天国の終末 13

「え?」
 オレの告げた言葉に驚いた様子で、晴正が聞き返した。
 他に誰もいない美術室。ここでなら言えると思って晴正を呼び出した。
「別れた方がいいんじゃないかって思ったんだ」
「……なんでそんなこと……」
 晴正は戸惑っている。オレがそんなこと言うなんて思ってなかったみたいだった。
「最近わかったんだ。晴正は、夏生のことが好きだよね」
 晴正は左右に首を振った。
「違う」
「少なくとも、夏生の姿形が好きなんだ。勝馬の姿では駄目なんだ。そのことがよくわかった。晴正は、オレが夏生だったから好きになったんだよ」
「そんなこと……」
 ない、と言おうとしたんだろうか。けれど晴正の口は開きかけただけで、それ以上言葉を発しようとはしなかった。
「オレの中身で夏生の形。それが晴正にとって一番ベストの状態だったんだ。けれどオレたちは元に戻ってしまった。でも本来あるべき姿は今の状態なんだ。だからもう、オレが夏生になることはない。だから……別れよう」
 晴正は唇をかみしめていた。何か言おうとしたんだろうか。でも何も言わない。
「じゃあ」
 オレはその場から走った。晴正に背中を向けて。振り向きたくなかった。それでも心のどこかでは期待が残っていた。もしかしたら……もしかしたら追ってきてくれて、何バカなこと言ってるんだと叱ってくれるんじゃないかと。
 ……晴正は追ってこなかった。
 代わりに、追ってきたのは夏生だった。いきなり背後から腕をつかまれ、振り向いた瞬間に夏生がいた時には心底から驚いた。
「だから言っただろう。時間の問題だよって。わかってたんだろう、本当は。勝馬だって最初からわかってたんだよね。だから僕は言ったんだ。きみのこと本当に好きなのは僕だけだって。僕はちゃんときみを見てきた。きみだけを見てきた」
「……み、見て……たのか、いまの……」
 動揺して声が乱れた。
「長沢なんかいなくていい。きみには僕がいる。僕だけいればいい」
 抱きしめられた。一瞬息ができなくなった。
「な……なつ」
 唇が塞がれた。濃厚なキス。身体が崩れそうになるくらいの。
「あ……」
 力が抜けてへたり込んだオレの前に、夏生がしゃがんだ。
「こんなキス、僕以外の誰ができる?」
 再び唇を塞がれた。オレは目を閉じて受け入れた。このまますべてを夏生に委ねてしまうことで、苦痛で悲鳴をあげている心から目をそらした。

 たとえば、苦痛を和らげるには何をすればいいのだろう。
 オレは本気で晴正のことが好きだった。だからこんなに苦しくなるんだ。
 文化祭も体育祭もあっさりと過ぎてしまい、残るは期末テストのみとなった頃、オレは夏生に全部委ねてしまうことで自分をごまかしていた。
 告白されて以来、末田とは口をきく数が減った。避けるつもりじゃなかったけど、彼の気持ちがわかっているだけに親しくできない自分がいる。
 逃げる先は夏生だけでいい。夏生のようにいろいろな人間と付き合えるほどオレは器用じゃないし、そうするつもりもない。放っておいても夏生はオレを抱こうとするし、嫌でも傍にいたりする。夏生に抱かれると夢の中にいるような心地になれるから、それも別に悪くなかった。
