天国の終末 17

 休み時間になるのを待って、教室に戻った。夏生は写真を現像するとか言ってたくせに、律儀に一緒に待ってくれた。仁科たちの魔の手から本気で守ろうとしてるみたいに見えた。意外な気がしたけど、オレはあっさり夏生と別れ、末田が心配してるはずの教室に入った。
「勝馬! おまえ、いったいどこに行ってたんだよっ!」
 顔色変えた末田が、運動着のままのオレを迎えた。クラスメートの視線が集中したから、末田は慌ててオレを連れて教室を出た。
「それで……どうした? 何があったんだ? ちゃんと無事だったよな?」
 末田の希望が手に取るようにわかった。けど、オレは左右に首を振った。
 末田が悲壮な顔をする。
「話……長くなるかもしれないけど、いい?」
「う、うん」
「まず、夏生がこのゲームに参加したんだ」
「えっ?」
「夏生は奴らにこう持ちかけた。ゲームに勝ったのが夏生だったら、もう二度とオレには手を出させない。そして夏生は勝った。さっきオレは、夏生にさらわれたんだ。気がついた時には旧校舎の教室の中で、椅子にくくりつけられてた。そこでオレは夏生に犯されて証拠の写真も撮られた。今ごろ、夏生は現像してると思う。写真部の知り合いがいるんだって」
 淡々と事実を話す俺を、末田は茫然と見ていた。
「あいつが……勝馬を?」
「うん……でも、夏生だったら今さらだし。他の奴らだと嫌だったけど……」
「なんだよ、今さらって」
 そういや、末田は知らなかったんだっけ?
「夏生が、校内の何人かと関係持ってることは知ってる?」
「知らないよ、そんなの」
「オレもそのひとりみたいなものだったんだ。他の連中は夏生を抱く奴ばっかりだと思うんだけど、オレはその逆。夏生に抱かれる立場だった。でも夏生は女子とも関係あったみたいだから、抱くのも慣れてるけど」
「なんだよそれ!」
 声が大きくなって、末田が慌てて口を塞いだ。伺うように教室を見てから、オレの背中を押す。
「ちゃんと話せよ。わけわかんないぞ」
 話題が話題なせいか廊下も階段もまずいらしくて、末田はオレを視聴覚室に連れて行った。何度か夏生に抱かれたことのある教室だった。
「よし、ここなら当分、誰も来ないな」
 時間割を末田が確認した。椅子をオレに勧めて、ふたりとも腰掛けた。
「あの夏生ってヤツに何回抱かれたって?」
 単刀直入な質問に、オレは苦笑いをした。
「いきなりだな」
「いつからそんな関係だったんだよ」
「けっこう前から。回数はもう覚えてない」
「なんだよそれ、俺とはもうしないなんて言ったくせに!」
 末田の怒りの矛先が予想もしない方へ向かって、オレは驚いた。
「他に好きな奴がいるから、俺とは出来ないなんて言ったくせに」
「晴正が好きなのは本当だよ」
 オレは焦った。
「最近のおまえは、もっと潔癖なのかと思ってた。好きな奴以外には触らせないのかと……」
「ちょっと、暴走するなよ、末田!」
 末田が真剣な顔でオレを見つめていた。怒りのような焦燥のような、なんて形容したらいいのかわかんない表情だった。
「俺だって、ずっと好きだったんだ。おまえのこと……。なのに、夏生とか、長沢とか……いや、ちょっと前まで、おまえ他の奴にも身体明け渡してた。だから俺とだって寝たりしたんだ」
 それは夏生の仕業なのに。
 ……本当のこと言えないのが辛い。
 オレ自身はまだ、末田とは一回もそんなことしてないのに。
「おまえ、本当は誰が好きなんだよ」
「だから晴正だって言ったろ!」
「じゃあなんで、夏生と寝たんだよっ!」
「だって仕方ないじゃないかっ。夏生には逆らえないんだっ!」
「なんで」
 口ごもった。なんでなんてわからない。ただ、夏生が相手だと抵抗しようって気持ちがなくなる。薄れていく。
 やっぱりオレは夏生に与えられるのが好きなんだろうか。
「バカみたいだ……なんで俺たちわざわざ、おまえのこと守ろうとしたんだろ。おまえが精神的ダメージくらってるように見えたから、だから例のゲームから守ろうと思ったのに。結局、夏生に身体明け渡して、それで解決するなんて、本気で俺たちバカじゃねーの!」
 末田がキレた。
 オレは椅子の上で驚いて、いきなり立ち上がった末田を見上げた。
「お……落ち着けよ」
「結局さ、おまえ男にやられるのが嫌じゃないんだろ。長沢じゃなくたって構わないんだろ。夏生じゃなくてもいいんだろっ!」
「そんなことないっ」
「うそだっ」
 腕をつかまれた。そのまま力任せに床に突き飛ばされる。痛みに少し呻いた時、オレの背中に末田が馬乗りになっていた。
「証明してやろうか。きっと俺が抱いてもおまえは嫌じゃないんだ」
「やだってば! やめろよっ!」
 末田とはそんな風になりたくない。
「や……っ!」
 うなじに唇が這った。末田の体重をかけられた身体は、暴れても思うように動かせなかった。半ズボンと下着を強引に奪われて、オレは息を呑んだ。
「末田っ……! いやだっ……!」
「今さらだろ、俺も。何回か寝たの忘れたのか?」
 だからそれはオレじゃないってば!
