天国の終末 18

 教室に戻るために視聴覚室から出た。
 もう誰も残ってないって油断した。末田と一緒に教室に戻ったら、そこには晴正と夏生がいる。机を挟んで立っていた。
「おかえり。どこに行ってたんだい? ……あれ、まだそんな恰好なの?」
 ぎょっとして身を引いたオレを、末田が支えようとした。オレはその手を避けて、教室の中に入った。
「なんでいるんだ……夏生」
「なんで? 長沢に状況報告したに決まっているじゃないか。僕がゲームに参加して、きみを犯した。その写真も現像できて、仁科たちに証拠として見せた。これできみはゲームで狙われることもない。奴らが僕との約束を律儀に守ってくれるのならね」
 そこで初めて、夏生と晴正の間にある机の上に、数枚の写真が乗ってることに気がついた。
「その写真……っ」
「やっと気づいたの? いい写真だよ。見てみる? 長沢はほとんど見終わったところだよ」
「な……っ!」
 オレは慌てて駆け寄って、机の上の写真をかき集めた。
 写真で見るオレの姿は、どう見ても犯されていると言うより、合意の上で抱き合っているようにしか見えなかった。事実、オレは夏生にされてる間、抵抗なんかしてなかった。
「いいカオだよね。そんなに僕はよかった?」
 オレは、反射的に晴正の顔を見た。晴正は妙に静かな目でオレを見返した。
 空気が凍ったかと思った。オレは息も出来なくて、苦しくて死にそうだった。
 渦巻いた沈黙を破るように、夏生が喋り出した。
「ずっと、こんな時間まで、末田くんと何してたの?」
 ぎくっと身体が反応した。それを晴正は見逃さなかった。見つめ合う視線の先で、晴正の感情がすっと冷めていくのが見えた。
「……晴正」
「おまえは夏生と同じなんだな。相手は誰でもいいんだ。以前からずっと……夏生のことが好きなんじゃないかと思っていた。けど、俺は自分が夏生に負けてるとは思っていなかった。それに、勝馬が夏生に惹かれるのは仕方ないと、頭のどこかで気づいていたから。でも、俺や夏生でなくても、勝馬が気軽にそんな真似出来るのなら、俺が傍にいなくてもいいことになるな」
「ちがう……」
 茫然とオレが呟くと、夏生が笑った。
「何が違うんだい? きみは長沢を裏切った。親友の末田くんとセックスしたんだろう? それに僕とした時も、少しも嫌がってなんかいないんだ。案外、仁科たちのゲームの犠牲になっても平気だったんじゃないのか? だってきみがセックスに慣れるように仕込んだのは、この僕なんだからね」
「……なつ……み」
「前に言っただろう? きみは誰にでも身体を開くことができる。僕がそう育てたんだよ。少しの快感も全部吸収して、自分のものにしてしまう。貪欲なほど、快感を求める。きみの身体はもう、そんな身体なんだよ。それでも長沢は、勝馬がいいの?」
 晴正は無言で唇を噛んでいた。
「この写真がいい証拠だ。嫌がるどころか、勝馬の方から求めてくる。長沢、きみは僕に関しては黙認していたところがある。僕が勝馬に何をしても、それでも勝馬を選ぼうとしていた。けれど、きみは間違っていた。勝馬は僕にだけじゃない。誰にでも身体を開けるんだ。そこにいる末田がいい証拠だろう?」
「ちょっと待てよ」
 末田が声をあげた。
「俺が勝馬になんかしたって、どこにそんな証拠があるんだよ」
「証拠? 勝馬、こっちにおいで」
 夏生がオレの腰を引き寄せた。オレは嫌がった。
「やめろよっ」
「ズボン脱いで」
「嫌だっ」
 晴正が戸惑うようにそのやりとりを見ていた。止めようか、見ていようか迷ってるような顔で。
「よせよっ!」
 末田が叫んだ。夏生が末田を睨みつける。
「証拠見せてやろうとしてるんだ。黙ってそこにいろ」
 嫌がって逃げていたら、教室の後ろのロッカーのところで追い詰められた。下着の中に夏生の手が入ってきた。
「嫌だあっ!」
 腰を抱き寄せられ、夏生の右手はオレのズボンの中だった。それはオレの中心まで迫ってきて、入り口を探り当てられた。指が入り込む。
「あっ……」
「まだ残ってたね。出して来なかったの? こんなに濡れてる……」
「なつっ……や……っ。あ……っ」
 夏生の指はオレの中で容赦なく動いた。晴正と末田の前でそんなことされて、オレは心底から嫌がった。夏生から逃れようとしながら、オレは必死で晴正を見た。
 晴正が顔を背けた。オレはショックで目の前が真っ暗になった。夏生の指はずっと動き続けているし、末田は生つば飲んでオレを見てる。耐えるのも辛くなって、いっそ解放しようかと思った。
「気持ちいい……?」
 耳元で夏生が囁いた。オレは目を閉じて歯を食いしばった。
 夏生はオレと晴正を壊す気なんだ。修復不可能にする気なんだ。
 本気で諦めるつもりなんか、なかったんだ。
 今ごろ気づくなんて。
 夏生がそんなしおらしく引き下がるはずないじゃないかっ!
