天国の終末 3

「夏生! 違う、勝馬! 出て来い!」
 A組の教室の前で声を張り上げたオレを、なつかしいクラスメートたちが見やった。
 A組の生徒は結構教室に残っていたようだ。その中からオレの姿をした夏生を見つけ、こっちに来るようにサインを出した。
「なに?」
「なにじゃない! どういうことか、説明してもらおうか!」
「だから何」
 夏生はオレをいざなって廊下に出た。それでも人気があるから、移動した。
 誰もいない視聴覚室に入る。
「いきなり怒鳴られても、ちゃんと説明してくれないと何のことかわからないだろう?」
 夏生が不満そうにする。そんな彼を睨みつけた。
「おまえ、たくさんの女と付き合ってるだけじゃなかったのか?」
「え?」
「えじゃない! さっき、片野に襲われた! キスまでされた! 大事なとこまで触られた!」
「……ああ。なるほど」
「なるほどじゃないっ!」
 夏生は落ち着き払っている。驚かないし動揺もしてない。
「確かに僕は、男子生徒ともつきあったよ。でもそれもセックスだけの関係で、恋人とかそんなんじゃない」
「男としたら問題だろうがっ!」
「なんで?」
 な……なんでって……。
「き、気持ち悪いからだろ」
「だからなんで」
 どーしたらいいんだっ。この非常識をっ。
 夏生のやつ、澄ましきってる。
「男だから女だから。そんな枠は意味ないと思うよ。好きになるのに性別は関係ないと思うし、したいものはすればいい。最初は確かに少しは抵抗あったかもしれないけど、じきにそんなの気にならなくなるよ。女とだけ寝てみても、面白くないだろう? 抱かれる立場も知っておきたい。そんな風に思わないかい?」
「思わないっ!」
「まあ、僕の場合は抱かれるばかりじゃないけど。男を抱いてみるのも女と違っていて面白いよ?」
「そんな世界にオレを巻き込むなっ」
「諦めなよ。僕になっちゃったんだから」
 夏生が笑った。それも意地悪く。
「今逃げてみても、またそのうち誰かに襲われるかもね。その前に、免疫つけとく?」
「え?」
 一瞬、意味がわからなかった。
 オレの顔した夏生が近づいたと思ったら、唇を塞がれた。
 反射的に突き飛ばしたら、夏生はわざとらしくため息なんかつく。
「僕はきみのためを思って伝授しようとしているのに」
「いらない!」
「役に立つから」
「いらないっつってんだろ!」
「往生際が悪いなあ」
 腕をつかまれて、ぐいとひねられた。
「いていていていていていていてっ……!」
「先に言っとくけど、クラスの半分の男とは寝てるよ。女の子は全員、かな」
「な……」
「高村夏生はこの顔のおかげですごくモテるんだ。自分じゃよくわからないんだけどね。男にも欲情されちゃうんだ。でも一番最初の人は僕が誘ったんだけど」
 夏服のシャツを脱がされ、それで後ろ手に縛られた。床に座らされる。
「お……大声出すぞ!」
「出してみなさい。恥かくのはきみもだよ」
「う……」
「諦めて。気持ちいいことするだけなんだから。夏生の身体はそういうこと好きだよ」
 耳元で囁かれた。
「オレは好きじゃない」
「そんなの、やってみなきゃわからないじゃないか」
 しゃがんだオレの顔した夏生が、間近に迫ってきた。オレは蛇に睨まれたカエルみたいに動けなくなった。
「口、開いて」
「やだ」
「少しでいい」
「嫌だ」
「じゃあいい」
 キスは諦めてくれたらしい。
「足開いて」
 げっ。
 夏生の手がオレの制服のズボンのベルトにかかった。
「うわあっ。やだっ。やめろっ」
「叫ぶなよ、うるさい」
 ちくしょう。自分の姿した男に襲われるなんてっ。
 こんなことってあるかよ。
 下着の中に手を突っ込まれた。じかに握られて、オレは恥ずかしさのあまりうつむいた。
「ああ……誰かに触られるのは初めてなんだよね? 力抜いて。ゆだねていいよ」
 そんなこと言われてもっ……。
