天国の終末 24

 誰にも見つからずに下駄箱まで行けた。もう誰もいないのか、下駄箱は静まり返っている。
 靴を替えようとした時、
「勝馬」
 後ろの方からいきなり呼びかけられて、心臓が飛び出しそうになった。
「は……晴正っ」
 動揺したオレは靴を取り落とした。こんな状態の時に晴正に会うなんて。
 目の前まで来た晴正が、不思議そうに問いかけてきた。
「ずっとどこに行ってたんだ。待っていたのになかなか来なかった」
「……ごめん」
 坂西に犯されてたなんてことは口が裂けても言えなかった。
「晴正、ずっと待ってたの?」
「ああ……夏生もいた」
「えっ?」
「オレがそこで待っていたら、夏生はもっと距離を離したところで探るように立っていたんだ。たぶん、オレの様子をさぐっていたか、勝馬を待っていたかのどちらかだろう」
「……あ、じゃあ……」
 ヨリ戻ったの完全にバレたな。
「夏生、怒ってたね、きっと」
「たぶんね」
 怒った夏生は何をするかわからないから怖い。けど、夏生に関しては諦めというか、慣れみたいなものがあった。なんかもう、夏生には何を知られてもいいような感じだ。
 オレが靴を取り替えたら、晴正に引き寄せられた。背中から強く抱きしめられ、オレはされるまま立っていた。目を閉じて。
 晴正が味方でいる間は安心して生きていられる。
 ヨリが戻れば幸せなはずだ。
 オレにはこの腕があればいい。
 そうじゃなきゃいけないんだ。

 翌日の昼休み、どこかのクラスの倉岩(くらいわ)とかいう男子生徒がオレを廊下に呼び出した。知らない顔だ。オレが戸惑っていると、倉岩は笑顔で話を切り出した。笑顔なんだけど、ちょっとヤンキー入ってる感じの、何かするかわかんない怖さが雰囲気に出てる、あんまり近づきたくないタイプだった。
「おまえが柚木勝馬? オレ、倉岩ってんだけど、時間取れるか?」
「なんの用なんですか?」
「高村夏生のことで」
 さっとオレの全身に緊張が走った。夏生に関することじゃ、きっとロクな話じゃない。
 警戒することにした。
「夏生がなにか?」
「つかまえたんだ。ここの敷地の奥に、全然使ってない旧校舎ってのがあるだろ? そこに縛りつけてある。あいつ油断ならねーヤツだけど、こっち人数多いから、なんてこたぁなかったな」
 せせら笑う倉岩を、オレはゾッとして眺めた。
 ……夏生がつかまった?
 昨日の仁科から聞いた計画を思い出した。
 なにやってんだよ、夏生は。どうして簡単につかまってるんだ。
「おまえも来いってさ」
 腕をつかまれた。一瞬、抵抗しかけたけど、オレはためらった。頭のどこかで危険信号が鳴る。……もしも嘘だったら? でも本当だったら?
