天国の終末 23

 しばらく部屋でぼーっとしてたら、母親が部屋まで呼びに来た。
「お客さんよ」
 晴正だ。
 玄関に出迎えると、少し息を切らして晴正が立っていた。
「……どしたの? 息切れしてる」
「走ったんだ」
「……なんで?」
 わからなかった。晴正はオレを嫌いになったのに。
「あがっていいかな」
「う……うん」
「誰も部屋に近づけないでほしいんだ」
「え? ああ、わかった」
 オレはわけがわかんないまま、晴正を部屋にあげ、母親には勉強するんだから絶対に邪魔するなって伝えた。
「勝馬、これ部屋の鍵か?」
 オレの部屋のドアについてる鍵を見て訊いた。オレが素直に「うん」と言うと、晴正は鍵をかけた。
「……なんで鍵、かけるの?」
「ごめん」
 晴正がいきなり謝った。
 オレの腰を抱くと、ベッドの方へ誘導する。
「座って」
「う、うん」
 晴正が隣に座る。なんだか少し、落ち着きがない。
「本当にどうしたの? 顔を見るのも嫌だって……」
 いきなり身体を引き寄せられて、唇を奪われた。驚いて固まったオレは、歯を割って舌を差し込む晴正にされるままだった。胸の奥がズキズキする。切なくて痛いような感じだ。
「我慢できないんだ。頭が変になりそうで。どうしても今、勝馬を抱きたい」
「……だ、駄目だよ。だって下にはうちの親がいるし、声が聞こえたらマズイ」
「声、殺して。頼むから」
 身体を倒された。上から晴正がのしかかってくる。
「駄目だってば。本当にマズイいよ」
 服を脱がされた。身体を晴正の手が這った。なんとか抵抗しなきゃと頑張った。いくら相手が晴正でも、親のいる家の中じゃまずい。
 服を脱がすのに慣れた手が、ズボンと下着もあっさり奪った。うつぶせに押さえつけられて、背中に晴正のキスが降ってきた。
「……キスマークが」
 晴正が止まった。固まってるみたいだった。けどすぐに指が背中の何かを辿った。たぶん、夏生のつけたキスマークを。
「夏生?」
「う……うん」
「夏生のセックスはいい?」
 何を訊くんだ。
「やめてよ……」
「何回も見てるよオレは。夏生に抱かれてる時の勝馬は、本当に気持ちよさそうにしてる。嫌がってる時も、本当は嫌がってなんかいないんだ。勝馬が夏生に惹かれてたのはわかってた。それでもオレを選んでくれたのは嬉しかった」
 背中を、柔らかいものが這う。晴正の唇だ……。
 うつぶせの身体の下に、晴正の手が入って来た。オレの身体を少し横向きにして、じわじわと熱くなりかけてるモノをつかむ。
「だ、め……っ」
 動かされると、とたんに身体が言うことを聞かなくなる。全神経が晴正の手元に向かった。そこが硬く張り詰めるのがわかった。
「あっ……はるまさ……っ」
 一番敏感な場所を支配されて、オレはシーツに顔をうずめて声を出さないように必死だった。こんな時ほど身体は敏感になって、いつも以上に感じたりする。
 身体がビクンと震えて、晴正の手の中に放出した。
「はぁっ……あっ……」
「……勝馬」
 晴正の手が、さらに下へと移動した。濡れた手が、尻の間に触れる。
「んっ……」
「夏生と、したのか」
 指が中に潜り込んできた。思わずオレはのけぞり、洩れそうになる声を噛み砕いた。
「夏生を、ここに入れたのか」
「……う、ん」
「いつ?」
 時間なんかわかんなかった。
「き……きょう……っ」
「気持ちよかった?」
 やめてよ。