 夏生は緩く握ったり強く握ったりと懇切丁寧にいじりまわしてくる。
「気持ちいいだろう?」
 ……いいけど。
 嫌だぞ、なんか。
 なんでオレがこんな目に。
 結局、夏生の手の中でそれは頂点まで達した。オレは荒い呼吸を繰り返しながら、恥ずかしさのあまり隠れてしまいたかった。
 泣きたくなってくる。
「目が真っ赤だ。泣くなよ、こんなことで」
「泣いてない」
「そう? じゃあ次行こうか。昼休み終わっちゃうかもしれないけど、今日は特別」
 夏生の手が、オレのズボンを完全に取り払ってしまった。下着もだ。
「おまえ……変だよ。これ、おまえの身体だろ? なんでこんなこと……」
「きみのためだよ。夏生としてこれから生きていく、きみのため」
 どういう理由なんだよ、それは。
 胸の片側を夏生の唇が吸いあげた。
「あ……っん」
 悩ましい声が自分の口から出て、オレはさらに恥ずかしくなった。
 夏生の指が、オレの足の間に滑り込んだ。ゆっくりとほぐすように、内部に入ってくる。
「や……やだ」
「力抜いて。すぐに気が狂いそうなほど感じてくるから」
「……あっ」
 オレの中で夏生の指が踊った。そんな感じがした。
「どの辺がいいかな。ここは?」
 夏生の指の動きは的確だった。嫌でも身体が震えた。腰から下が完全に痺れて、夏生の支配下に落ちていった。
 必死で夏生にしがみつく。
「ほら、いいだろう?」
 勝ち誇ったように夏生が笑った。
 オレは目を閉じて必死に耐えようとした。それでも喉から出る声を抑えられなくて、呼吸はどんどん小刻みになっていく。
 いきなり指が抜かれた。
 オレは戸惑って思わず夏生の顔を見上げた。そこにはオレの顔の夏生がいて、ベルトを緩めようとしていたところだった。
「な……つみ?」
 夏生はズボンの前だけ開けて、オレの腿をつかんだ。
「なにす……っ」
「ここまで来て何言ってんの? 頭ではわかってるんだろう?」
 敏感になった部分に夏生のそれが触れた。ぐいと押し込まれる感触。さんざん指でほぐされたせいなのか、痛くない。けど、おかしくなりそうだった。
「ああっ……あっ!」
「すごいね、やっぱり僕の身体だ。感度がいい。……そんなに気持ちいい?」
 オレは懸命に首を左右に振った。こんな風に夏生のいいようにされて、素直に頷けるはずなかった。
「どう? これできみの身体は童貞喪失。まさか自分に襲われるなんて思わなかったよね。わかる? これ、おまえなんだよ? 自分に犯されてるんだ」
 夏生の声が頭に響いてきた。身体中がしびれて、もう何がなんだかわからなくなってきた。
 夏生が達したのがわかった。オレの中に注ぎ込まれる体液。夏生はゆっくりとオレから離れた。
 オレは身体中に力が入らなくて、ぐったりしてた。
 強い疲労感が全身をおおう。
「どう? 初めての体験は? そう悪くもないだろう?」
 オレは返事をしなかった。
「ほら、いつまでも寝てない。誰か来たらどうするの。トイレに行こう。綺麗にしないと教室に戻れないよ」
 夏生に身体起こされて、オレはされるままだった。足の間が気持ち悪い。
 廊下に出られるように制服を整えられた。全部夏生がやった。
 トイレで後始末をして、夏生と別れて教室に戻った。頭は完全にぼーっとしてて、現実に対応ができない。授業はすでに始まっていた。けど、オレの顔色が悪かったらしくて教師に早退を勧められた。
 言われるまま帰ろうとしたところで、オレの姿をした夏生と下駄箱で会った。
「やっぱり早退したね。そうだろうと思ったんだ」
 オレは夏生を見ただけで、返事をしなかった。
 靴を取り替えて、外に出る。夏生が後ろからくっついて来た。
 頭が少しだけはっきりとしてくる。ふつふつと怒りのような感情が腹の底から沸き上がってきた。
「きみにはまだ教えてないことがあるんだ。一度に教えても覚えきれないと思うから、また今度にするけど」