 引きずられて、オレは仕方なく歩いた。逃げるとでも思っているのか、倉岩の手の力は強い。そのまま旧校舎に着くまで、倉岩は何も喋らなかったからオレも黙っていた。
 旧校舎は少し遠いから、ここなら何があっても教師たちには気づかれない。その代わり、まったく放置されていたせいでホコリがたまりにたまっている。中に入ってからオレは何度か咳き込んだ。
 三階まで連れて行かれた。廊下の突き当たりにある教室に、引っ張られるまま入ると、そこには十五人くらいの男子たちが集まっていた。
 その中には当然、仁科と坂西と片野もいた。
 オレと目が合うと、仁科が笑いかけてきた。
「よお」
 ポン、と胸の辺りを仁科の手の甲が叩いた。歓迎でもしているような態度で、軽くアゴをしゃくる。反射的にそっちの方を見たオレは、手足をすべて縛られて転がされてある夏生を見つけて驚いた。
「……なつ……」
 夏生の目が、悔しそうにオレを見た。
 逃れたそうに何度も身じろぐけど、しっかりと固定されてるからどうにもならないんだろう。オレは怖くなった。
「……なにを、するつもりだ」
 動揺して声がふるえた。仁科がニヤッとする。
「なにって決まってたんだろ? 昨日、教えたじゃん」
 夏生に聞こえるような声で、あからさまに。まるでオレを、前から仲間だろ、と夏生に教えるみたいに。
「……本気、だとは思わなかった」
 夏生を見ると、夏生はオレしか見ていなかった。怒ってる顔だ。オレはいたたまれなくなって、視線をそらした。
「じゃあ、始めようぜ」
 片野が言った。転がっている夏生を抱き起こすと、他のヤツに言って足のナワをほどかせる。夏生の足は自由になったけど、片野がつかまえてるから逃げることは出来ない。
「腕どうする?」
「これだけ人数いるんだ。逃げられやしねぇさ」
 腕を縛っていたナワもほどかれた。夏生は体格的にも細身だし、腕力的にも他の男には勝てないかもしれない。まして、こんなに人数がいたら……。
「いいかげんにしてほしいな。僕を輪姦(まわ)すつもりかい?」
 夏生の嘲るような声は、まだ余裕があることを示していた。だけど、こんな風に誰かにいいように扱われてる夏生は初めて見たから、オレは這いあがってくる不安と焦躁をかかえながらも、そんな夏生を見つめていた。
 夏生は、機嫌は悪かったけど、怖がっていなかった。これがオレなら絶対に怯えてる。オレに助けを求めるような視線は向けなかった。そんなの最初から期待なんかしてないんだろう。
 男たちの手で制服を奪われていく。下着もすべて取り払われて、夏生は裸身をみんなにさらすことになった。腕も足も逃げられないようにつかまれ、四つん這いにさせられた。準備も何もなく足を開かれ、いきなり後ろから突き入れられる。
 夏生が声をあげた。痛みに身じろいでる。最初の男は遠慮なく腰を動かしていた。こんな風にムリヤリされるのなんて、夏生は初めてなんじゃないんだろうか。
「あぁ……っ!」
 うつむく顔を、誰かの手が上に向けさせた。顔を見せろってことらしい。
「夏生は淫乱だから、もう勃っちゃってるぜ」
 誰かが楽しそうな声で言った。ここに集まってる連中は、こういうことをしても罪悪感にかられない人間ばかりが揃っているらしい。他の男がズボンを開けて、夏生の口に腰を押しつけた。両方から攻められて、夏生にはなす術もない。苦痛に眉が寄せられてる表情が、異様なほど色っぽい。
「……んっ……ん……っ」
 だけどその後は、下手なAVも顔負けのすごい状況になっていった。夏生は何人もの男に犯され、顔にも身体にも精液をかけられ、汚されていった。だんだんクタクタになっていくのが、はたから見てもわかった。オレは、下肢でうずくものをどうにもできずに、ただひどい目に遭わされてる夏生を見ていた。
「柚木勝馬」
 いきなり誰かに呼ばれて、オレはビクッとした。声のした方を見ると、仁科だった。
「おまえもやれよ」
