天国の終末 22

 夏生は相変わらず離れた場所にいた。
 鎖と手錠で繋がれているオレは、傍にも寄れない。
 オレたちはただ黙って互いを探り合っていた。
 夏生はたぶん、オレを観察してるんだ。
 そしてオレは、夏生が何を考えているのか探してる。
 きゅるるって腹が鳴った。
「ねえ夏生、おなか空いた」
「仕方のない子だね」
 しぶしぶ夏生が立ち上がり、部屋の方へ行った。引き返して来た時には、その手に財布を持っていた。
「出かけるの?」
「当然だろう。そんなに買いだめなんかしてないよ。何が食べたい?」
「オレをひとりにするのか? こんな恰好のまま?」
「ワガママな奴だな。餓死なんかしたくないだろう?」
 そりゃそうだけど……。
 胸の底から沸き上がる焦燥感。置いていかれる恐怖がせりあがる。
 夏生は容赦なく玄関の方へ向かった。鍵を開ける音が聞こえる。ドアが開く音。
 ガシャン。
 ドアの閉まる音。そして再び鍵のかけられる音。
 足の底から震えが走った。
 なんだろう、これ。
 なんでこんな風になるんだろう。
 ガクガクと震える、手足。
 力が入らない。
 どうしてこんな反応。
 いったい何が原因で?
 いやだ夏生。
 こんな形でひとりにされるのは嫌だ。
 ジッとうずくまった。膝をかかえて抱きしめた。
 さむい。
 ずっとそんなの感じなかったのに。
 凍りついたみたいにオレはジッと動かなかった。固まっていた。
 何も考えないように努力して。
 頭の奥を麻痺させる。
 そうやって、急に迫ってきた辛さから自分を守ろうとした。
 どのくらいそうしてたんだろう。
 ドアが開く音が聞こえて、オレはハッと顔をあげた。
 ガサガサ響くビニールの音。
 突然、視界に飛び込んだ夏生の顔。
 ずきん、と胸の奥底で何かが突き刺さった。
「ただいま」
「……お……かえり」
 どうしてこんな尋常じゃない男に心が踊らされるのか。
 なんでこんな非常識なやつに惹かれてしまうのか。
 夏生はきょとんとしてオレの顔を見ていた。
 珍しいものでも見るように。
「熱でも出た?」
 傍に来た。右掌がオレの額に乗った。
 何かを期待するように鼓動が速くなる。
 夏生が顔を覗き込んで来た。
「熱はないね。遭難でもしたような顔で出迎えられちゃったから、驚いたよ」
 夏生の手が額から離れて行った。
「空腹なんだろう? いろいろ買って来た。今回はきみひとりで食べてくれ。僕は手伝わないよ」
 店の袋ごと渡された。夏生は素っ気ない態度で離れようとする。だからオレはその腕をつかまえた。
「夏生は食べないの?」
「僕は空腹じゃない」
「まさか。嘘だろ?」
 振り返った夏生が笑った。
「嘘だよ。でもきみの見えるところでは食べないよ」
 するりと腕が離れた。オレは慌ててもう一度つかまえようとしたけど、逃げられた。
「夏生」
 ガシャン、と手錠の鎖が空しく響く。
 夏生は手の届かない場所へと行ってしまい、そのまま部屋の方へ去ってしまった。
「なつ……」
 ハッとした。
 オレ……なに夏生を呼んでるんだ。
 こんな風に求めたら、夏生の思うつぼじゃんか。
 夏生の目的は、オレが夏生以外の誰のことも考えなくなること。
 夏生のことしか考えなくなるように仕向けられてるんだ。
 その手に乗っちゃ駄目だ。
 ……わかってるのに。
 袋を開けた。中には弁当やらお菓子やら、手当りしだいに買ってきたとしか思えないものが入っていた。小さいペットボトルの紅茶もある。とりあえず、空腹を満たすために弁当を食べることにした。
 夏生がどうしてるのか、見えないからわからない。部屋からは何の音も聞こえない。
 こんな状態でふたりきりなんだから、つけ入るチャンスだと思うのに、夏生は返って素っ気なかったりする。
 空腹を満たして、しばらくぼんやりとした。何もすることがないし、夏生を呼ぶ気にもなれない。裸でいるのにも少しばかり慣れてきて、そんな人間の持つ「慣れ」という性質が嫌だなと思った。
 玄関の鍵がいきなり開く音がして、オレは心底からびっくりして跳ねた。
「ただいま」
 と聞こえる声は、秋人のもの。
 ……もう帰って来たのか?