 身体の奥に向かって末田の指が潜り込み、オレは全身を強ばらせた。
「……末田、頼むから……ほんとに……」
 やめてくれ。
「濡れてる……夏生の?」
 返事なんか出来なかった。
 刺激に反応しないように息を殺して、オレは逃げる機会を伺った。
 逃げられるかどうか、わかんなかったけど……。
 運動着の背中の部分がめくられた。末田の唇が何度か吸いあげる。
 本当は、指を入れられた時点でオレが逃げるのは難しかった。夏生にさんざん開発された身体が、嫌でも反応する。末田はキレてたわりには慎重に、オレの中で指を動かしていた。
「……どこがいい? 言ってよ」
 末田の声が耳元で囁いた。答えずにいると、いきなりオレの腰を抱き寄せた。
 熱くなりはじめていたオレの下腹部に手を添えて、緩く刺激を与えはじめる。身体の奥に突き刺さる指と、前で弄ぶ掌に同時に攻撃されて、オレはたちまち抵抗する術をなくした。
 息があがり、声が洩れはじめると、末田が嬉しそうに耳元で囁いた。
「俺でもいいんじゃないか」
 身体が震えて一度達した。夏生にさんざん遊ばれた身体は、たいして時間も置かずに行なわれた末田の仕打ちまで浴びて、そろそろ限界に近くなっていた。
「もう……やっ……」
「身体は嫌じゃないって」
 指が引き抜かれて、末田が腰を当てた。熱い感触がオレに触れる。この行為に慣れて覚えてしまった身体が、自然に力を抜いた。
「あっ……ああっ……」
 末田の感触が身体の内部で脈打った。友達だと思ってた奴のそれを受け止めてしまった自分の身体が、心底から嫌だった。誰かれ構わずこの身体は飲み込んでいく。末田の腰が動きだして、全身でオレを攻めた。喘ぎのぞりながら、オレは末田を受け止めて、やがて快感の頂点に向かって登り詰めた。

 解放された身体は重くて重くてどうしようもなかった。
 夏生とした時の疲労に、末田とした疲労が重なっていた。
「勝馬……生きてるか?」
 おずおずと末田が声をかけてくる。
「……死にそう」
 オレが言い返すと、末田がおろおろとした。そんな風になるなら、初めからするな。
 ぐったりとしたままオレは末田を見上げた。末田はなんだか泣きそうな顔だった。
「……泣いてんの……?」
「ばかっ。泣くかよっ。……だけどなんか、空しいんだよっ。なんで俺、おまえにこんな真似したんだろう」
「……したかったんだろ?」
「そうだけどさっ。守ろうとした奴が俺の知らない姿持ってて、他の連中に身体開いてて、抱いてみた結果、俺も溺れそうなくらいはまっちまってるし、だけどおまえが好きなのは他の男だし、何がなんだかわかんなくなっちまって、すげー空しいんだよっ!」
 末田の手が、オレの頬を包んだ。顔が近づいてきて、唇を塞がれる。深い、本格的なキスがオレを襲った。
「ま……末田……っ」
「好きだよ、勝馬。好きすぎて変になりそうだ。なんで長沢のなんだよ。なんで夏生が好き勝手にしてんだよ。俺にだって権利あるのに……」
 末田の気持ちがぶつかってきて、オレは痛かった。
「最初におまえのこと好きになったの、俺なんだぞ。長沢よりも、夏生よりも早いんだ!」
「末田……落ち着けよ」
 とにかく末田を冷静にさせたかった。けど末田の手は、再びオレの身体をまさぐりはじめた。
「もうやめろってば」
「やだ。我慢できない」
「もう出来ないっ……」
 身体が限界だ。
「嫌だっ!」
 末田はただをこねる子供みたいに嫌がり、オレの身体にキスの雨を降らせた。
「止まらないんだ……」
 足を抱えられて腰を引き寄せられた。末田の欲望がまたオレの中へと潜り込み、オレを壊しかねない勢いで動き出す。オレは喘ぎながら、このまま末田に壊されるのかななんて思った。夏生には壊されたいと思ったことがある。
 じゃあ末田は?