 指が中をかきまわした。敏感な場所は知られてる。晴正の指は集中的にそこばかりつついてくる。
 オレは必死で耐えようとした。枕を引き寄せて、口に押しつけた。涙が出てくる。
「……しばらく勝馬と離れてた間、ずっと苦しかったんだ。夏生と何をしたとしても、それはまだ許せた。でも、他の男とも寝たと聞くと耐えられなくなったんだ。それじゃあ夏生と同じじゃないかって……。嫉妬だったんだ」
 指がなくなった。晴正の手が、強く腰をつかんでくる。腰だけ高くあげられて、もっと太いものが入って来た。
「んんっ……!」
「夏生じゃなきゃ、いやか……?」
 オレは首を振った。嫌なんかじゃない。晴正だから。
 何度も突き上げられた。その都度、溢れそうになる声を押し殺した。苦しくてたまらなかった。
 何度か意識が飛びそうになる。やがて晴正とオレは同時に達した。
「……はぁぁ……っ」
 やっと解放されて、オレはベッドの上でぐったりした。
「ごめん」
 晴正がまた謝った。
「どうしても我慢できなかったんだ」
「……ん」
「夏生とどっちがいい?」
 オレは目を開けて、まじまじと晴正を見つめた。
「……なんでそんなこと聞くの」
「聞いてみたかったんだ」
「……夏生の方がいいって言ったらどうすんの」
「だとしたらショックだ」
 ……じゃあ、言うのはやめよう。
 夏生より上手い人なんていないんだよ、なんてことは。
 晴正がまた被さって来た。
 今まで離れてた分を埋めるみたいに深いキスだった。こんな風に晴正に触れられて、やっぱりオレは気持ちよくなってる。これでまた、自分でも誰が一番好きなのかわかんなくなってくる。
 夏生より晴正。
 ずっとそうだったけど。
「……勝馬、オレ、自分でもおかしいんだ」
「……ん?」
「ここまで誰かを好きになったのは初めてなんだ。勝馬が急にいなくなって、すごく不安になった。夏生に聞いても教えてくれなかったし、どうやって探せばいいのかわからなくて苦しかった。いない間ずっと勝馬のこと考えてた。早く探しだしたかった」
「……夏生の時は?」
「冷めるのは早かったよ。勝馬に出会ってしまったから」
 再びキス。
 暖かい腕。晴正といると幸せになれる気がしてくる。
 夏生とは逆だ。見事なくらい正反対。
 ……なんか、いきなり絡んじゃったから、確認し損ねたんだけど、晴正はオレのこと許してくれたのかな。
 そうじゃなきゃ、こんなことしないよね。
 キスなんかしないよね。
 でも。
「晴正、オレ本当に晴正のこと好きだよ。大好きだよ。だけど、夏生は絶対にオレを手放さないと思う。それにオレも……夏生には逆らえない。オレも変なんだ。夏生と一緒にいると……どんどん変な風になるんだ。一緒にどこかに落ちそうになるんだ。このまま壊れてもいい……そんな錯覚に襲われる」
「オレの時よりも?」
「……ごめん」
 だけど晴正と別れるのは嫌だ。
 欲張りなんだろうか。晴正と夏生と、両方を求めるのは。
「夏生が好き? オレよりも?」
「……比較なんか、できないよ……。晴正が一番だと思ってたんだ。だけど、夏生が欠けても辛いんだ。どうしたらいいんだろう」
 苦しくなった。晴正は今ここにいるのに。手の届くところに戻って来てくれたのに。夏生に抱かれるのが当り前になってしまった身体が、ひどく疼く。
 もしかしたら、晴正とは戻れないのかもしれない。
 漠然とそう思った。その考えを振り払おうと、オレは頭を振った。