 別れを告げて以来、晴正は本当にオレの前から消えた。なんの未練もなかったのかと落ち込んだ日々が続いた。夏生に抱かれることで何もかもを忘れようとした。
 空気はいつの間にか冷えて、知らぬうちに冬が近づいていた。それに気づいたからと言って日常が何か変化するわけじゃない。
 期末テストがやってきた。
 オレは相変わらず勉強は適当で、成績はそこそこから脱しない。それでも赤点取るほど最悪なわけでもないから、問題はなかった。テスト期間は半日で学校が終わり、部活動も禁止になる。
「寄り道していこうか」
 帰り際、オレの教室まで迎えに来た夏生が唐突に言った。
「寄り道?」
「そう。このまま帰るのもつまんないじゃない。少し楽しんでいこう」
 楽しそうに告げた夏生が誘った場所は、美術室だった。
 ……嫌な思い出の場所。
「夏生……悪趣味だ」
「なんで? きみにとっていい思い出の場所じゃないか」
 どういう意味で言ってるんだ、こいつは。
「ずっと前に、僕はここで長沢に抱かれたことがある」
 胸に何かが突き刺さった。
「聞きたくない」
「聞きなよ。現実から目をそらすのはよくないことだ。長沢には二回抱かれたことがあるけれど、二回ともここでだった。そのころ彼は、僕に惚れていたからね」
 ……今もだ。
「どんな風に抱かれたか、知りたくないかい?」
「……知りたくない」
「教えてあげるよ。今、ここで。再現してあげる」
「いい」
「遠慮なんかしなくていいんだよ。だってきみは本当は今でも、長沢に抱かれたいんだろう? 僕はなんて懐が深いんだろうね。きみの望むことをしてあげたくなるなんて。いまだに失恋から立ち直れない恋人に対して、僕はなんて優しいんだろう」
 ……なんて嫌味なんだ。
 イヤガラセだ。こんなの。
「……知らなくてい。知りたくない」
「何でそんなにすねるんだ?」
 髪を撫でられた。頬にキスされた。
「……おまえ、すごく意地悪だ」
「ふふ……」
 夏生が楽しそうに笑った。
 美術室の机の上に座らされた。ズボンの前を夏生の手で開かれ、そこにあるものを口に含まれた。
「んっ……」
 夏生の舌になぶられたそれは、たちまち熱を持ち、硬くなる。それが解放されないうちに、夏生の指はオレの中心を探り当てて中へと入り込んできた。
「……あ……っん」
「気持ちいい?」
 オレは頷いていた。夏生はこういうことにかけては凄い。掌で転がされてるようなもので、決して逆らえない。いいなりになってしまう。
「いい顔だよ。最高」
 指だけでオレは達してしまった。机の上から降ろされたオレは、うつぶせる形で机にもたれた。ベルトを緩める音が背後から聞こえる。
 腰をつかまれた。覆いかぶさってきた夏生が、中へと入ってきた。
「ああっ……あっ……うっ……」
 机にしがみつきながら、オレは気が狂いそうなほど感じてた。夏生に抱かれるといつもそうだ。夏生は容赦なくオレの中を突いてくる。オレは場所も忘れて惜しげもなく声をあげる。
 うっすらと目を開けた。意味などなかった。夏生に揺さぶられるまま、オレは無意識のうちに視線をさまよわせていたらしい。
 そして視界に何かが飛び込んだ。
 美術室の入り口。身体半分しか見えない程度に開いた戸。そこに。
 ……晴正!
