天国の終末 8

 オレが柚木勝馬だった時、高村夏生のことなんか、これっぽっちも知らなかった。
 それはオレが真面目に学校に来なかったり、生徒会に興味を持たなかったりしたせいだ。
 定期テストの時に貼り出される順位もちゃんと見たことがなかった。どうせオレは関係ないから、そんな風に思って見やしなかった。
 高村夏生はいつもトップ三位のどこかに入っていたらしい。
 親も教師も騙し通して、夏生は優等生を演じていた。
 大人たちはその実態を知らなかったはずだ……と思う。
 フタを開けてみれば、男女かまわず相手を誘惑しては寝てしまうような奴だった。
 夏生の本質を一番よく知っているのはオレなんじゃないかと、最近思う。
 偶然、A組にいる夏生の姿を見かけた時、オレに対する時と全然違う、優等生的な落ち着いた物腰の柚木勝馬がそこにいた。勝手なふるまいもなく、周囲に溶け込んでいた。

 長沢に全部言ってしまうことで、オレはだいぶ楽になった。
 信じてくれるかどうかなんて、どうでもいいことだった。ただ聞いてくれた、それだけで、オレは満足した。
 家に帰ってからはただひたすら寝た。夏生は怖いし、明日からどうなるのかわからない。けれど逃げ出す場所もないから、このまま夏生の身体の中で生きていくしかないのだ。

 翌日は日曜日だった。起きた時には昼を過ぎていて、下に降りてみると父親は休日出勤で不在、母親は呆れながらも食事を作ってくれた。
 たいした会話もない。夏生はいったい家族とどんな交流の仕方をしていたのだろう。オレがずっと黙っていると、母親も黙っている。ただ黙々と母親の仕事をこなしている。
 食べ終わってから、外に出た。居心地の悪い家の中にはずっといたくない。勝馬の頃とあまり変わらなかった。
 仲が悪いとか、そういうのとは違っていた。ただ、居心地が悪い。しっくりとこない。
 それはオレが本当の夏生じゃないから、勝手にひとりで居心地を悪くしてただけなのかもしれないけど。
 駅前に行った。少しはひらけているので、店も幾つかある。ひとりで喫茶店に入った。
 コーヒーを頼んでなんとなく外を眺めていた。テーブルをコンコンと叩くような音がして、驚いて振り返ると夏生がいる。
「……なつみ」
 なかば怯えて彼を見上げた。一瞬でも殺意を感じ取ってしまった相手は、どうしたって怖い。あのとき本当に殺されるかと思ったんだ。
 夏生は機嫌がよかった。オレの前の席に腰を落ち着けると、ウェイトレスに紅茶を注文する。オレは言葉もなく、そんな夏生を見ていた。
「家ではどう? うまくやればバレないだろう? 本当の夏生じゃないなんて」
「……」
 オレは返事をしなかった。
 長沢にはバレたよ、って言おうかどうしようか迷ったけど、やめた。
「うちはね、なんか急に僕の出来がよくなったじゃない。それで両親共々やけに喜んでね。面白い親だね、簡単って言うか。ちょっといい子にしてれば、簡単に騙される」
「……夏生は、そんな風に生きてて空しくないの?」
 夏生がきょとんとした。
 それから穴が空きそうなほどオレを見た。
「ねえ、前から思ってたんだけど、夏生はきみのことだよね。僕は勝馬だ。これからはそう呼んだ方がいいと思うんだ。違わないかい?」
 オレは混乱した。そんな、夏生をオレの名前でなんて呼べるはずがない。
「どうせ一生元に戻らないかもしれないんだよ? だったら今のうちに修正しておいた方がいいよね。きみは夏生。そして僕は勝馬。もうそれでいいじゃない」
「だけど……」
 急にそんなこと言われて簡単に切り替えなんて出来ない。