 久しぶりに学校に来た気がする。
 休んでたのはホンの数日なのに、ずいぶん長かったような錯覚。
 昨日、あれから晴正は家に帰った。母親は居間でテレビを見ていて、何も気づかなかったみたいだった。父親は残業で帰って来たのは深夜だったし、無事バレずに済んだ。
 門をくぐって校舎に着く。下駄箱で靴を取り替えて、教室まで行く。
 教室の戸を開けた。中を見た。いくつかの視線がこっちに来た。
 その中に。
 末田の不安そうな顔を見つけた。

 何を言えばいいのかわからなくて、結果的に無視したことになった。
 黙って席に着いたオレを、末田の視線が追いかけて来る。
 チクチクと身体に刺さる視線。痛さが伝わってくる。
 後ろの席からメモを折りたたんだような紙がまわってきた。オレ宛だ。
 ……末田から。
 中を広げて見た。

 『ごめん。
  勝馬を売るつもりじゃなかったんだ。
  どんなことでもするから、許してほしい』

 ため息が出た。
 昔のような関係に戻ることはできないんだ、と実感した。
 末田とはこれから先どうやって喋ればいいのかも、わからなくなった。

 帰りに下駄箱のところで晴正を待つことにした。
 ヨリが戻ったことを夏生が知ったら激怒するかもしれないな。
 そんな風に思いながら壁にもたれて立っていたら、目の前に仁科が現れた。
「…………」
 瞬時に緊張したオレは、言葉なく仁科を見つめた。こいつに会うとロクなことがない。
「久しぶり」
「……なんだよ」
 声がうわずった。不覚だ。弱さを見せちゃいけない相手なのに。
 いきなり腕をつかまれた。
「来いよ」
「い……いやだっ。なんでおまえなんかとっ……」
「夏生を待ってんの? それとも晴正?」
「関係ないだろ」
 抵抗するオレと腕を引っ張る仁科を、帰り際の生徒たちが怪訝そうに眺めていく。見てるだけで誰も助けてくれない。運悪く、同じクラスの連中の姿もない。
「この前のゲームでは負けたけどさ、それでオレたちが終わると思ってたのかよ。いいから来いって。夏生に見つかったらマズイだろ」
「夏生が怖いなら、いいかげんにしろよな」
 仁科は腕を引っ張るのを急にやめた。逆に、押してきた。そのまま廊下の隅まで追い詰められたオレは、意味ありげな表情を見せる仁科を睨んだ。
「おまえさ」
 ひそひそとした小さな声に仁科が切り替えた。キスできそうなほど顔が間近にある。仁科は周囲を気にしつつも、先を続けた。
「夏生がダメージくらってるとこ、見たくないか?」
「は?」
 考えもしなかった台詞で、一瞬聞き違えたかと思った。
「あいつホラ、隙がないし、容赦ないし、全部じぶんの思う通りにしようとするだろ? だから余計に痛めつけたらどうなるのか知りたくないか?」
「そんなの……無理だろ。夏生がおとなしく痛めつけられると本気で思ってんの」
「オレたち側につけよ。そしたら今まで見たことなかった夏生を見せてやるから」
「無茶だよ。そんなことしたら、夏生は絶対に仕返しするぞ」
「話だけでも聞けよ。絶対に成功する確信あるんだからさ」
 誘惑だ。
 惹かれなかったかと言えば嘘になる。
 これまでなんでも夏生の思う通りに事は運ばれてきていた。
 オレは夏生にとって都合のいいオモチャで、まともに反旗をひるがえしたことなんてなかった。夏生を苛立たせたことと言えば、晴正とつきあったことだけだ。
 ダメージ受けた夏生を見たい。
 誘惑だった。
「何をするんだ?」
「夏生を強姦する」
 口にした直後、仁科は周囲を見回した。夏生がいないか確かめたんだろう。
 オレは息を呑んだ。
「で、でも、それ……ダメージになるの? 夏生だよ?」
 思わず聞き返したのは、自ら身体を開くような夏生に強姦が意味あることとは思えなかったからだ。
「夏生が男と寝る時、夏生がOK出さなきゃ出来ないんだ。カマかけて調べてみたら、夏生と経験あるやつゾロゾロ見つかってさ。夏生から誘惑するパターン、相手の誘いに夏生が乗るパターンとあるんだけど、ムリヤリ犯したパターンはないんだ。夏生は奔放そうだけど気位高いとこもあるから、プライド傷つけられるのが一番弱いはずなんだ。そこを徹底的に突つけば絶対にダメージくらうはずだ」
「……夏生のプライドって……なに?」
「屈辱だよ。踏みにじられること。それで夏生はダメージ受けるはずだ」
 ごくん、とオレの喉が鳴った。
「でも怖いよ。相手は夏生だよ? そんなことしたら何が跳ね返ってくるかわかんないよ」
「臆病だなぁ。そんな後のことはどうだっていいんだよ。オレたちが見たいのは、ダメージ受けた夏生。それだけ。とりあえず、おまえ来いよ」