「おかえり」
 夏生が出迎えた。
 手の届かない浴室の外、夏生と秋人はいきなり抱き合い、キスをした。
 何が起こったのか、一瞬把握しそこねたオレは、しばらく茫然とその光景を見つめた。
 身体を離した兄弟は、ちらりとオレの顔を盗み見る。それで合点がいった。こいつら、わざとオレに見せようとしてる。
 だからオレはそっぽを向いた。知らん顔してれば、あいつらも妙な真似はしないはず。そう思っていたら。
「明日は学校か?」
「うん」
 秋人の問いかけと夏生の返事が聞こえてきた。
 いつの間にか、彼らは部屋の方へ移動していたらしい。
「何時ごろ帰るんだ?」
「明日の朝、直接学校へ行くよ」
 ふたりの会話が嫌でも聞こえてくる。
 オレは膝をかかえるようにして座り、じっとしていた。
 いま、何時なんだろう……。
 起きてから随分経つような気がするけど、本当はそんなに時間が過ぎていないのかもしれない。そんな風に思いながら、部屋から流れてくる声を耳で拾っていた。
「秋人、キスしてよ」
 ドキッと心臓が鳴った。
「いいよ」
 急に静かになる。
 オレの頭の中で想像が明確な形を作った。
 そんな場面、思い描く気なんか全然ないのに。
「……あ、やだな……そんなとこ触るの……?」
 夏生が甘い声を出した。かすかな息づかい。小さな喘ぎ声。
 心臓が早鐘を打った。
 耳をそばだてる気なんかないのに。
 息をひそめてしまう。
 初めて聞く。こんな声。攻める時とは明かに違う、甘えた声。
「ん……っ、くすぐったいよ、秋人……。勝馬に聞こえるよ……」
 いきなりオレの名前が出て、びくっと身体が跳ねた。
「聞かせてやれよ……」
 衣擦れの音。夏生の声が少し乱れた。息づかいが早くなる。
 オレは耳を塞いだ。
 秋人と夏生がいちゃついてる声なんか聞きたくなかった。
 急激に泣きたくなって、涙腺が緩む。喉の奥が痛くなった。泣いてたまるかと思って必死でこらえた。なんで夏生なんかのために。
 耳を塞いでも聞こえてくる、ふたりの声。息。音。
 どれくらい時間が経ったんだろう。わかんなくなってきたその頃。
 目の前に夏生が立っていた。
 それも裸体で。
 夏生は静かにオレを見ていて、少し屈んだ。耳を塞いで離さなかったオレの強ばった腕を、そっとはがす。目前で見た夏生の肌には、いくつかのキスマークがついていた。急に谷の底に落とされたような気分になったオレは、夏生から目をそらした。
 夏生は浴室の扉をいきなり閉めた。茫然と見上げるオレを見返す。
「シャワー浴びるんだよ。終わったから」
 オレは立ち上がった。
「……夏生は、ほんとはどっちがいいんだ。やるのとやられるのと」
「そんなこと、僕の勝手だろう。その時の気分で決まるよ」
「じゃあ、その気になれば、オレにもやらせるってことか」
「まさか」
 夏生が笑った。ばかばかしい話でも聞いたみたいに。
「きみの場合は別だよ」
 夏生がシャワーのノズルを捻ると、大量の湯が降ってきた。
「あつっ……」
 ガシャっと手首の鎖が鳴る。
 最初熱かったお湯は、じきにちょうどいい暖かさに変わった。シャワーの雨は直接オレに降りかかって、夏生のところには届いていない。雨の向こうに見える夏生は、じっとオレを見つめていた。
 肩をつかまれ、引き寄せられた。なにかと思うより早く、唇が塞がれた。それはやけに濃厚で、熱くて、深かった。息が苦しくなって、喘ぐオレを、夏生は逃がすまいと引き寄せてさらに口づけてきた。
「んっ……」
 夏生のしつこいキスはいつまでも続く。
 しばらく経って、ようやく離れたころには、頭がぼーっとしていた。
 酸欠なのかもしれないけど。
 夏生の唇は、オレの首筋から少しずつ下へと移動していた。指がオレの足の間を刺激して、すぐに掌で握り込む。