「まあいいよ。とりあえず僕はきみのこと夏生って呼ぶから。気が向いたら勝馬って呼んで。昨日はちょっと短絡的すぎたよ僕も。ゆっくりじっくりきみを追い詰めることに決めたからさ。他人に見られたくらいで動揺するなんてね。そのうち……平気にさせてあげる」
 ぞっとした。
「……なに、考えてんだよおまえ。どうしてオレにそこまでするんだ? もう放っといてくれよ」
「だってきみは僕だから。僕の自由にしていいって何度言えばわかるの」
「確かにおまえは夏生だよ。この身体の本当の主だよ。だけどさ、今はオレなんだ。オレだって好きで夏生になったわけじゃない。オレにだって意思はあるし、意見だってある。だからオレのこと無視して夏生のいいようにするのは間違ってる」
「……変な会話だね。周りの人たちがこっち見てるよ」
 夏生が笑う。
 オレは黙った。
 確かにおかしな会話だろう。他人が聞けば。
「ねえ、いまお金、いくら持ってる?」
「……なんでそんなこと訊くんだ」
 いきなり金の話で、オレはちょっと警戒した。
「高村夏生はこづかいが多いんだ。ラブホテルに行こうと思ったら、持ち合わせがないと無理だろう? だからきみが持って来てくれてるかどうかで、決まる」
「ないよ」
 財布の中味を確かめずに答えた。
 本当は、けっこうある。だからラブホテルに行こうと思えば払えるだろう。だけどオレは行きたくない。
 夏生が不機嫌な表情になった。
「長沢晴正ってさ、前に二回くらいやったんだ。場所はね、美術室で。あいつ、美術部員なんだよね。誘ったのは僕。簡単だったよ。一回目は前から、二回目はバック。僕に惚れてたらしいよ。まぁ僕も猫かぶってたからね、その時は。それからどうも傍に寄って来るようになったから、冷たくしてさ。すごく驚いた顔してた。傑作だよ。笑っちゃうよね」
「……周りに聞こえる」
「だから何? そんなの僕はどうでもいいんだよ。長沢が惚れてたのは僕で、きみじゃないってことを、とりあえず教えとくよ。あいつがきみを庇ったり、優しくしたりするのは、姿が夏生だからだ。それを忘れると痛い思いするのきみだからね」
「なに言ってんだよ。意味が……」
 夏生が席を立った。レシートを拾って眺め、勝手にレジへと行く。
「おいっ」
「出よう。きみにはまだ、教えたいことがたくさんあるんだ。逃がさないからね」
 そう言って、夏生は笑った。

 着いた先はラブホテル。夏生はそういうことに詳しかった。そんなに設備が悪くなくて、金額が安めのところを知っていた。
 いつの間にかオレは夏生に対して足掻かなくなっていた。それが何故かはわからない。逃げたところで無駄だと諦めてしまっただけかもしれない。
 それとも、他の誰もが虜になってしまうように、夏生に囚われてしまったんだろうか。
 先にバスルームに押し込められ、綺麗にするまで出て来るなと言われた。仕方なくオレは身体を洗い、ついでに頭も洗った。シャワーの湯は心地よかったけど、出てからすることを考えると逃げだしたい気持ちにもかられた。
 バスローブを来て部屋へ行くと、夏生が棚にあるビデオを選んでいた。
「……なにしてんの」
「気持ちを高めることも必要だろう? ちょっといじればきみがすぐ落ちることはわかっているけど、何もしてないうちにその気にさせるのも悪くない。僕がシャワーを浴びている間に逃げられても困るしね」
 読まれていた。
 ビデオを用意されてあるデッキに入れた。スイッチを入れると映像がモニターに映し出される。
「きみの好みがわからないから、適当に選んだよ。もし気に入らなかったら、ここに色々あるから勝手に入れ替えてくれればいい」
 モニターに男女の絡みが映し出された。ベッドの上に座ったまま、ついオレの目はモニターへ釘づけになる。夏生が傍に座った。しばらくオレたちは並んだまま画面を眺めていた。
