ちいいんじゃん」
「ちが……っ」
「往生際悪いよ。いっそのこと楽しんじゃえば?」
嫌だ。
解放してよ、頼むから。
もう嫌だ。
こんなことされたくない。
「気持ちいいよ高村のなかは。すげぇいい。代わるか?」
「おっしゃ」
今度は片野だった。
「バリエーション変えようぜ。夏生も飽きちゃうよな」
身体をひっくり返された。うつぶせの恰好で、腰だけ高くつかまれる。そこに片野が入ってきた。
「ん……っ、ああっあっ」
「高村、声がいいな」
「よがり方もサイコー」
「なんで長沢が独り占めするんだ」
「そうだよ」
三人の意見がいきなり一致した……らしい。
「……ずるいよな」
「……そうだよな」
片野が達した。そして。
三人は柚木勝馬の姿をした夏生を見た。
「おまえは?」
「僕はいいよ。見ているだけで面白い」
「夏生とやりたくて計画したんじゃないのか?」
「きみたちはもういいのかい? もう夏生を自由にしてやるの?」
三人が顔を見合わせたようだった。
「まだ……嫌だよな」
「ああ」
「帰したら、また晴正と……」
オレはぐったりとして、彼らのそんなやりとりを眺めていた。三人と連続してやったことで、疲労感はピークに達している。もうこれ以上やりたくなかった。
うつぶせの身体を仰向けにされた。仁科が中に入ってきた。もう抵抗する気力も体力もなくなって、オレはされるままだった。
意識が消えたのは、いつごろだったのか……。
気がついた時には体育倉庫の中でオレは放置されていた。
身体中、誰かの体液で汚れたまま、ぐしゃぐしゃのまま、放っとかれていた。
このマットなんか……もう使えないよな……。
夏生はどこにもいない。
片野も仁科も坂西も……いない。
全身が脱力していて、動く気にもなれなかった。このままここで衰弱死するんじゃないかと思った。
ガラッと音がした。いきなり光が中に差し込んでくる。オレは心底から驚いて、すくみあがった。こんな姿、いい恥さらしだ。
「夏生!」
声の主は晴正だった。オレはマットの上でぐったりとしたまま顔だけそっちへ向けた。
間違いなく、声の主は晴正だった。
「……夏生」
晴正は声も身体も震えながら、オレを抱き起こした。そして力いっぱい抱きしめた。
「ごめん。俺が目を離したせいで。こんな……こんな」
オレは何も言えなかった。何を言ったらいいのか、わからなかった。
「あいつが……本物の夏生が、俺に言ったんだ。おまえが教室にいなくてずっと不安になってて、探すにもどこにいるのかわからなかった。授業の途中で、仁科と片野と坂西が帰ってきて、ニヤニヤして俺を見たんだ。何なのかわからなくて、訊いてみたら、A組の柚木のところへ行けって言われて……聞いた。外の体育倉庫に夏生がいるって。なんでそんなところに……って思って、気がついた。慌てて走ってきたんだ……でも、もう遅い……」
晴正は折れそうなくらい強くオレを抱きしめ続けた。気がついたらオレは泣いていた。晴正に見つけてもらってホッとしたのかもしれない。
「ごめん……」
晴正が見つけてくれて、こうして抱きしめてくれるだけで、救われた気がした。
制服を着て、体育倉庫から出た。このまま家には帰れなかった。授業はとっくに終わっていて、帰宅時間になっていたようだ。晴正がうちに来いって言ってくれて、オレは素直に従った。
晴正の家で風呂に入り、それから家に帰った。晴正が送ってくれた。
家に着いて夕食も食べずに寝た。嫌な夢でも見たようで、うなされていたらしい。汗だくだ。朝になり、家を出る時間になっても、オレは動けなかった。