 舌が胸を刺激しはじめ、立っていた膝ががくんと崩れた。支えようとした夏生の肩に顔を埋めて、乱れた呼吸をかかえたまま目を閉じた。
 いつの間にか、シャワーが止まっていた。水浸しのタイルの上に寝かせられたオレは、遠慮のカケラもなくのしかかってくる夏生をぼんやりと見つめた。
「……あぁっ……あっ」
 身体の奥に走る痛みを感じて、夏生が入ってきたのを知った。なんの準備もなく急速に入ってきたわりには、痛みが薄かった。突き上げられるたびに頭が朦朧としていく。
「あっ……あっ……あ……っ」
 身体の奥が熱い。頭がヘンになりそうだ。
「……声が反響してる。すごいね」
 夏生の囁きが耳をくすぐった。絡みついてくる夏生の身体も熱かった。
 異常なくらい、身体が歓喜してるのが自分でもわかって、怖かった。夏生の唇に、指に、身体に、逐一反応を示して、身体がふるえる。与えられる刺激に陶酔し、今までなかったような快感が襲ってくる……。

 フッ……と何かに引っ張り上げられるように目が覚めた。
 霞む頭は何も考えられず、まず真っ先に思い出したのは夏生とのことだった。
 オレの身体はベッドの中に沈んでる。頭の下には枕がある。身体の上には掛け布団。
 あの時、いつの間にか気を失ってたのか……。
 天井しか見てなかったオレは、少し首を動かして視点を変えた。
 …………。
 誰もいない。
 部屋の中は無人で、何度見渡してみても誰もいなかった。
 動揺と焦燥でオレは慌てて起き上がり、まだオレは裸だったのかと思いながらベッドから降りた。キッチンを見ても、浴室を見ても、夏生どころか秋人までいない。
 チャンスだと、頭のどこかで言葉が走った。
 これは逃げるチャンスだと。
 手首の手錠も鎖もない。あとは服を探して着ればいいだけだ。
 でも……どこにあるんだ? 部屋の中を見渡しても、オレの服はなかった。どこにしまったんだろう。
 ガチャンと鍵をまわす音が聞こえて、慌ててベッドに戻った。素知らぬ顔で布団の中に沈み、息をひそめた。心臓の音が耳まで届きそうなくらいドキドキした。
 部屋に入ってきたのは夏生だった。オレの顔を見るなり、笑顔を浮かべる。ズキンと心臓が鳴った。なんでこう、いちいち反応するんだろうオレは。
「明日から学校行けるよ」
 ベッドの端に腰掛けながら夏生が言った。オレは少し疑うような目で夏生を見返す。
「……本気で言ってんの?」
「本気だよ。でなきゃ口に出して言ったりしない」
 まだ夏生には、聞きたいことがたくさんあった。
「結局、この監禁はなんだったんだ。何か得るものあったのか?」
「そうだね。少しは収穫あったかな。あまり長い間つかまえていても本当に犯罪になるから、そろそろ潮時だと判断したんだ。秋人と相談して」
「ふーん……」
「僕は嬉しかったよ。念願かなって。一度きみを閉じ込めてみたかったんだ。どこにも行けない空間でじらして追い詰める。本当はもっと、きみを狂わせたかったけど、日常に戻れなくなったら困るしね」
 ……こんなことサラッと言ってのける夏生はやっぱり怖い。
「オレの気が、ほんとに狂ったとしたら、夏生はどうすんの」
「僕も狂うよ」
「それから?」
「きみと一緒に狂気の果てで暮らすんだよ。毎日のようにきみを抱いて、いつかきみを殺すかもしれないギリギリのところで生きている」
 ザザッと鳥肌が立った。
 夏生の言ってることは、相変わらず変だった。
 正常から切り離された壊れた世界に対する憧れがあるみたいだった。
 そういうのはある意味、魅惑的なのかもしれない。でもオレはそんなの望んでなかったし、憧れてもいない。
 こうも価値観が違うのに、夏生はなんでオレを好きなんだろう?