「……オ、オレはいいよ。遠慮しとく……」
「なに言ってんだよ。夏生ににはさんざん痛い目に遭わされたんだろ」
「……でも」
 仁科に腕を引っ張られ、足を踏ん張ったけど、引きずられた。手こずるせいで、坂西もオレの腕をつかんだ。ふたりに突き飛ばされて、夏生の隣に尻餅をついた。
 夏生は、身体に力が入らない様子で、ぐったりと横たわっていた。それでも意識はあるようで、妙に静かな目でオレを見た。
「なに、ぼーっと座ってんだよ」
 仁科がオレの横に立った。しゃがむと、オレのズボンの中心を握った。
「やっ……」
「ほら、ちゃんと感じてんじゃん。これを夏生の中に突っ込めばいいんだよ。やり方知らねーんだったら、手伝ってやるぜ?」
 ムリヤリズボンのファスナーをおろされ、そこで熱くなってたものを引っ張りだされた。
「つかむなよっ……」
 オレが嫌がっても、みんな笑って見ているだけだ。片野が夏生の身体を抱き起こしていた。
「夏生ちゃんが乗ってやれよ。得意だろ、そーゆーの」
 上半身を起こされた夏生は、かなり疲労していた。表情もどこかうつろで、ぼんやりとしている。さすがの夏生も、あんな目に遭ったらいつもの余裕なんてどこかへ行っちゃうらしい。
 表情だけでは、夏生がどれくらいのダメージを受けたのか、わからなかった。
 ずきずきと疼く下半身は、仁科の手の中にある。耳元で囁かれた。
「夏生の中に入れたいだろ? すごくいいぜ?」
 身体が熱かった。下肢のものを早くどうにかしたい。異常な空間の中にいるから余計に、オレまでおかしくなりそうだった。
 腕を伸ばして、夏生の足をつかんだ。夏生の表情に変化はなく、黙ってオレを見ている。
「バックと前、どっちがいい?」
 片野が訊いた。
 オレはわからなくて、黙っていた。やる側の経験なんかないから、どうすればいいのか見当もつかない。
「前でいいよ。勝馬にやられてるってはっきりわかった方が、夏生にはショックだろ」
 仁科が代わりに答えた。勝手に方向性を定められて、オレは仁科に押された。
「やれよ、早く」
 夏生の足を開いた。夏生は無抵抗だ。力が入らないだけかもしれない。オレは今から、こいつらと同じになるのか。夏生を輪姦した連中と同じに……。でもオレだって夏生に嫌なことたくさんされたんだ。
 足に腕を絡めて持ち上げた。入口を確認して、腰を当てた。
「……っ」
 夏生の中にオレは入った。夏生の内部がオレに吸いついてくる。さんざん濡れているせいで、楽に入ってしまった。根元まで全部入れて、オレは夏生の顔を見た。
 夏生は眉を寄せて、ぼんやりと開いた目でオレを見ていた。呼吸が少し荒い。どうやって動いたらいのかわからなくて、身体が求めるままに動いてみた。
「……ん……っ」
 オレの理性はすぐにぶっ飛んだ。夏生の中は本当に気持ちよくて、もう何も考えられなくなった。本能のまま動いて、じきに達した。
 夏生から身体を離すと、仁科につかまった。夏生はぐったりとしたまま、何も言わない。
「よかったろ?」
 オレは返事をしなかった。
 すごく変な感じだ。ふと気づくと、連中が帰って行こうとする。仁科がオレの肩を叩いた。
「お開きだってさ。おまえも帰っていいよ」
「え……?」
 現実に頭が戻って来ない。オレは慌てて夏生を見た。夏生はぐったりと横たわったまま、反応がない。意識はあるはずなんだけど……。
 やがて誰もいなくなった。旧校舎の中にはオレと夏生だけになった。
「……夏生?」
 このまま死んだらと思うと怖くなってきて、夏生の肩を揺すった。殴ったり蹴ったりしたわけじゃないから、死なないとは思うけど……。
 夏生の目が、オレを見上げた。
「……下手くそだな」
「え」
「だから、きみにやられるのは嫌だったんだよ」
 ずっとロクに喋らなかった夏生が口を開いた。
「夏生、身体……」
 夏生は床に腕をついて、ゆっくりと上半身を起こした。辛そうに。