「まだきみたちに証拠、見せてなかったね」
「もういい」
 晴正が言った。
 そのままオレの方は一度も見ないで、教室から出て行った。
 夏生の指に犯されながらオレは、晴正に何も言えないまま見送ることになった。胸が痛くてたまらなくて、憎しみが夏生の方に向かった。けど悪いのはオレも一緒で、そう思ったら全部どうでもよくなった。
「勝馬……声、出して。そこにいる末田に聞かせてやろうよ」
「……や……」
 ズボンの前がはちきれそうになった。夏生の指は確かにオレに快感を与えていた。オレは左右に首を振って、末田に助けを求めようと視線を向けた。
「たすけ……」
「こんなにいいカオ見せて、助けてもないだろう? もっと大きいものをあげようか?」
「……いらな……」
「遠慮しないで」
 夏生がオレのズボンをさげようとした時、
「もうよせよ。嫌がってるよ、勝馬」
 末田が助け船を出してくれた。でもその顔は紅潮して、かなりやばそうだった。
 そんな彼を、夏生が睨んだ。
「何言ってんの? きみだって勝馬を犯したくせに。人のこと言えないだろう」
「……そうだけどさ」
「勝馬が嫌がってるフリをしている時は、本当は嫌がってなんかいないんだよ。ねえ? 気持ちがよくてよがっているだけなんだ」
 決めつけるなよ。
 ほんとに嫌なのに……。
「見てなよ」
 夏生が末田に向かって言った。
 指を引き抜くと、オレの身体を誰かの机に上に乗せた。ズボンと下着を奪い去ると、夏生は自分のズボンを緩め出した。そしてすぐにオレの足をつかんで、腰を寄せ、突き入れた。
「ああっ……!」
「ほら、いい声」
 夏生は容赦なく突いてきて、オレの声もすぐによがるそれになった。夏生にされて逆らえるはずもなく、すぐに快楽の底に落ちていく。快感の波にさらわれていく。
「あっ……ああっ……んっ」
「勝馬も貪欲だね。まだ出来るなんて」
 視界に末田が入る。末田は息を飲んだような顔でじっとオレたちを見てる。
 やがて夏生が達して、オレも達した。一度きりで夏生は離れてくれて、ようやくオレは自由になった。
 ちら、と夏生は末田を見やった。口の端でひそかに笑う。
「後はきみにやるよ。でもそれは今日だけだから。これから先、勝馬は僕のものになるって決まったんだからね。邪魔な長沢もいなくなってくれたんだから」
 末田は……何も言い返さなかった。
 教室には、オレと末田だけが残された。
 夏生が去る気になった時は、いつもあっさりとしている。
 そんな気紛れにオレはいつも付き合わされて、うんざりしながらも逆らえない。
 末田はぐったりとしたオレの傍に寄って来た。オレは彼の下半身の様子をなんとなく眺めた。末田のそれはズボン越しに、硬く張りつめている。
「勝馬……大丈夫か?」
「……」
 また末田にやられるのかなぁ……。
 抱き起こされながら、オレはそんなこと考えた。
「あいつ……なんか怖いな。普通じゃない感じがする」
「……うん」
 末田はオレの汚れた下半身を綺麗にしてくれた。下着とズボンをはかせてくれる。
「……いいの、それ」
 オレは末田のズボンを指した。末田は顔を真っ赤にして、あからさまにうろたえる。
「い、いいんだよ、これは。だって、これ以上やったら、おまえの身体がもたないし。これは、トイレでなんとかするよ。うん」
 末田の目の前に座る形でぼんやりしてたら、いきなり末田に拝まれた。
「でもやっぱダメだ! ごめん! 頼むから口でやってくれ! そうしてほしいんだ! お願い!」
「え……」
「だめ……?」
 ……ようするに、自分で処理するよりも、オレに処理してほしいってことか?
 オレはため息をついた。
 今さら何をしようと、構わないような気になった。
「いいよ」
 身体の力が入らなくて、頭が全然働かなくて、こんな状態だったけど、末田が何をしてほしいのか理解することはできた。
 開かれたスボンに顔をうずめた。そこにあるものを口に入れ、舌と指で撫でた。
「うあっ……」
 末田の腰が敏感に揺れた。オレは遠慮せず、容赦もせず、末田に快感を与えてやった。
「勝馬……っ」
 末田の身体が震えた。その直後、末田の放った液体がオレの喉に飛び込んできた。
 オレはそれを最後まで飲んでやり、綺麗に舐めてやった。
 終わったと思って顔をあげた時、驚きと戸惑いの末田の顔と出会った。
「おまえ……すごすぎる」
「え……なにが?」
「なにがって……」
 末田は自分の髪をくしゃくしゃとかき乱して、深く深く息をついた。
「俺の知らないうちに、いつの間にこんなになっちゃったんだよ」
「こんなって何だよ」
「ずっとおまえのことわかってるつもりだったのにな」
 寂しいような悲しいような顔をする。
「やれって言ったの、おまえだろ」
 呆れたオレは口元をぬぐって、ふらつく足で立ち上がろうとした。そしたら末田が腕を引っ張って、いきなりギュッと抱きしめた。
「勝馬おまえさ……俺と一緒にいよう。あんな冷たい長沢も諦めちゃえよ。ひどいことする夏生とも関わりあうな。俺がいるから。傍にいるから」
 ……末田はあったかかった。
 本気で言ってるのわかって、オレは複雑だった。心地いい。だけど……。
 この腕を選んでしまえば楽になれる。
 楽になれるけど。
 そんな風にフラフラする自分自身にも腹が立った。
 オレは本当は誰が好きなんだ?