「最終的には、きみを殺したいくらい、きみを求めてる」
「死んだらそれまでだろ」
「きみの身体はまだ残ってる」
「ただの肉の塊だ、そんなの。意識と身体がそろわなきゃ意味がない」
[好きって気持ちはどこまでも無限なんだよ。エスカレートすればするほど、狂気になる。この腕に抱きたい気持ちが満たされると、次にはこの手で殺してみたくなる。どんな風にきみが苦しむか、どんな声をあげるか、どんな風にのたうつのか。じれったいくらい、少しずつ切っていくんだ。最後に血まみれのきみを抱きしめてセックスをする。きみは痛みと快感の両方に突き上げられていくんだ」
 ……考えてみただけで気持ちがわるかった。
 身体のあちこちが痛くなるような錯覚に襲われた。
 どこまで悪趣味なんだ、こいつは……。
 黙って夏生の顔を見つめていたら、いきなり夏生が笑い出した。
「そんなに顔色悪くしなくても、まさか本当にやりはしないさ。僕に正常な判断力があるうちはね」
 ……正常な判断力なんて、あったのか?
「ただ、僕がきみを見ている時、そんなことも考えているんだと知っていてほしかった。きみは不快だろうけどね」
 オレを抱いてる時に、同時にそんな考えが夏生の中にある……そんな風に考えたら、急に怖くなった。いつ何をされるかわからない。もともと夏生はそういう感じだ。なのにまだ、さらにおかしなことを考えている。
 だから夏生を選んではいけないのに。
 そんなのすごくわかってるのに。

 唇に。
 夏生の唇が重なってきた。
 怖い話を聞かされた後だったから、つい突き飛ばしそうになった。それをこらえて、オレは受け入れた。馴染んだ舌の感触。唇の柔らかさ。陶酔の縁へ落とされるキス。
 怖いこと考えてるのに、なぜか惹きつけられる何かを持っている夏生。
 そんな彼に気に入られてしまったオレ。
 これまで夏生には、さんざん嫌なことしかされなかったような気がするのに。
 なんでオレは受け入れてるんだろう……?

 服を返してもらい、どっかから帰って来た秋人の車で家まで送られた。付き添いのように夏生もついてきた。
 この兄弟たちは、うまい事情を作って親に伝えたと言っていた。そのせいなのか、玄関をくぐったオレは質問責めに遭うこともなく、馴染んだ自分の部屋へと戻ることができた。
 ……そういや、どんな事情を伝えたのか、聞いてない。
 日数を数えてみると、たった三日の出来事だった。それじゃあ心配しないよな、とか思いながらオレはベッドに寝転んだ。
 長かった。長いような気がしてた。今日を含めてたった三日。そうは思えないくらい長かった。
 手首が痛い。
 見ると少し痣になっていた。そんなにひどくはないけど。
 高村夏生……。
 さんざんあいつに振り回されてきた。
 もっと嫌いになっていいはずなのに、抱かれると抵抗できないオレ。
 いつの間にか夏生に何かを期待してる。
 信用できる奴じゃないの、すごくわかってたのに。
 オレの頭のネジは、いくつか緩んで飛んでってる。
 目を開けても閉じても、夏生の顔が浮かんだ。キスの感触を思い出した。触れられる感触も、オレの中で動く感覚も蘇ってくる……。
「だめだ。頭冷やさなきゃ。このままじゃ夏生の思い通りだ」
 オレはベッドから起き上がって、部屋から出た。顔でも洗って、少し熱をさげよう。
 明日からはまた学校があるんだ。
 ……。
 ……。
 学校。
 そうだった。そこには晴正も末田もいる。
 顔を合わせるかもしれないんだ……。
 へたり込みそうになった。
 どうやって顔を合わせようか……。
 洗面所でとりあえず顔を洗った。タオルで濡れた顔を拭きながら、壁にくっついてる鏡を見た。
 ……オレの顔だ。
 オレなんだ。
 よかった。夏生の顔じゃない。
 今さらだけど、なんでオレたちは中身が入れ替わったりしたんだろう。変な現象だよな。そんな非現実的な。今から思えば、夢か何かのような気もしてくる。