 半分くらい過ぎた頃だろうか。夏生が立ち上がった。どこへ行くのかと見ていたら、バスルームへ入った。オレはひとり残された。
 逃げるならこの隙だ。
 でも逃げられなかった。
 ビデオを見ているうちに、身体が反応してしまっていた。これをどうにか処理しないことには、外になんか出られない。
 それに、いつの間にかオレの服が見当たらなくなっていた。どうやら夏生が隠してしまったらしい。
 仕方なくビデオを見続けた。そうしている間に、夏生が出て来た。
「偉いね、ちゃんと待ってたんだ。最初からそれくらい素直だったらよかったのに」
 返事しないオレの横に夏生が座り、いきなりバスローブの胸元に手を入れてきた。胸をはだけられ、夏生の手がまさぐってくる。その手は突然、下半身の方へと伸びた。
「ああ、もうこんななんだ。これじゃあ逃げられないよね」
 夏生がバスローブを脱いだ。あらわになった身体。それは本当ならオレの身体だ。十七年間ずっと付き合ってきた、オレの身体だ。
 オレはベッドの中に押し倒された。夏生は積極的にキスを求めてくる。激しく絡んでくるそれに、オレは対応するので精一杯だった。
「今日は新しいことさせてあげるよ。すごくいいこと」
 耳元で囁かれた。それから耳にキスされて、背筋にぞくっときた。
 夏生はオレの上で馬乗りになっていた。オレの肌をまさぐって口づけたりした後、下半身にあるオレのものをつかんだ。
「……っ」
 一瞬目をつむったけど、すぐに開けた。何か違う、今までと。
「くっ……」
 その光景を見たとき心底から驚いた。
 オレの固くなったものが、夏生の身体の中に吸い込まれていく。夏生の中に飲み込まれ、きゅっと締めつけられた。
「なつ……」
 夏生は頬を上気させて、少し目を潤ませてオレを見た。すごく色っぽい。元々オレのはずなのに、オレには見えなかった。
「本当に、童貞喪失……させてあげる」
 夏生が動いた。
 こんな感触は初めてだった。当り前だ。オレは女の子ともまだそういうことをしたことがない。夏生の姿になってから誘われたことは多々あったけど、全部断わってしまった。男が相手の時は、必ずと言ってオレが受け身になってしまっていたから、本当にこれが初めてだった。
 オレの上に座る夏生が、激しく喘いだ。こうやって他の男と寝ていたのだとわかった。夏生はすごく慣れている。
 夏生に誘導されるようにオレは頂点に達して、夏生の中にそれを放った。夏生もほぼ同時に達した。
 夏生が上からどいて、隣に倒れ込むようにして転がった。全身で呼吸して、くらくらして何も考えられなくなっていたオレを見る。
「どう……だった?」
 気持ちがよかった……なんて言いたくなかった。
 ほとんど夏生に誘導された形だから、オレが抱いたという感触はない。けれどオレを包み込んで夏生が快感を覚えたのは事実だし、オレは初めて男としての機能を正しく使ったわけだ。
 「抱く」のは「抱かれる」よりいいなと思った。なにより、痛くないし、苦しくない。抱かれるのはいいようにいじりまわされてる感じがして、屈辱すら覚える。
「……夏生は……いつもこんな感じなの?」
「……え? 男と寝る時? そうだねぇ……相手によっては負けちゃうこともあるけれどね。乱暴にがんがん突っ込んで来る奴もいるしね。そんな時はさっきみたいな余裕なんてなくなるよ。きみは楽だよね。……だって僕がいいようにできるんだから」
 経験がないんだから、そりゃーいいように出来るよな。受け入れ方なら嫌でも覚えちゃったけど、攻め方なんてよくわからない。
 夏生が上半身を起こした。いきなり抱きついてくる。
「今度はきみの番だよ」
 ……まだやる気なのか?