「ひどい屈辱だよ。まさかこの僕が強姦されるなんて思わなかった。それもあんな人数にね。しかも下手な奴が混ざっているんだ、最悪だよ。ただ突っ込めばいいと思ってる」
「……夏生」
 なんとか自力で座った夏生は、僕を見据えた。
「なんでここに来た?」
「……え?」
「僕はきみにあんな情けない姿を見せたくなんかなかったんだ。しかもきみはそんな僕を見て欲情していた。挙句には僕を犯そうなんて、バカげてるよね」
「来たくて来たわけじゃない。連れて来られたんだ」
「どちらにしても見られてしまったものは仕方がないね。本当ならこんな風に起き上がることもできなくなってる。でもきみがいると、情けなくて起きるしかないんだ」
「……なんで強がるんだ」
「きみのことが好きだからさ」
 夏生がオレの肩にもたれた。
「……辛かった?」
 オレが訊くと、夏生がフッと笑った。返事はしてくれない。
「夏生のこと、知りたいと思う。まだよくわかってないんだ」
「この程度のことで、僕がダメになると思うかい?」
「辛く……ないのか?」
「あいつらの考えてることはわかってる。僕を輪姦して最大限のタメージを与えることが目的だろう? だからここで僕が、辛かったとかショックだったとか、もう生きていけないなんて言いだせば、あいつらの思うツボなんだ。そうはいかないさ。この程度のことで、僕がダメになるわけがない。平気だよ」
 オレは肩にもたれている夏生の体温を感じていた。状況に流されたとはいえ、オレはいったい何をしてるんだろう。そして、夏生はなんでこんなに頑強なんだろう。
「勝馬」
 肩のところで夏生に呼ばれた。
「……ん?」
「キスしないか?」
「……キス」
 夏生の手が、オレの両肩をつかんだ。心の準備もしないうちに、夏生の唇が重なってくる。オレは目を閉じた。
 夏生とキスしている間、オレは何も考えないことにした。唇が離れ、間近で見つめ合った。
「本当なら今すぐきみを抱きたいけど、今の僕にはそんな余力はなさそうだ」
 再び唇を塞がれた。オレは目を閉じて、されるまま応えた。
「……ねぇ、もう一回、入れ替わろうか僕たち」
 耳元で夏生が囁いた。
「……どうやって?」
 オレが夏生だったのは遠い昔のような、夢か幻のような、現実味を帯びない過去だ。だけど記憶は鮮明に残っていたし、夏生の提案は現実的ではない今の空気も手伝って、まるで容易いことのようにオレの中に浸透した。
「これまで衝撃がきっかけで僕たちは入れ替わった。最初はバイク事故、次は階段からの落下、命懸けの勝負かけた時に僕たちは入れ替わる。理屈も科学的証明もできないし、まったく説明つけられない現象だけど、きっかけさえあれば僕たちは入れ替わることのできる関係だ。どうする? 今度は二階から飛び下りてみようか」
「なつ……」
 尋常じゃない言葉がまた夏生の口から出て来ていた。夏生の作った空気に引きずり込まれていたオレは、いきなり正気に返った。
「嫌だ。もう夏生にはなりたくない」
「どうして? 僕はきみでもいいと思っているのに」
「もともと、夏生が無理矢理もとに戻ろうとしたんじゃないか。なのに今頃、また入れ替わりたいなんて言ってる。勝手だよ。いい加減にしろよ」
「勝手だよ、僕は。そんなのきみに指摘されなくても知ってる」
 ぞくりとするほど醒めた目で、夏生が見た。
「……獰猛な肉食獣になりたいな。そうしたら今すぐきみを食い殺せるのに」
 また意味不明の言葉が夏生から洩れて、オレは返す言葉もなく黙り込んだ。
 部屋の中が静かになると、どこからか走るような足音が聞こえてきた。その足音はだんだん近づいて来て、オレは全身で緊張して息をひそめた。隣にいる夏生は平然としていて、オレの肩に頭を乗せて瞼を閉じた。
 教室のトビラが開かれて、現われたのは晴正だった。オレは心底から驚いて、同時にうろたえた。また変な場面を見られてしまい、今度こそ本当に愛想つかされると思った。