 オレはひたすら夏生を無視して歩いた。
「文句があるなら口で言いなよ。黙っていたって何もわからないじゃないか」
 夏生が抗議してきた。それでもオレは黙ったままだった。
 口をきくのも嫌だし、顔を見るのも嫌だし、関わるのももう嫌だった。
「きみが童貞だって言うから、経験させてあげたんだ。まぁ、本体の方だけだったけどね。気持ちの方は処女喪失? なんなら僕でやらせてあげてもいいけど」
 うるさい。
 うるさい、うるさい、うるさい。
 夏生なんか大っ嫌いだ。嫌だこんな奴。
「まぁいいか。気持ちを整理する時間をあげるよ。こんな程度のことで不機嫌になるようじゃ、先が思いやられるよね。いい? きみは今、高村夏生なんだ。高村夏生は男とも女とも寝るような奴なんだ。気持ちいいことが好きなんだよ。だから一度でも僕と関係を持った人は、きみに次回を期待してる。そういう目で見てる。相手をするかしないかは、きみ次第だけど、確実に狙われるからね」
 嫌だ、そんな生活。
「誰にもさせない」
「え?」
「オレは男とも女とも闇雲に寝ない。好きな人としかしない、そういうことは」
「……」
 夏生がしばらく黙った。
「それならそれで別に構わないけど。でも周囲を我慢させて強姦されないようにね」
 ぞっとした。
 いちいち嫌なこと言う奴だな。
「じゃあ」
 夏生が手をあげて去った。無遅刻無欠席無早退じゃなかったのか?

 洗面所の鏡で夏生の顔を見た。
 夏生は綺麗だ。男や女が群がるのはわかる気がする。
 けど、中身に問題があるんだよなー……。
 夏生がみんなから人気があるように感じていたのは、この身体を提供していたからか?
 夏生自身は別に提供したという意識じゃないのかもしれない。夏生は単純に気持ちのいいことが好きで、好きなように振る舞っていただけなんだろう。
 オレは違う。
 別にオレは大事に童貞を守っていたわけじゃない。不器用な性格が災いして、特定の彼女を作れなかっただけだ。
 やれれば誰でもいいなんて、そういう考えじゃないだけだ。
 洗面所から出ると、夏生の母親と会った。
「あら夏生、さっき秋人から電話が来たわよ。連絡が欲しいって」
「あ、はい」
 秋人(あきひと)は夏生の兄だ。現役大学生で、独り暮らしをしている。
 オレは夏生の部屋に入ってアドレス帳をめくった。
 秋人の電話番号がちゃんと載っている。なんだろう、と思いながらオレは電話をかけた。夏生の部屋には専用電話が引いてある。
「もしもし、夏生です」
『おう、夏生か? 今度の日曜日、うちに来ないか?』
「え? なんで」
 できれば会いたくない。
 夏生じゃないことがバレるから。
『なんでって……兄が弟にたまには会いたいと思っちゃいけないのか?』
「いけなくないよ。……わかった。行く」
 オレは諦めた。そんな言い方されたら断われない。それに、一生会わないわけにはいかないし。
 家の場所はよくわからないけど、夏生に訊けばわかるだろう。
 オレは受話器を置いた。それにしても何の用だろう。

 翌日、A組の教室へ夏生に会いに行った。
 ほんとは顔も合わせたくなかったし、話もしたくなかったけど、他に訊ける相手もいなかったし。
「秋人に会うの? へえ」
 廊下の窓枠にもたれて、夏生が言った。
「会うって言うか……会いたいんだってさ。何の用だかわかるか?」
「さあねえ」
 夏生はにやにや笑ってる。なんか嫌な予感がした。
「わかってるんなら言えよ」
「行けばわかるよ」
 夏生はそれ以上教えてくれなかった。
 変な手出しはしてこなかった。一度きりで終わりなら、犬に噛まれたんだと思って忘れようかな。いくらなんでも自分の身体に、そう何度も手を出してはこないだろう。
 夏生に地図を書いてもらい、それを受け取った。秋人の家は夏生の家から自転車で三十分くらいかかるらしい。
 日曜日はじきに来た。

つづく