 末田を受け止めながら、オレはこのまま永遠に犯され続ける錯覚を覚えた。夏生にさんざんやられた挙句、末田にもやられてる。これがオレの運命なのかと妙に冷静に思いながら、末田が降らせてくる快感に浸った。こうなったら、状況に浸るしかないと悟った。末田の頭が冷静さを取り戻すまで……。

 気がつけば、時刻は放課後で、窓の下を生徒たちがぞろぞろと帰って行くところだった。
 裸のまま膝立ちして窓にもたれたまま、帰って行く生徒たちと夕日を眺めた。
 末田は複雑な胸中らしくて、なんだか沈んでいた。
 夏生は現像したかな。仁科たちに見せてくれたかな。
 これで本当に悪質なゲームから解放されるんだろうか。
 ……晴正はどうしたかな……。
「勝馬……風邪ひくから着ろよ」
 落ち込んでいたはずの末田が声をかけた。オレは返事をせずに、窓の外を眺めていた。
 ここは三階だから、外を歩く人たちからは見えない。
 服が背中にかけられた。
「着ろよ」
 末田はすっかり身支度整えていて、いつでも外に出られそうだった。
「ずるいな。なんでひとりだけ、ちゃんとしてんだよ」
「おまえがいつまでも裸なんだろ。目のやり場に困るから、着ろってば」
「男同士なのに、何が困るんだ?」
「おまえ……色っぽすぎんだよ。また何かしそうになるから、着ろって言ってんだよ」
「わかったよ」
 もう本当に今さらだった。
 末田が何しても構わなかった、というよりも、どうでもよくなっていた。
 あれだけさんざんやられれば、警戒する方がバカみたいに思えてくる。
 どうせ、末田の言うとおり、嫌じゃなかったんだから。
「オレ……行き着く先ってどこかな」
「え?」
 末田が戸惑った顔でオレを見た。
「こんな風に男に慣れてさ、抱かれることに慣れてさ、将来どうなるんだろうな。結局、晴正にも嫌われて、夏生に飼われちゃうのかな」
「お、俺……俺がいるぞ。もし長沢と別れても、俺がいるから」
「オレ、たくさんの男と寝たよ。夏生に計られたのも含めて」
「それでも俺、勝馬のこと好きだから」
「こうなったら全部言うけど、夏生がオレを仕込んだんだ。抱かれ慣れてるのも、感じやすいのも、全部夏生がそうさせたんだ。だから……夏生には、どうやって逆らえばいいのかわかんなくなってる」
「構わない。俺がおまえのこと引き取るから」
「オレが好きなのが晴正でも? まだ付き合ってるんだ。終わってなんかいないからな」
「だから終わった時は、俺がいるから」
 深く息をついた。末田はどうやら本気らしい。
 オレは運動着を着た。教室に戻って、制服に着替えなきゃな……。
 夏生と寝て、末田と寝た。こんなの晴正に知られたら、絶対に嫌われる。
 もう……限界かもしれない。
 オレはどこに行けばいいんだろ。
 最終的に行き着く先。
 やっぱり……夏生なんだろうか。

つづく