「やだよ。さっきのだけで疲れたよ。夏生だって疲れただろ?」
「これくらいのことで? まだまだ序の口だよ」
 唐突に愛撫がはじまった。オレは嫌がり続けたけど、夏生が素直にやめるはずがない。
 足を開かれ夏生が秘処へと当てがってきて、ぐっと押し込んでくる。夏生の腰が動いた。その律動にオレは合わせた。そうしないと辛いからだ。
「ああ……っ。あ……ん」
「……弱いとこ、わかった。ここすごくダメでしょ?」
 ぐいと夏生が強く押し入ってきた。どこをどうされたのか、オレにはよくわからなかったけど、身体がびくっと跳ねた。
「はぅ……っ」
「ここも……弱いよね」
 夏生は楽しそうだった。オレの弱い場所を見つけては的確に突いてくる。そしてオレはどんどん夏生の手のうちに落ちていく。
「どう……いい?」
 訊かれてオレは頷いていた。夏生はオレの唇を塞いで、濃厚なキスをする。愛しげに頭を撫でられ、オレはもうどうされてもいいような気になった。
 いつ終わったのか、よくわからない。

 気がついた時には、夏生はベッドに腰掛けて、オレの様子を眺めていた。
「これできみはどんどんセックスが好きになる」
 暗示でもかけるような言い方だった。
「そうして、誰にも身体を開きたくなる。快感が欲しくなる」
 オレは左右に首を振った。
「……そんなこと、ない」
「きみは僕と同じだ。だってきみは僕だから。高村夏生なんだから」
 暗示にかかっちゃ、いけない。
 夏生はオレを起き上がらせると、バスルームへと連れて行った。夏生に身体を洗われても、オレはされるままだった。そこでも夏生はオレをいいように扱い、オレは踊らされるままだ。服従してる気なんてまったくないのに、身体は夏生の与えてくる快感を覚えてしまったみたいに言うことを聞いてしまう。知らぬうちに期待していたらしい。
 夏生は気持ちのいいことを教えてくれる。そんな風に。
 癖に、なっていた。

 夏生と別れて家に帰る途中、オレはずっとふわふわした中で漂っているような感じだった。現実感がない。まだ夏生としているような……変な錯覚の中で泳いでいる。
 頭をはっきりさせようと、何度か左右に振った。おかしい、と自分でもわかっていた。
 夏生の策に見事にはまってしまった。わかっていたのに逃げ出せない。夏生は素直に言うことさえ聞けば、怖くなかった。むしろ優しく扱ってくれる。
 夜、部屋のベッドの中でも快感の波が忘れられず、ひとりで自分を慰めた。それでも何かが足りなくて、苦しくて身悶えた。夏生の手が欲しかったのかもしれない。
 夏生が好きだというわけじゃない。
 それなのに何故、こんな風になってしまったんだろう。

 月曜日の朝になり、まだ頭のどこかおかしくなった状態のまま、オレは学校へ行った。頭を冷やして冷静にならなきゃ。必死でそう自分に言い聞かせて、なんとか平静を取り戻そうとした。
「おはよう」
 教室に入る前にポンと肩を叩かれて、振り返ってみると長沢晴正が立っていた。
「お……おはよ」
 なぜだかオレは動揺した。昨日、夏生としたことに対する後ろめたさが、せりあがってくる。知られたくないと思った。
 長沢は、夏生に誘惑されて二回も抱いたなんて想像がつかないくらい健全だ。その腕で、どんな風に夏生を抱いたのか気になった。
 夏生のことを好きになって、近づいたら冷たくされた。その時の長沢がいったいどんな風だったのか知りたい。
「ん? なに?」
 どうやらオレは長沢をじっと見つめていたらしく、問いかけられて初めてハッとした。
「なんでもない」
 授業が始まってからも、オレは長沢が気になって眺めていた。どうしてこんなに気になるんだろう。なんでだろう。
 放課後になって、帰る仕度をしていると、長沢が傍に来た。
 他の誰にも聞こえないような囁きに近い声で、問いかけられた。
「今日ずっと、俺のこと見ていたね。なぜ?」
 気づかれてた!