 晴正はどこか険しい表情でオレを見つめ、隣にいる夏生へチラリと視線を走らせた。
 こっちに向かって歩いてくる晴正をようやく見た夏生は、なぜか余裕の笑みを浮かべた。全身を汚された身体を見られても、平気な様子だった。
 目の前で晴正が立ち止まると、夏生が口を開いた。
「勝馬、童貞喪失。こいつ、僕を抱いたよ」
 挑戦めいた強気な口調でとんでもないことを言う。オレは慌てて晴正を見つめ、言うべき言葉も見つけられずに動揺した。
「……仁科が、俺に言ったんだ。夏生を輪姦した、勝馬もそこにいるって……」
 晴正も戸惑いを隠し切れない顔で、オレを見つめた。
「今もキスしてたんだ」
 夏生がさらに言いつのった。嘘は言ってない……だからオレは何も言えなかった。
 晴正の腕が伸びて、オレの二の腕をつかんだ。無理矢理立たせようとして、腕を引っ張る。
「帰ろう」
「……晴正」
 夏生の言った言葉を信じたのか信じなかったのか、オレにはわからなかった。ただ晴正に引っ張られるままに立ち上がり、後ろ髪ひかれるようにオレは夏生の方を振り返った。
「ばいばい」
 夏生が笑って手を振った。どうしてそんなに余裕があるんだ。
 ためらうオレに気がついたのか、晴正の足が止まった。
「勝馬」
「……うん。わかってる……」
 晴正の腕がオレの肩にまわって抱き寄せられた。そんな光景を夏生に見せることにうろたえて、反射的に身を固くした。晴正に伝わってしまったのか、戸惑うような視線で見つめられる。
「……勝馬?」
「ごめん。なんでもない」
 今度こそオレは歩きだして、夏生の方へ振り返らなかった。

 あれから夏生がどうなったのかはわからないまま、オレは家に帰った。
 気にかかるから、夏生の部屋に直接かかる番号に電話してみた。
 コール音が鳴り続き、留守電にすら変わらない。諦めてオレは受話器を置いた。
 どうしてかわからない。
 夏生のことしか考えられなくなっていた。
 ちゃんと生きてるのかどうか、確認しないと不安だった。
 靴をはいて家を飛び出したオレは、夏生の家に向かった。呼び鈴を押すと、夏生の母親が出てきたけど、夏生はまだ帰っていないと告げられた。
 オレはさらに走った。学校しかないと思った。夏生はまだあの場所にいる……?
 だとすると、夏生はあのまま?
 急に怖くなって、オレはコンビニに飛び込むと、食料と飲み物とウエットティッシュを買った。
 埃っぽい学校の旧校舎の階段を駆け上がりながら、オレは夏生のことばかり考えてた。
 三階の廊下を突き当たった教室に飛び込んだ。
 オレは驚愕した。
 夏生は、別れた時の姿のまま、ぐったりと横たわっていた。
 ぴくりとも動かない。
 オレと喋ってたとき、無理してたことがわかった。
 わかって、泣きたくなった。
 夏生の目の前まで歩いて、かくん、と膝が力をなくした。夏生の目の前に座り込み、恐る恐る手を伸ばした。
 夏生の肩は暖かかった。
 よかった……生きてる。
 生きてた。
 オレは、床に散らばっている夏生の服を集めた。埃を払い、一ヶ所にまとめる。
「夏生」
 声をかけた。軽く肩を揺する。
 起こしたら……駄目かな。
 また夏生が意地を張るから。
 強がるから。
 でもこのままじゃマズイ。
「夏生」
 もう一度呼びかけると、夏生の肩がピクリとした。
 夏生の瞼がうっすらと開く。そこにかすかな自嘲の色が浮かんだ。
「……なんで、戻って来るんだ……」
 こんな姿は見せたくなかったのに。
 そんな言葉が聞こえたような気がした。
「オレ、色々買ってきた。その身体じゃ帰れないと思って、ウエットティッシュとか……食べ物とか。飲み物もあるよ」
 夏生はかすかに笑った。
「それで僕がありがとう、なんて言うと思ってるのか? こんなみっともない姿をこれ以上きみに見せるのが嫌なのに」
「そんなの気にしてる場合じゃないだろ。食べられないなら、飲み物だけでも……」