 だけどオレの記憶は夏生だった時のことを少しも忘れていなかった。悪夢のような日々だった。夏生の仕組んだ企みに次々とはめられて、いつの間にか男と平気でセックスできる身体にされてた。
 夏生は他の男と寝ることを強要したくせに、オレから進んでそうすると気に入らないみたいで不機嫌になる。本当に勝手なやつだ。
 他のやつらにはやらせるくせに、オレだけ駄目なんていうし。
 オレだって男だぞ。
 考えれば考えるほどムカムカしてきた。なんだよ。夏生のバカ。大バカ。本当にオレのこと好きなのかよ。好きなら何してもいいわけじゃないぞ。まるで物みたいに。夏生の所有物みたいに。
「勝馬」
 いきなり母親に呼ばれて、ぎょっとした。
 ……頭冷やすどころか、ますます熱くなってんじゃん……。
「な……なに?」
「電話鳴ってるわよ、あんたの部屋で」
「え……。あ、わかった。すぐ行く」
 オレは慌てて二階にあがって、自分の部屋にある電話に出た。
 そうだ、これ、夏生が入れ替わってた間に勝手に設置したやつなんだよな……。
「もしもし」
『もしもし』
「…………っ!」
 鸚鵡返しのように聞こえてきた声は、晴正の声だった。
 まさかかかってくるなんて思わなかった。てっかり夏生かと思ってたのに。
「あ……あの」
『ちゃんと家に戻ってたのか。急にいなくなったから焦っていたんだ』
「……晴正?」
『うん。心配したんだ。夏生は本当に危険だから』
 こんな風に声を聞いちゃうと、晴正を好きだという気持ちがまた浮上してくる。なんでオレこんなにふわふわしてるんだろう。夏生に惹かれて、末田によろめきかかって、晴正がやっぱり好きで。
「……でも、オレのこともうどうでもいいんだろ? 嫌いになったんだろ? じゃあもういいじゃん。オレがどうなっても」
 投げやりな言葉が口から出た。
 晴正が受話器の向こうで沈黙する。
「オレ、確かにたくさんの男と寝たよ。もう否定できない事実だよ。夏生とどこが違うのか、自分でももうよくわかんないよ。夏生ほど凄くないけどね……。だんだん貞操観念とか、そういう壁がなくなってるのが自分でもよくわかってる。夏生が前に言ったんだ。僕と同じにしたいって。どんな相手とでも平気で寝られる身体にするって。ホントに……そんな風になってるんだ、オレ。夏生の思うままなんだ。どうすれば、夏生の作ったカゴから逃げられるのか、もうわかんないんだ」
『夏生のこと、好きなのか?』
 俺は一瞬沈黙した。
 否定したいけど、そしたら嘘になるってわかってた。
「……好きだよ……」
 晴正に向かって夏生のこと好きって言ってる自分が、どっかおかしいんじゃないかと思った。きっとネジが緩んでる。正常な判断力なくなってる。
「……すごく好きになってる。駄目だってわかってるのに、どんどん夏生に縛られていくんだ。すごい吸引力持ってるんだよ、あいつ。……でも、あいつとつき合ったら、オレいつか、夏生に殺される。夏生はオレをギリギリまで追い詰めたいんだ。そんなことされて、耐え切れるとは思えない。頭がどうかなるか、本当に死ぬかどっちかになる。でも……駄目なんだ。わかってても、どうにもできないんだ」
『……勝馬』
「晴正だって夏生を好きだった頃があっただろ?」
『でもオレの場合は、夏生に嫌われたから、夏生に好かれるとどういうことになるのかわからない。ただ、夏生が普通と違って、どこかおかしいってことしか』
「うん……おかしいよね、あいつ。普通じゃないよね。オレのこと、閉じ込めたかったんだって。それであいつの兄貴のところに監禁されてたんだ。そこでは夏生、素っ気なくて、オレが我慢できなくなるまで手を出そうとしないんだ。そんな風に追い詰めるんだ。オレが変になりそうなギリギリのところに追い詰めるんだ。すごく嫌な奴だよね」
『勝馬。オレ、今から行こうか?』
 晴正の声は怒っていなかった。なんでだろう。嫌われたはずなのに。
「どうして?」
『行くから。待っててほしい』
 電話が切れた。
 ……なんなんだろう。
 晴正にはもう許してもらえないと思ってたのに。
 完全に嫌われてると思ってたのに。

つづく