 全身が緊張した。思わず上半身を起こしかけて、夏生に押さえつけられた。
 囁きが聞こえる。
「なに動揺してんの……?」
 面白がる口調で。
「こんなに締めたら痛いだろう? もっと力ぬいて」
「……や」
「目をつむって。忘れなよあいつのことなんか」
「……なつ、み。も……やめ」
「嫌だね」
 夏生はオレの中で動き続けた。気持ちいいとかそんな感覚は消し飛んで、晴正の視線だけが気になった。いや……快感が消えたわけじゃなかった。晴正に見られたことで、オレの身体はさらに敏感になっていた。
 だからオレは目をつむった。強くつむった。晴正が見えてしまわないように、視界を閉ざして夏生にされるままになった。晴正はここにはいないんだと思い込もうとした。
 そうすると不思議なもので、何もわからなくなった。夏生にされるまま全身が痺れ、快感の底に沈む。どこまでもどこまでも沈んでいく。
 気がつけば夏生は離れていて、オレはボンヤリとしていた。
 ここがどこかさえ、わからなくなっている。
「しっかりしなよ。僕がわかる?」
 いつの間にかオレは床に座り込んでいて、夏生が目の前で苦笑していた。
「……あ」
「呆れて長沢もどこか行っちゃったよ」
「!」
 反射的に入り口を見ると、そこには誰もいなかった。
「そんな風に泣きそうな顔しないで。長沢とはもう終わったんだろう? 簡単に心変わりするような奴なんかやめた方がいいよ」
「……」
 返す言葉なんか見つからなかった。
 夏生の手がオレのズボンを直した。支えられながら立ち上がって、美術室から出た。
 校内は静かだった。きっともう誰もいないんだろう。
 晴正は……やっぱりいない。……どこにも。
「きみには僕がいるだろう?」
 オレは重い身体を無理に歩かせながら、額にかかった前髪をなんとなくかきあげた。
「……夏生には、他にもいるじゃないか。オレの他にも。たくさんの人間と寝て、楽しんでるんだろ。それに……おまえにはいろいろ嫌なこともされてる。好きになれとか急に言われたって、そんな風に簡単に心は動かない」
「それじゃあなんで、僕に抱かれるんだ?」
 問われて一瞬迷った。
「……逃げられるから」
「きみの気持ちから? 長沢と別れたことがそんなに辛い? 僕が傍にいても駄目ってわけ?」
 夏生の目が、わずかに狂気の色を得た。怒りのせいだろうか。
「……夏生は、本当はオレとどうしたいの」
「きみの傍にいて、きみと快楽を共有して、きみを痛めつけてしまいたい。……変わらないよ。以前言っていたことと」
「オレ……いま、フラフラだよ。どん底にいるんだ」
「それで?」
「助けてほしいだけなんだ。でも夏生だと、傷を広げることしか考えてくれないよね。ほんとにオレのこと大事になんか思ってないよね。そんなの好きとは言えない。本当にオレのこと好きなんかじゃない!」
 声が荒れた。
 夏生は少し驚いたようにオレを見つめていた。すぐに表情がいつもの通りに戻る。
「確かに……僕はきみを痛めつけることで快感を感じてる。いつまでも長沢のことしか考えてないきみに、追い打ちかけて傷つけてるのは認めるよ。きみは僕のことを嫌っている。……いや、嫌いだと思い込んでいる。だけどね、いま僕がこの手を離したら、きみはどうなると思う?」
 至近距離で夏生が見つめてくる。真剣な表情だった。
「理由はどうであれ、きみは僕に寄りかかっている。僕が支えていることで楽になっているはずだ。僕がいなくなったらどうする? きみは宙に放り出されて不安になって彷徨うことになるはずだ。なぜならね、僕がそうなるように仕向けてるからだよ」
 オレはぎょっとした。
「きみの身体に快楽を植えつけ、僕という存在を刻み込んだ。……そうだね、しばらくの間、突き放してあげようか。きみはたちまち苦しくなるだろう。僕が欲しくてね。長沢ではなく、僕が欲しくなるんだ」
「そんなこと……ない」