 夏生はゆっくりと身体を起こした。オレが渡すと素直に飲み物を受け取り、口をつけた。相当喉が渇いていたみたいだった。
 ウエットティッシュを取り出して、精液まみれになってる夏生の身体を拭こうとした。
「勝馬」
「なに?」
「親切すぎて気持ち悪いよ」
「……そんな言い方ないだろ。夏生をこのまま放っとくことなんか出来ないんだよ」
 とにかく夏生の身体を拭いた。意外なほど夏生はおとなしくしてる。動けないだけかもしれなかった。
「勝馬」
「なに?」
「キスしてよ」
「……なに言ってんだよ」
 オレはとりあわなかった。夏生、弱ってるくせに、なんでこんなこと言うかなあ。
「ボロボロに疲れている時ってセックスしたくなるんだよ。でも僕は動けないから、勝馬、自分で乗ってよ」
 その疲れた原因がセックスだろ。普通、あんな目に遭ったら、そういう行為に拒絶反応示すのが普通だぞ。
「ボロボロに疲れてる時はじっとしてろよ。だいたいなんでオレが乗ってやらなきゃならないんだ。オレの方からなんて……」
 出来るわけないじゃんか。
 夏生の身体を拭き終えると、オレは服を差し出した。夏生は受け取ろうとしなかった。
「僕は動かないから、勝馬が口で勃たたせてから乗るんだよ」
「……まだ言ってんの」
 オレはうんざりとした。なんであんな目に遭った後なのに、やりたがるんだろう、こいつは。
「嫌ならキスだけでもいい」
 オレはひとつため息ついて、仕方なく顔を寄せた。夏生が瞼を閉じる。
 触れるだけのキスをしてから離れると、夏生が不満そうに見た。
「こんなのはキスのうちには入らないよ」
「……入るよ」
「入らない」
 夏生は言い出したら諦めないから、オレはもう一度顔を寄せた。
 少し口を開けたら、夏生の舌が入ってきた。動けないわりには舌は元気で、オレの中を動きまわった。
 だんだん……変な気分になってきた。
 夏生は勝手に、オレのズボンに手をかけてた。ギョッとして、夏生の手を払いのけようとしたら、夏生は心底から不満そうにオレを見た。
「言うことききなよ」
「きいてるだろ」
「たまには勝馬の方から挿れてほしがってもらわないと困るよ」
「なんでオレが……っ」
 教室内の空気がだんだん変な方向に向かっていく。
 夏生の手は、オレの下腹部を愛撫しはじめた。
 眩暈がしてくる。
「脱いで」
 身体が熱くなってきた。もう駄目だと思って、ヤケになった。ズボンと下着を自分から脱ぎ、夏生の下腹部に顔を寄せた。夏生に言われたことをそのまま実行することにした。
 夏生のそこを熱くさせると、夏生が床に寝ころんだ。オレは夏生の上にまたがる姿勢になり、ゆっくりと腰を落としていった。
「……あっ……んっ」
 挿れられるのと挿れるのとでは勝手が違った。待つんじゃなく、自分から挿れたのは初めてだった。夏生のすべてが身体の奥深くに突き刺さってきた。
「動いて、勝馬」
 うっとりと夏生が言った。少し腰を揺らしただけで、脳がしびれるような気がした。激しくなんか動けなくて、ゆっくり腰を揺すった。
「勝馬……それじゃ僕が気持ちよくないよ」
 もっと動けってことらしい。
「……苦しいよ、夏生。早く動けない……」
 夏生がオレの腰を両手でつかんだ。
 いきなり動かされて、オレは一瞬おかしくなりそうになった。
「あっ……ああっ……」
 嫌がるように首を振ったけど、夏生はやめてくれなかった。下から激しく突き上げられて、オレは気が遠くなっていく。
 どくん、とオレの中で夏生が脈打った。その瞬間、オレもイッた。
 ……ゆっくりと、夏生の上からどいた。思っていたよりも夏生は元気で、心配して損したような気分になった。
「……動けないなんて、嘘だ」
 オレが責めると、夏生は少しムッとしたような顔をした。
「僕は嘘なんてつかないよ。ただ、どんなに疲れていようと、無理をして身体が悲鳴をあげていようと、きみのことはいつだって欲しいんだ」
