天国の終末 7

 とうとう放課後が来た。
 オレは夏生を待つべきかどうか、迷っていた。
 本音を言えば、待ちたくない。どうせロクなことされないし。
 帰っちゃおーかな、なんて考えていたら、夏生の奴は速攻でオレの教室にやってきた。逃がさない気らしい。
 帰る隙も作れなくて、オレはあっさりと夏生につかまってしまったのだった。
 長沢を探して教室中を見回したけど、姿を見つけられなかった。
「逃がさないよ」
 夏生は無邪気そうな笑顔で言った。
 オレの腕をつかんで歩き出す。振り払って逃げることも出来たかもしれない。でも後のことを考えると怖くて、逃げるのをやめた。
 連れて行かれた先は、どこかの部室らしき部屋。
「廃部になってね、今は誰も使ってないんだよ。いい場所だろう? 校舎からも、他の部室からも離れているしね、好都合だ」
「……好都合って……何が?」
 ますます嫌な予感。
「その前に」
 夏生はオレに近づいて、オレの腕を取るやいきなり手錠をかけた。
「なっ……」
「安心してよ。オモチャだから。でも鍵がないと外れないよ」
 ポケットに隠し持っていたらしい。
 つくづく変な用意をする奴だ。
「……それで、何をする気?」
 いちいち怒る気にもなれなくて、呆れ半分に訊いた。
 夏生はなかばオレを引きずるように歩かせて、手錠の片方を机の足にはめた。
「……夏生。これって……」
「ようやくわかった? これからね、きみのこと調教するから」
「はぁ?」
 なんだそれは。
「きみから誰かに身体を開きたくなるようにね」
 夏生がにっこりと笑った。
 ……サイアク。
 逃げとけばよかった。
 夏生を甘く見てはいけなかったのだ。