「言い切れる自信がある? あんなに気持ちよさそうに僕に抱かれていたきみが? キスひとつできみは僕に降伏するんだ。そんなきみが僕なしで生きていけるはずがない」
「勝手なことばっかり言うなっ。オレは一回もそうしたいなんて言ってないんだ。おまえが勝手に……勝手に傍に来て、オレを振りまわしたんじゃないかっ」
「仕方ないじゃないか。僕はきみのことが好きで好きでどうしようもないんだから」
「オレひとりじゃなくて、他のヤツとも寝てるのにか!」
「ヤキモチ、それは?」
 夏生の冷静な一言が鼓膜に突き刺さって、なんだかわからない感情で熱くなっていたオレは、いきなり水を浴びせかけられた状態になった。
 やきもちなど、妬くはずなかった。だってオレは夏生のことが嫌いなんだ。理解できないんだ。何を考えていてどうしたいのか。なんでこんなにオレをわざと苦しめようとするのか。だけど夏生の言葉は嘘じゃない。確かにオレは夏生に抱かれて気持ちよくなってる。だからと言って……。
 恋愛感情じゃないはずだ。
「違う!」
 怒鳴ってオレは夏生に背を向けた。傍にいればいるほど泥沼に引きずり込まれるような気分だ。夏生の張った蜘蛛の巣の罠にひっかかって、腕を引っ張られている。振りほどこうとしてるのに、出来なくて足掻いて身動きできなくなる。
 このまま走り出して逃げようかと思った。
 けど今のオレの身体は思うように走れそうにない。
「帰るの?」
 背中に夏生の問いかけが届いた。オレは振り返らず、歩きだした。
「きみは以前、バイク事故に遭った時に、僕に向かって生きていてよかったって言ったよね。本当に今でもそう思う?」
「何が訊きたい」
「きみは僕と出会ったことを後悔している。あのとき僕はきみを殺すつもりじゃなかった。だからきみは怪我で済んだ。中身が入れ替わるなんて妙な現象が起きてしまったけど、僕たちはふたりとも無事だった。でも今は、あのとき僕が死んでいればよかったって思ってない?」
 まさかそんなこと言い出すなんて思わなくて、オレは反射的に振り向いた。
 夏生は真顔だ。ふざけている様子はない。
「そんなこと誰も言ってないだろ」
「本当に?」
 そりゃ確かに夏生のせいでオレは嫌な目に遭っている。けれど、夏生に向かって死んでしまえとは思っていない。
「死んでほしいのなら、そうしてもいいんだよ、僕は。そうだね、もうすぐ冬休みだ。クリスマスプレゼントにそれをあげよう、きみに」
「馬鹿なこと言ってんじゃねーよ。ほんとに何考えてんの、おまえ。どうしてそう、話が飛躍すんの。前から理解できなかったけど、やっぱり理解できない。オレのために夏生に死なれても、オレは全然嬉しくない。迷惑だ」
「僕が何をしようときみにはすべて迷惑なわけだ」
 ふ……っと夏生が笑った。
 一瞬溶けてどこかへ消えるんじゃないかと思った。
 思わず手を伸ばしかけて、ためらった。生身の人間の夏生が消えるわけないじゃないか。
「……夏生は、幸せになりたくないの?」
 気がつけばそんな問いかけをしてた。夏生は正面から僕を見つめ、ゆっくりと左右に首を振る。
「幸せになりたいに決まってるじゃないか」
「夏生の幸せってなに」
「そうだね……死ぬほど好きな人と命懸けのバトルでも繰り広げたいな」
「……なにそれ」
 やっぱり夏生は理解できない。
「生きてる気がするじゃないか」
 夏生が笑った。
「オレは嫌だから。命懸けのバトルなんか絶対にやらないからな」
「好きなようにしなよ。どうせきみは僕に逆らえないんだから」
 ムカついた。
 結局夏生はオレをおもちゃだと思っているんだ。楽しい遊び道具なんだ。思い知ってオレは今度こそ背中を向けて、二度と振り返ってやらなかった。
 夏生は引き留めるでもなく、声もかけてこなかった。やっぱり何考えてんのかわかんない……って何度も思ったことを考えながら、オレは校舎から出た。
 外はまだ明るかった。けど、じきに陽が暮れるだろう。寒くなると夜が来るのが早くなるから。
 ぼんやりとしながら歩いて門から出た。
「勝馬」