 わけわかんないよ、それ。
 またウエットティッシュで身体を拭かなきゃならなくなった。
 下着とズボンをオレがはいてると、夏生もようやく服を着る気になったみたいだった。飲み物は摂るけど、食欲はないのか食べようとしなかった。
「……食べなくて、大丈夫なの?」
「胃が受けつけてくれなさそうだ」
 食べたら吐きそうってことだろうか。
 なんでそんな身体でオレを抱きたがるんだか。
「立てる? 帰れる?」
 オレが訊くと、夏生が苦笑した。
「なんとかね」
 オレは夏生を支えながら立ち上がった。
 肩を並べて旧校舎から出た。夏生が自転車を拝借しようって言ったから、校内の自転車置き場に行ってみると、ぽつんと放置されてある持ち主不明の自転車があった。意外なことに、鍵がくっついている。
 こんな偶然、あるんだろうか。
「僕のだよ」
「えっ?」
 驚いて夏生を見ると、笑っていた。
「嘘。勝馬は単純だね」
「……悪かったな」
 一瞬信じた自分が恥ずかしかった。
 自転車を勝手に借りて、夏生を後ろに乗せて走った。夏生は躊躇なくオレの腰に腕をまわし、背中にぴったりとくっついてくる。
 何故か、オレはドキドキした。
 そのまま夏生の家まで自転車を走らせ、無事に送ることが出来た。
 この自転車は学校に戻そう。
「……じゃあ、夏生。明日はゆっくり休んで」
 いくら強がる夏生でも、大勢の人間に輪姦なんてされたら、ショックじゃないはずないと思う。だってオレがそうだった。忌まわしい体育倉庫で、仁科たちに輪姦されたことは忘れてない。
 ……でもあれって、夏生が命令したんだよな……。
 複雑な気持ちになった。
 オレが自転車に乗ろうとした時、夏生が呼び止めた。なに、と思って振り向くと、
「ばいばいのキスをしよう」
 なんて夏生が言った。
「……また?」
 何回キスすれば気が済むんだろう。
 仕方なく自転車を止めたオレは、夏生に近づいた。辺りはすっかり夜だから、目撃される心配は薄かった。
 夏生の顔が近づいて、オレは目を閉じた。深くて濃厚なキスに、オレはくらくらさせられた。また変な気分になってきてヤバイと思った。
「じゃあね」
 唇が離れると、あっさりと夏生が言った。
「……うん」
 後ろ髪引かれる気持ちになったのは、オレだけだったみたいだ。
 そんな気持ちを振りきって、オレは夏生に背中を向けた。さっさと自転車を走らせて、夏生から離れた。

 翌日、夏生は学校に来なかった。
 まさか夏生が休むとは思ってもみなかったのか、晴正が驚いた様子で昼休みに教えてくれた。
 精神的にどうこうよりも、身体がキツくて休んだんだとオレは思ったけど、晴正には何も言わなかった。
「あんまり心配しないんだな」
 意外そうに晴正に言われた。
「夏生なら大丈夫だよ。強いから」
 オレが答えると、晴正はしばらく何か言いたそうな顔で見つめてきた。
 意を決したように口を開く。
「勝馬は前よりも夏生に惹かれてるね。俺たちもう駄目かな」
「え……?」
 思わぬ言葉が晴正の口から出て来て、オレは驚いた。
「なに、言ってんの……」
「夏生のことばかり考えてる。顔を見てればわかるよ」
「え……違……」
 違うだろうか?
 確かにオレは前よりも、夏生のことを考えてないか?
 でも夏生はオレのことオモチャとしか思ってない。数え切れないぐらい好きだと言われて、数えきれないぐらい抱かれたけど、夏生はオレが求めてる恋愛なんかしてくれない。
 夏生が相手じゃ、普通の恋愛関係なんか築けない。
 オレはもっと普通がいい。追い詰められた恋愛なんかしたくない。
「夏生と恋人になるのは絶対にやだよ。神経がいくらあっても足りないし、あんな好き勝手ワガママな奴なんかと真面目につき合いたくないよ」

(未完・ここまで)

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