 制服がゆっくりと脱がされていく。
 夏生は楽しそうだった。
「ねえ、自分の顔した奴の服脱がせて何が楽しいんだ?」
 オレはなかば諦めの心地で、夏生に訊いてみた。
 どうせ足掻いても逃げられやしない。逃げたところで、そのうちまたつかまる……そんな気持ちがあったから、なんだかどうでもよくなっていた。
 夏生はちら、とオレの顔を見て、ちょっと首を傾げた。
「さあ? なんだろうね」
 ……わざとらしい。
「もしかしてさ、ナルシスト? じゃなきゃ、自分の顔したやつ犯せないよな」
「かもね」
 ……真剣に答える気、ないな。
 上半身を裸にされた。どこかから隙間風でも入るのか、少し寒い。
 夏生は次にオレのズボンに手をかけて脱がせにかかった。
「夏生は……男と女とどっちが好きなんだ?」
「どっちも好きだよ」
「ほんとに?」
「うん」
 オレはしばらく夏生の行動を眺めた。
「……本当は、どっちも嫌いなんじゃないか?」
「何を根拠に」
 夏生に笑われた。
 下着に手がかかる。膝までさげられて、足首まで引っ張られた。
「寒いよ、夏生」
「そう。すぐあったかくなるからね」
 完全にオレは裸だった。対照的に、夏生はしっかりと着たままだ。
 唇をおおわれた。夏生の舌がオレの口に潜り込んでくる。
「ん……っ」
 呼吸が苦しくなるくらい、夏生はしつこく絡んできた。
 身体の奥がじんと痺れかかった。ヤバイ。
「キスってね、人間の本能なんだよ。小さい子供でもね、大好きな人にはキスしちゃうんだ。でも僕は、好き嫌い関係なく誰とでもするけどね」
 節操なし。
 本能全開しすぎだ、こいつ。
「……夏生は、キスが好きなのか」
「そう。大好き。勝馬は好きじゃない?」
 また唇を塞がれた。頭の芯が溶けそうになった。
 夏生はキスがうまい。だからオレもおかしくなってしまう。
 くすくすと夏生の笑い声が聞こえた。
「簡単だね、きみは。これくらいのことで、もうダメ? 目が潤んでる。反応が正直だね。それなのに、どうして嫌がるの?」
「……オレは、夏生みたいに……節操なしじゃない」
 頭がぼんやりとした。これくらいのことで変になるなんて。これじゃどんどん夏生につけ込まれちまう。
 夏生の手が、肌に触れた。ゆっくりと撫でまわされる。夏生の唇が、オレの胸を攻めた。舌と歯で器用にいじられて、頭の中がどんどんおかしくなるのがわかった。
「夏生」
 耳元で囁かれた名前は、それまでと違うものになった。
 夏生……。それは今オレを抱こうとしている奴の名前のはずだ。
 それなのに夏生は、オレを夏生と呼んだ。
 混乱する。
「……夏生?」
「違うよ。僕は勝馬。夏生はきみだ」
「……え?」
 何を言い出したんだろう。
 他の誰もいない場所で、どうして夏生が勝馬に、オレが夏生にならなきゃならない?
「夏生……ここは? 気持ちいい?」
 勃ちあがりかけた下半身の中心を掌に包まれた。その手に動かされるたび、オレの口から声がこぼれた。息があがる。
「なつ……っ」
「勝馬だ。夏生はきみだ。忘れたの? きみは生まれた時から高村夏生で、こうして僕に抱かれることを願ってきたんだ。今日、ようやく念願が叶うんだよ。嬉しいだろう?」
 ……何を言ってるんだ。ちがう……。
 オレは勝馬だ。夏生は……。
「きみは夏生だ。他の誰でもない」
 身体の中心に快感が迫ってきた。夏生の掌が与えてくる律動に、いつの間にかオレは合わせて動いていた。
「そう。夏生は淫らな子だ。気持ちのいいことが大好きだ」
 夏生の息があがってきていた。
 オレは快感が頂点に達して、夏生の手の中に放っていた。
「あ……」
「恥ずかしい子だね、夏生。こんなものを出したりして。なんて乱れた子なんだろう」
 夏生は掌の白濁した液体を舐めた。オレはぼんやりとその光景を眺めていた。
 だんだん、どっちが本当の夏生なのか、わからなくなってくる。
「淫らな夏生にはお仕置きが必要だ。足を……開いて」
「う……やだ」
 反射的にオレは言った。まだほんの少し、理性は残っていたらしい。
 けど、口から出た声は呂律がまわっていない。
 夏生の手が、強引にオレの膝を開いた。夏生の目にすべてがさらされて、オレは思わず顔をそむけた。恥ずかしかった。
 ……オレの身体じゃないのに?
 そう。これは夏生の身体だ。夏生が夏生の身体をじっくり眺めて何がおかしい?
 それとも彼は夏生じゃなくて、本当の夏生はオレなのか?
「すごいね……なんて物欲しそうなんだ。今すぐにでも男を食わえ込みたがっている。すごく飢えた身体だ」
「……勝手なこと、言うな……っ」
 夏生の指が、足の間に潜り込んできた。
 夏生は嬉しそうに笑う。
「これでも? きみのここは、欲しいと言っているよ。もっと太くて、硬いものをくれと言っている。違うと言えるの?」
 夏生の指がオレの中で動きまわった。力が抜ける。夏生の肩にしがみつきながら、オレは与えられる感覚に耐えようとした。
「はぁっ……あ……ん」
「気持ちよさそうだね。やっぱり夏生はこういうことが好きなんだよ」
 耳元で囁かれた。指が二本に増えて、さらにオレを攻めた。指が三本に増えた頃、もうオレは何も考えられなくなっていた。
「夏生……気持ちいいって言ってごらん」
 何度となく続く囁き。誘惑の声。溶けそうになる脳の中にインプットされていく。思わず口をついて言ってしまいそうになる。
「夏生はエッチなことが好きなんだよ……」
 唇を奪われた。
「……気持ちいい?」
 訊かれて、オレは頷いていた。
「じゃあ言って。気持ちいいって」
「……きもち……い」
「どんな風に?」
「あたまが、変になる……」
「……ねえ夏生。もっといいものが欲しいよね?」
 頷いたような……気がする。
「あげるよ。すごくいいもの」
 指が抜かれた。
 夏生に足をつかまれて、抱えられた。ズボンを緩めただけの夏生が、オレの足の間に腰を進めてくる。身体の奥に圧迫感が迫った。慣らされた部分は何の抵抗もなく夏生を受け入れる。
「あ……ああ……あっ」
「すごくいい声」
 夏生の身体が動きだした。その急な刺激に一瞬、頭がはっきりとする。けれどすぐに夏生の律動に合わせて何もわからなくなった。
 夏生は容赦なくオレの中で動いた。オレはここがどこだかもわからなくなり、惜しげもなく声を張り上げ、気が狂った人みたいになっていた。
 部室のドアが開いたのはその時だ。