 聞き覚えのありすぎる声に呼ばれて、オレは跳ねあがるほど驚いた。門の横の塀にもたれるようにして立っていたのは晴正だった。オレはどうしたらいいのかわかんなくなって、めちゃくちゃうろたえた。
「な……どうして……ここに?」
 自分でもたどたどしい口調だと思った。慌てて背後を振り返って夏生がいないか確かめ、改めて晴正の方を向いた。
 晴正はやけに冷静だった。その目に見つめられてオレは、身体に針が刺さるような気がしてしまった。晴正の目は痛かった。
 責めているわけでも、冷たいわけでもない。なのになんでオレはこんな風に辛くなってくるんだろうか。
「元に戻っても、夏生とは続いてるんだな」
「……」
 塀から身体を起こして、晴正は数歩オレに近づいた。
「すごく変な感じがしたよ。中身が同じでも外見が違うだけで、すべてが違うように見えるもんなんだな」
 オレは何も返せなかった。黙ったまま、近寄ってくる晴正を見つめるしかできない。
「夏生と付き合ってるって噂、流れてるけど本当?」
 しばらく答えるのをためらってから、オレは頷いた。
「……なんか、いいように遊ばれてるだけだけど」
「ずっとうまく隠して水面下で行動してたはずの夏生が、おまえとの噂だけは隠さなかったんだ。だから……たぶん本気でおまえのこと好きなんだろうと思う。でもその好きが歪んでいることを俺は知っている。俺は夏生とは付き合わない方がいいと思うんだ」
「そう言われてもね……放っといても夏生は寄ってくるんだ」
 オレは苦笑した。そうするしかなかった。
 晴正はずっとオレを見つめている。
「おまえと別れてからずっと、考えてきた。俺は確かに夏生の外見に惹かれてた。けれど夏生の性格にはついていけなかった。そんな時に中身がおまえになって、俺にとって理想の夏生の姿が出来上がった。俺はたぶん……理想が手に入って舞い上がっていた」
「……」
「でもおまえは本当は夏生じゃない。そのことをはっきりと認識したのは、ふたりが元に戻った時だった。俺はずっとおまえが夏生のままでいると思い込んでいたのかもしれない。だからすごく……ショックを受けた」
 オレはじっと黙って晴正の話を聞いた。
「ふたりが戻ってから、俺は柚木勝馬という人間をちゃんと見ようとしていなかった。夏生じゃないことが心にひっかかって、素直におまえを見てあげられなかった。その前に、中身が夏生の勝馬を見て嫌いになっていたから、それも影響していたんだと思う。切り替えができなかったんだ」
 視界の隅で何か動くものが見えた。
 ちょっと目を向けてみると、夏生がこっちに向かって歩いて来ている。
 オレと晴正の姿を見て眉をひそめ、足を止めた。ここから百メートルくらい先の位置で。
 つられるように晴正の目も夏生の方へ向いた。険しい顔をして夏生を見つめ、やがてオレの方へ向き直った。
「ずっと考えた。自分の本当の気持ちがどこにあるのか。考えて、やっぱりおまえが好きだということを再認識したんだ。手放したくないことに気がついた。外見が違ってもおまえはおまえだから」
「……晴正」
 足を止めたはずの夏生が再び歩き出した。視界の隅で確認しながら、オレは内心ひやひやしていた。晴正の言葉は嬉しい。けれど夏生が怖い。
 目の前まで来た夏生が、有無を言わさずオレの腕をつかんだ。
「帰るよ」
「待てよ」
 晴正が止めた。
「あれだけひどいことをしておいて、彼の気持ちがおまえに傾くとでも思ってるのか」
「思っているよ」
 夏生は強気だった。
「だって彼はね、僕なしじゃ生きられない身体になったんだ」
 鮮やかな笑み。勝ち誇った態度。
 そんな威張れるような内容じゃないだろ。
「僕のキス、僕の与える快感、まるで抵抗なんかしないさ。とても気持ちよさそうに抱かれるんだ。身体の相性もかなりいいしね」
「やめろよ」
 恥ずかしくなってオレは怒鳴った。
「ほら本当のこと言われてムキになった」
 夏生がさらに笑う。
「いっそ、長沢の目の前でキスでもする?」