 晴正が大好きなのに夏生に惹かれて、末田に抱きしめられている。
 誰を本当に好きなんだ?
「晴正とはもう一度会って、話するよ」
 ゆっくりと末田の腕をふりほどいて、オレは立ち上がった。つられたように末田も立ち上がり、小さく呟くように「送るよ」と言った。
 オレは少しためらって、
「女の子じゃないから、いいよ」
 なんて断わってみた。
「でも危ないから」
 末田はやや強引な態度でオレの腕をつかんだ。
 何が危ないのかは末田の顔を見てわかった。仁科たちのことだ。
 夏生がゲームに参加して証拠の写真を見せたからといって、仁科たちが約束を素直に守るとは限らなかった。それに、夏生が本当にあいつらに写真を見せたかどうかも確信もてない。
 帰る話になってからようやく、オレは制服に着替えた。そんなオレを末田がじっと見ていて、恥ずかしい反面で開き直った。……どうせ今さらじゃん。もっと恥ずかしい姿見せたくせに。
 最初に狼だったせいか、送り狼にはならなかった。無事、家まで着いて、末田に礼を言って別れた。

 風呂に入るとさすがにしみた。さんざん、こき使われた身体はだるさと痛みを訴え、精神的な疲労もオレを打ちのめしていた。
 風呂からあがって鏡を見たら、身体のあちこちにキスマークが残ってる。夏生のなのか末田のなのか、さっぱりわからなかった。
 自分の部屋に戻ってそろそろ寝ようかと思った夜の十一時ごろ、夏生が勝手に回線ひいた電話が鳴った。
「はい」
『勝馬?』
「……夏生」
 ため息まじりに相手の名前を口に出し、少し迷惑そうに言ってみた。
「もう寝るとこだったんだけど」
『それは失礼したね。ずいぶん早く寝るんだな』
「誰かさんのおかげで身体がくたくただからな」
『明日はもっとくたくたにしてあげるよ』
「…………」
 このまま受話器を置いてやろうかと思ったけど、やめといた。
『きみの声が聞きたくなってね。あれからどうした? 僕が帰った後だよ。末田くんとはまたしたの?』
「しない」
 そっけない態度をとってみたけど、夏生には効果がなかったようだ。
『今度ね、きみを兄に紹介しようと思うんだ。次の日曜日、どうかな』
「断わる」
 夏生の兄貴って言ったら、秋人(あきひと)とかいう名前の、夏生の最初の男じゃんか。夏生をおかしな世界に引きずり込んだ張本人。そして、オレと夏生が入れ替わってた時に、オレを犯した相手。
 ちょっと気になって訊いてみた。
「夏生……おまえさ、兄貴とはその……まだ続けてんの?」
『元に戻った時によりを戻したよ。それが?』
 …………………………やっぱり。
「ねえ夏生、兄貴にもさ、将来とか人生とかあるんだから、更正させようとか思わないの? せっかく別れたのに、なんで元に戻すわけ? そんなにいろんな人、巻き込んで楽しい?」
『どうしたの。反抗期? それともカルシウムが足りないのかな』
「オレと晴正の仲裂いて、楽しい?」
『当然だろう? だってきみは僕のだもの』
「オレはオモチャじゃないっ! 夏生の遊び道具なんかじゃない! オレだって人間だし、傷ついたり痛んだりするんだっ! ……もう電話切る」
『切ってもまたかけるよ』
「電話線抜く」
『じゃあ明日きみをつかまえることにするよ』
 …………。
 オレはため息をついた。
「どういう用事でかけたんだ?」
『最初に言ったろう? きみの声が聞きたかったんだ。それと兄にまだ紹介していなかったことを思い出してね』
「紹介してどうするつもりなんだ」
『さあね。それは後のお楽しみかな』
「……おまえの兄貴とはもう寝ないからな」
 受話器を置いた。
 ……またかけるなんて言ったくせに、それきり電話は鳴らなかった。
 一瞬でも待ってしまったオレってバカだな……。
 ベッドに潜り込んで目覚ましかけて電気消して寝た。
 その夜、夢に出てきたのは晴正だった。優しく笑っていたはずなのに、急激に冷たくなってオレを突き放し、オレは奈落の底に落ちて死んじゃう夢だった。
 それを夏生が嬉しそうに眺めていた。「だからこっちにおいでって言ったのに」と告げた言葉が、やけに生々しくオレの脳に残っていた。

つづく