 何が起きたんだ。
 朦朧とする頭で理解したのは、開いたドアのところに長沢晴正が立っていることだけだった。
 夏生が驚いた顔で長沢を見つめていた。それまで容赦なく動いていたのに、今度はまったく動かない。
 長沢は息を切らしていた。走ったんだろうか。
「声……外まで聞こえてる」
 かぁっと全身が熱くなった。自分が何をしていたのか、今になってはっきり認識した。
 夏生を押し退けようとした。すると夏生はさらに身体を押しつけてきて、絶対に離れようとしなかった。
「何しに来たの」
 険悪な声で夏生が言った。
 長沢は夏生ではなく、オレを見た。オレは隠れてしまいたいくらい恥ずかしくなって、強く目をつむった。
「少し目を離した隙にいなくなっていたから……探してたんだ、ずっと」
「なんで」
「放課後に迎えに来ると言ったのは、おまえだろう」
「僕が迎えに行ったのは夏生だよ。きみじゃない」
 夏生が行為を続行した。長沢の目をまったく気にする様子がない。
「……っ、やっやめ……っ」
 人目にさらされて出来るかっ。
 嫌がるオレにはおかまいなしで、夏生は腰を動かした。
「なんで夏生を探すんだい? きみには関係のないことだ。それとも、好きなの?」
 ぎくっとしたのはオレの方だった。
 夏生が与えてくる感覚に引きずられながら、オレは長沢の方を見やった。長沢は、止めるでもなく、オレたちのこと見ている。
「……なつみ、も……やめ」
 うわごとのように嫌がるオレを、夏生が冷めた目で見た。
「どうして今ごろ嫌がるんだ。さっきまでずっと気持ちよさそうにしてたじゃない。本当はすごくよかったんだろう? なのになんで!」
「ひっ……」
 夏生の扱いが急に乱暴になった。このままじゃ壊される……いや、殺される!
「いいかげんにしろよ」
 長沢が夏生の肩に手をかけた。強引に……オレからはがした。そんな感じだった。
「なんで邪魔するんだ。そんな権利はきみにはない!」
 夏生の叫びは部室の中で空しく響いただけだった。長沢の注意は夏生にはなく、ぐったりとして疲れ果てたオレを抱き起こした。
 手錠に枷せられた左手首を持ち上げられる。
「痣になってる。血もにじんでる。……ひどいな」
 そんな長沢をオレはぼんやりと眺めた。長沢は夏生の方を見ると冷たい声で言った。
「鍵は?」
「ないよ」
 夏生の答えはあっさりとしていて、オレは心底から動揺した。
「……ない?」
 焦るオレを楽しそうに見て、夏生は笑った。
「そう。ないよ。きみは一生ここに繋ぎ止められていればいい。せっかく親切心を出してきみに色々なことを教えてあげていたのに、こいつが現われたとたん拒絶したんだ。そんな奴はずっとここに閉じ込められていればいい」
 夏生のオレを見る目は、本気で憎々しそうだった。背筋が凍るくらいに。
「……でも、これはオモチャなんだろ? 壊せば済むことだろ」
 身体の方は疲労感でずたぼろだったが、ぐったりしてる場合じゃない。こんなところにずっと足止めなんて、冗談じゃない!
 夏生はうっすらと笑った。
「そうだね。壊せばいいんだ。僕はもう帰るよ。後はきみたちの自由にすればいい。ただし、覚えていて欲しい。夏生、さっきの拒絶は屈辱だった。きみは僕のものだということを忘れないでほしいね。今度はただじゃ済まさない」
 ぞっとした。
 夏生はエスカレートして変になっている。
 執着してる?
 オレに?
 なんで。
 夏生の身体だからか?