 意地の悪い言葉が夏生の口から飛び出る。肩を抱かれたから振り払った。
「いいかげんにしろよっ」
「なんなんだろうね、きみは。ふたりの時と長沢がいる時とまるで違うじゃないか。あんなに甘えてきたのはどこの誰だったのかな。まだこいつのこと好きなの?」
「だまれよっ」
 夏生が険しい目でオレを見た。思わずギクッとして背筋が寒くなる。
「あんまりな態度取ると、本気で調教するよ?」
 げっと思ってオレは黙った。
 夏生は晴正に向き直り、冷めた態度で続けた。
「勝馬はきみにはやらないよ。一度手放して捨てておいて、今さら拾おうとしたって無駄さ。もう僕が拾っちゃったしね。僕は絶対に捨てたりしない。諦めるんだな」
「そういう問題じゃないだろう。勝馬にだって選択権はある。捨てたとか拾うとか、そういうのは何かが違う」
「違わないよ。早いもの勝ちなんだ。だって僕は勝馬の最初の男だよ? 勝馬が何か勘違い起こしてきみを好きになったりしたんだ」
「他のやつらに輪姦(まわ)させといて!」
「あれは僕にとって荒療治だ。勝馬がセックスに早く慣れるようにってね。見たかったんだよ、彼がそういう時どんな反応するのか。僕が相手じゃ暴れていやがるような真似はしないからね。それにあの頃、勝馬は僕にひどいことしたし」
「他の男が抱くのは構わないのに、俺だけは駄目ってわけか」
「だってきみは本気なんだもん。本当のこと全部知ってるし。だからきみには渡したくない」
 夏生の腕がオレの肩にまわった。
「帰るよ」
 オレが嫌がって抵抗すると、夏生が睨みつけてきた。
「往生際悪いね。そんなにこいつのこと好き? けど僕は絶対に引き下がらないよ」
 ため息ひとつついて、夏生が背中を向けた。そのまま立ち去ってしまう。
 あまりにあっさりと行ってしまったから拍子抜けした。
 晴正とふたり残されて、オレは言葉もなく立ち尽くしていた。
「……勝馬」
 ためらいがちに晴正に呼ばれ、オレも戸惑いながら顔をあげた。
「ずっと苦しめてごめん。もう傍から離れたりしない。俺を……許してくれるか?」
「……うん」
 許すとか許さない以前の問題だった。晴正が戻って来てくれればそれだけでいい。
「でも、晴正がいない間……オレ、夏生に頼ってた。オレも裏切ってるよ。自分ひとりで自分を支えられなくて、夏生に甘えたんだ……」
 こんな告白をしたら、また晴正に嫌われるかもしれないと思った。
 嫌われてもしょうがないことしてた。
 気持ちのどこかでは夏生を嫌いだと思っているのに、抗いもせずに抱かれてた。
 ある意味オレは、夏生を利用してた。
 嫌だとか言いながら、夏生の肌に慰められてた。
「夏生が、勝馬を諦めないことはわかってる。勝馬が夏生を嫌いじゃないこともわかってる。それは……いいんだ」
 なにがいいの?
 それにオレは夏生のこと嫌いだよ。嫌いじゃないって何でそう思うの。
 晴正の腕の中に包まれた。ずっと欲しかった感触。晴正のぬくもり。
 唇を塞がれ、オレは目を閉じた。
 身体が熱い。晴正に抱かれたい。そんな欲求が全身に溢れてどうにもならないくらいに苦しくなる。
 ゆっくりと晴正と離れ、しばらく互いに見つめ合った。
 一瞬、何か嫌な感じがした。……視線?
 夏生じゃない。
 ふと横を見た。誰かが門の向こうで隠れたのがわかった。顔は確認できない。
「……どうした?」
「誰かいる……」
「え?」
 晴正と一緒に門の裏側へ行ってみた。けどもうそこには誰もいなかった。
「気のせいだったんじゃ?」
 オレは左右に首を振った。
「違う。確かにいた。……すごく嫌な感じだった」
 晴正がオレを見つめた。
「夏生か?」
「違う。夏生ならわかる」
 嫌な予感がした。夏生と出会ってからトラブル続きだ。
 晴正と一緒に帰った。途中の道で別れ、無事に家に着く。
 よりを戻せたことに喜びつつも、夏生のことや色々と不安が多すぎて、夜は落ち着いて眠ることができなかった。

つづく