 オレは動揺した。気づかれちゃいけなかったのに、はっきりとわかるほど動揺を見せてしまい、オレは慌てて鞄を持って逃げようとした。
「待って」
 腕をつかまれて、逃げられなくなった。
「どうして逃げようとするんだ」
 引き寄せられて、
「逃げないで」
 背後から抱きしめられた。
 オレが慌てて周囲を見渡すと、もう誰もいなかった。帰るとなると、みんな早い。
「な……ながさわ」
「ドキドキしているね。どうして?」
「わ、わかんない。でも」
 嫌ではなかった。むしろ、こうなることを待っていたような。
 夏生の声が頭をよぎる。
(誰にも身体を開きたくなる)
 違う。
 そんなのじゃない。
 だってオレは。
「好きだ」
 耳元ではっきりと囁きが聞こえた。
「おまえが夏生じゃないことは、かなり前から確信してた。一週間休んで、復帰した頃から、夏生じゃないってすぐに気がついていたよ。初めは探るために観察していただけだった。けれど、見ているうちに違う気持ちに変わってきたんだ。本当のことを知って、ますすま惹かれた」
 身体が熱くなった。夢でも見ているような気持ちになった。
(長沢が惚れたのはきみじゃなくて僕だ)
 夏生の声が聞こえてきた。
(優しくしたりするのは姿が夏生だからだ)
 それでも、いいと思った。
 耳にキスをされた。それからうなじへと移動していく。
 鞄が床に落ちた。
 オレが長沢の方を向くと、抱き寄せられて唇を塞がれる。求めてくるキスを、オレは素直に受け入れた。長い長いキスだった。
 オレは机の上に座り、長沢がシャツのボタンを外してくるのを黙って見ていた。その指が、唇が、オレの胸を攻めてくる。オレは身を任せて降ってくる快感に酔いしれた。
 しばらくそんな前戯が続いて、オレは机から降ろされた。今度は机の上でうつぶせにつかまり、ズボンも下着も膝まで降ろされ、長沢が後ろから来るのを待った。
 背中にキスされた。長沢の指がオレのなかに突き立てられて、息がはずむ。ゆっくりとじっくりとほぐされて、それだけでオレはもうおかしくなりそうだった。
 長沢が重なってきた。腰をつかまれ、長沢が中にはいってくるのがわかる。
「あ……っ」
 一瞬、呼吸困難に陥った。
 長沢が動きはじめ、オレは身じろいだ。必死で机にしがみついて、教室だということも忘れて声をあげる。身体中が熱くて、このまま溶けてしまいそうだった。
「……なんて、呼べばいい?」
「え……?」
「名前」
 息をはずませて長沢が訊いた。オレは考えられない頭でなんとか考えた。
「……なつみ、でいい」
「え」
「なつみ……がいい」
 長沢は少し驚いたようだった。なんでそんな風に言ってしまったのか、オレにもよくわからなかった。
「じゃあ……夏生」
 長沢とつながっていることが嬉しかった。こんな風に抱かれることが嬉しかった。誰かにこんな真似をされて、そんな気持ちになったのは初めてだ。
「好きだ……夏生」
 夏生になってしまったような錯覚が押し寄せた。
 自分が誰なのかわからなくなる。
 生まれた時からずっと高村夏生だったような錯覚。
「もっと……」
 知らず、口をついて出た。
「もっと……」
 溢れた。何かが大きく膨れあがって、長沢にめちゃくちゃにされたがっていた。何もわからなくなるほど強烈な快感が欲しかった。満たされたかった。
 長沢がそれで激しくなったのがわかった。オレは机の上で降り注がれる快感に浸り、耐え続けた。もうどうなってもよかった。
 ふ、と。
 違和感があった。……それが視線だってわかるまで、しばらくかかった。
 長沢に狂わされながら、気持ちよさに狂いそうになりながら、オレは少しだけ目をあげた。教室の扉に。少しだけ開いている戸の隙間に。
 そこにいたのは、
 仁科だった。
 憎しみのこもったような目で凝視している。唇を噛みしめてオレを……オレだけを見ていた。視線が合うと、仁科は弾けたように目をそらし、背中を向けてどこかへいなくなった。
 仁科に対する罪悪感はまったくなかった。もともと彼のことは眼中になかったし、長沢に抱かれることで幸せになっていた。けれど何か嫌な予感はした。
 長沢が達してオレの中で放った。オレも同じころ達した。激しく息を切らしながら、長沢はオレから離れ、オレはズルズルと床に崩れ落ちた。
「だ……大丈夫?」
 抱き起こされながら、オレは頷いた。引き寄せられて長沢と口づけを交わしながら、オレは幸福に浸っていた。
「本当に……夏生でいいのか?」
 問いかけられて、オレは頷いた。
「……だって、夏生の姿だから……」
 もう自分が誰でもよかった。オレはオレだしもう関係ないような気がしていた。
「俺は晴正でいいから」
「うん」
 ぎゅっと抱きしめあう。
「……もう、帰らなきゃね」
 晴正に言われて、オレは寂しくなった。
「……帰りたくない。ずっとこうしてたい」
 オレがそう言って甘えると、晴正は困ったように笑って、
「駄目だよ。いつでも会えるんだから」
 と言ってキスをした。

つづく