 それから一時間以上かけて、長沢が手錠を壊してくれた。なかなかこれは丈夫に出来ていて、そう簡単に壊れてはくれなかった。
 使われていない部室は隙間風が入って寒いので、手錠を壊す前に長沢が服を着せてくれた。夏生とあんなことをしている姿を見られてしまったせいか、長沢に対してもうこれ以上恥ずかしいことなんてなくなっていた。
 手錠が壊れた頃、外はもう真っ暗だった。

「歩ける?」
 長沢に手を貸され、オレは部室を出た。長沢はまるで壊れ物を扱うようにオレに優しい。
「……ちょっと辛いけど」
 慣れてしまったことではあった。
 夏生と秋人と仁科……この三人に抱かれた間に、そういうことに対する慣れが生まれてしまった。特に夏生はオレを狂わせる何かを持っている。
「手首、手当てしないとね。保健室へ寄って行こう」
「平気だよ、これくらい。それより……疲れたな」
 早く家に帰って眠ってしまいたかった。不思議と夏生に対する怒りはない。でも夏生は怖い。
 長沢がじっとオレのことを見た。
「いや、手当てはしておこう。化膿したら傷が残る」
 そんなたいした傷じゃないのに、長沢は熱心だった。だからオレもしぶしぶだけど、手当てしてもらうことにした。

 保健室は無人だった。
 長沢は丁寧にオレの傷ついた手首に薬を塗ってくれて、包帯まで巻いてくれた。でも逆に、傷の様子がやけに大袈裟になったような気もした。
「……なんで、あいつについて行ったんだ?」
 長沢の目がまっすぐオレを見た。
「逃げられそうになかったから……観念しちゃったって言うか……」
 長沢がため息をつく。
「この間、おまえの様子がおかしい時があったね。授業中に苦しそうにしていて、昼休みになったら仁科に連れていかれた」
 夏生に媚薬を盛られた時のことだ。
「あのあと、どこへ行ったんだ? 早退したことになっていたけど」
「……仁科のうち」
「何をしたんだ」
「……さっきみたいなこと」
「仁科は本気でおまえに惚れてる。その気がないのなら、きっぱりと断わった方がいいよ」
「でも、あの時はオレ……狂ってて。薬盛られたせいで、他のこと何も考えられなくなってたんだ。本当は、嫌だったんだけど……」
「薬? 誰に盛られたんだ?」
「夏生に」
 言ってから、あっと思った。
「え……と」
 これじゃオレが自分で薬盛ったみたいじゃないか。
「本物の高村夏生に」
 長沢が繰り返した。確信したような声で。
「柚木勝馬……くんだね?」
 澄んだ長沢の目に見つめられてしまうと、もう嘘はつけないと思った。
 こく、と頷くと、長沢の手がオレの髪を撫でた。
「なんでこんなことになっているのか、聞きたいな」
 オレは泣きそうになった。
 本当は。
 誰かに全部喋ってしまいたかった。
 オレと夏生の間に起こったこと。バイクの事故から始まった今までのことすべて、長沢に話してしまいたかった。

つづく