 腕を引っ張られた。オレは周囲を見渡して、夏生か晴正がいないか探した。いない。なんで来ないんだろう? そろそろどっちか来てもいいはずなのに。
 仁科に連れて行かれた先は、誰もいない音楽室だった。学校に防音のきいた場所があるのって、問題かも。
 音楽室の中に押し込められたオレは、そこに坂西と片野がいたことに動揺して引き返そうとした。仁科が行く手を阻んで、坂西がつかまえに来た。
「待ってたよ。よく来たな」
「やっぱり帰る」
「待てって」
 坂西と仁科に挟まれたオレは身動きとれなくなった。音楽室のドアは閉ざされて、しっかりと中から鍵をかけられる。三人のオレを見る目が獲物をつかまえた狩人のそれで、なんでオレはついてきてしまったんだと後悔した。
「……夏生の話、嘘なんだな?」
「嘘じゃないぞ」
 坂西の手が、オレの首筋を撫でた。ざわざわと全身が総毛立つ。
「それとこれとは別なだけだよ」
 仁科の腕が、背後から羽交い締めにつかんできた。
「やっ……。待てよっ、こんなことするなら協力しないぞ」
「おまえにもやらせてやるよ。突っ込まれるだけじゃつまんないよな。一応、男だもんな」
 坂西がニヤニヤ笑う。耳に息をかけて、舌を入れてきた。
「……っん」
「おまえのここ、一回でも使ったことあるのか? せっかくついてんだから、ちゃんと使ってみろよ。おまえだって夏生とやってみたいだろ?」
 ズボン越しに下半身を握られた。
「痛っ……」
 仁科はすでに欲情してるのか、尻に熱いものが当たった。ズボンが邪魔だと言いたげに腰をすりつけてくる。その感触に連鎖したように、オレの身体にも異変が来た。
 坂西がオレのズボンのファスナーとボタンをはずした。熱く勃ちあがりかけたオレのをじかに握り、刺激を与えてくる。
「は……っ」
 ガクンと膝が萎えた。仁科に支えられたまま、坂西に刺激される。
「ん……んっ……」
 ああっと思った時には達していた。坂西の手の中にそれは放出され、中途半端におろされていたズボンは本格的に奪われた。
 坂西の肩越しで、片野がこっちを楽しげに見てた。
 仁科はオレの両脇の下から腕でかかえるようにして支えている。坂西がオレの足を抱えあげて、宙に浮いた恰好にさせられた。
 広げられた足の間に坂西が腰を寄せて、オレに当たったかと思うとグイとねじ込んできた。
「ああぁっ……」
 浮いた状態のまま坂西に動かれて、オレはすごく変になりそうだった。坂西は容赦なくオレを突き上げてくる。
「あっ……あっ……あぁ……っ」
「やっぱいいな、おまえ」
 坂西が耳元で囁いた。
「これからもよろしく頼むぜ」
 ……ふざけんな。
 そうは思っても身体の方は反応する。思考はうまく働かないし、快感がないって言ったら完全に嘘だ。どうしてオレはこいつらのターゲットにされてるんだろう。
 どくん、とオレの中にある坂西のものが脈打った。引き抜かれるのと同時に床に降ろされた。ズルズルと崩れ落ちるように座り込んだオレに、三人の視線が突き刺さってきた。
 床に落ちてるズボンと下着をオレはつかんだ。乱れた息がおさまらないまま、三人を睨みつけた。
「やっぱりオレ帰る!」
「駄目だよ。まだふたりやってないじゃんか」
 仁科の両手が肩に乗った。さっきまで傍観してた片野が傍に来た。
「こういうのって平等が一番って思わない?」
「思わないよっ!」
 言い返して効果のある奴らじゃなかった。三人もいれば強いのか、面白い遊びでもしてるような顔で笑ってる。仁科がオレの右腕をつかんで立ちあがらせようとした。
「その代わり夏生を痛めつける時に一緒にやらせてやるからさ」
「もういい」
 仁科の腕を振り払った。
 走れるような身体じゃなかったけど、ズボンと下着をかかえたままオレは音楽室のドアに体当りする勢いで向かった。鍵を開けて、外に出る。恥ずかしいなんて言ってられなかった。どうせ今は放課後で、たぶん誰もいやしないハズだ。
 男子用トイレを見つけて飛び込んだ。幸い、後を追って来なかったらしい。
 個室に鍵をかけて閉じこもった。身体の奥に鈍い痛みが残ってる。
「……オレってバカだ……」
 なんでついてっちゃったんだ。
 危険なのわかってるくせに。
 こんな場所じゃ、晴正どころか夏生だって来ないだろう。探し出してみつけてくれるハズがない。
 服装を整えて周囲を気にしながら外に出た。廊下には誰もいない。
 あいつらにいいように遊ばれただけなんだ。
 暇つぶしの道具。
 そう思うと腹が立ってきた。
 夏生はなんで、誰とでも寝られるんだろう。相手が自分のことどう思ってるのかわかんないのに。ただの遊び道具にされてるだけかもしれないのに。
 ……夏生も、相手を遊び道具にしてるから?
 そうかもしれない。

つづく