危険な関係 2

(初出:旧サイト 執筆日:2000年04月30日)

 瀬川由幸(セガワヨシユキ)。高校一年生。十六歳。
 見かけは普通の少年。ちょっと日焼けしてて、スポーツが得意。
 ところが俺は、吸血鬼だ。
 父方の家系の遺伝なんだけど、太陽は怖くないし、十字架も平気、ニンニクもどうってことない。
 ただ、無性に血が吸いたくなるのだけを除けば、ごくごく普通に生活が出来る。
 人間に噛みつくと警察呼ばれたり、いろんな騒ぎになっちまうから、普段は犬や猫をとっつかまえて少量の血を飲む程度で我慢している。それでも生きていける身体だった。
 ところがそんな俺に、持田邦秋(モチダクニアキ)という入学以来のダチが、血を提供してくれるなんて言い出しやがった。
 それも条件つきで。
 あいつの目的は俺の身体。ようするに、血をやる代わりにセックスしろってことだった。
 俺は嫌々ながらも誘惑に負けて承知してしまった。
 以来、俺たちはおかしな関係を続けている。

 邦秋のベッドでぼんやり目を開けた俺は、だるい身体をなんとか起こした。
 さんざんいじられまくった身体は、最近すっかり行為になれて、受け入れ方を覚えてしまった。
 それは俺にとって、ちっとも嬉しいことじゃなかった。男に抱かれるのが上手になってどーすんだっつーの。
「邦秋てめぇ、好き放題やりやがって」
「ん? ユキだって感じてたじゃん。何が不満なんだよ?」
 裸のまま邦秋は棚に行き、カッターナイフを取り出した。ライターの火で軽くあぶり、それを冷ましてから、自分の指を小さく切りつけた。
「はい」
 戻ってくるなり、慣れた仕草で俺の口に指を入れる。
「……ん」
 俺もここで素直に邦秋の指を舐めるから問題なのだ。
 餌付けされてる自覚はある。
 けど、邦秋を拒めば、血がもらえなくなる。それはすごく困る。
 もう犬猫じゃ我慢ができない。
 小さな傷がたくさんある邦秋の指先。これはすべて俺に血を与えるために、作った傷だ。
 痛くないはずないのに、邦秋はやめようとは言わない。
 それどころか、俺を誘惑する手段としてわざわざ傷を作る始末だ。
「ユキのこの顔好き」
 ふわりと邦秋が笑った。
「……? この顔?」
「俺の血飲んでる時の顔。すごく好き」
 自分じゃどんな顔してんだかわかんないから、邦秋の言ってる意味もわかんなかった。
 でも一応、想像してみる。
「エッチな顔でもしてんの?」
「うん。すごくエッチな顔」
 素直に肯定されて、俺は複雑だ。
 俺のエッチな顔ってどんな顔なんだよ。
「ごちそーさま」
 邦秋の手を押し退けた。血を飲むと言っても、本当に少量で大丈夫だから、そんなに取ったりしない。飲みすぎたら、邦秋が死んでしまう。
 俺は、前々から訊いてみたかったことを口にしようと思った。
「なぁ……」
「ん?」
「最近さすがに変だと思ってんだけど、おまえんとこのウチどーなってんの?」
 邦秋の表情が微妙に変わった。
「俺のウチ?」
「そう。共働きで出張中とか言ってた時から、二週間くらい過ぎてるぜ? なんでずっといないの?」
 邦秋が困ったように頭をかいた。
「言わなきゃ、駄目?」
「だって、気持ち悪いんだよ。なんだかわかんなくて」
 ふう、と邦秋が溜め息ついた。
「別居してるんだよ。たぶん、どっちもホテルに泊まってるんじゃないかな」
「はぁ!?」
「でも、たまには帰って来るよ」
「ちょっと待てっ! なんだよそれっ!」
 信じがたい話を聞いて、俺はびっくりだ。
「だって、親だろっ!? なんで両方してホテル暮らしなんだよっ」
「父と母が同じホテルにいるわけじゃないよ。夫婦が別居してんの」
「説明しなくてもわかるぞ、それくらい」
「あんまり仲がよくないんだ。そのうち離婚するだろうな。で、俺をどっちが引き取るかで相当もめると思う」
「取り合いで?」
「いや、押しつけ合いで」
 俺はまじまじと邦秋を見つめた。……なんだよそれ……。
「どっちも子供に興味ないんだよね。別にどうってことないよ。そんな顔しない」
 ちょん、と邦秋の指先が俺の頬をつついた。
「……ごめん。俺、おまえのことカンチガイしてた。いつも平和で何も苦労してなくて、幸せに育ってるんだと勝手に思ってた。悩みなんかないヤツだと思ってた」
 俺がシュンとすると、邦秋がふわっと笑った。
「ユキは可愛いな。俺、おまえのこと好きになって本当によかった」
 ぎゅうっと抱き締められた。
 邦秋の体温感じながら、俺はすごく切なくなる。
 子供に興味や関心がない親ってどんな感じなのかわからない。
 それってやっぱ、親から愛情受けたことないってことなのかな。
 じゃあ俺が。
 俺が……愛してやればいいってことかな。
 今までずっとただのダチとしか思ってこなかった。こんな関係になってまで、男同士の恋愛が成立するとは考えてなかった俺だけど。
 この感情は同情だろうか。同情だったら邦秋は嫌だろうか。
「……っ。こらっ……どこ触っ……っ」
 邦秋の手が、俺の下腹部をまさぐっていた。裸だから、あっさりとそこが邦秋の手に包まれてしまう。
「もう一回しよう」
 耳元で囁かれて、俺は仕方なく頷いた。
 突き放すことなんか出来なかった。

「たっだいまー」
 こそこそと玄関をくぐり、小さい声で呟く。
 現在夜の九時。ずーっと邦秋の家に入り浸っていた。
 ここ二週間ばかり、それの繰り返しだ。学校帰りに邦秋の家に寄り、エッチしてから、血をもらう。少量だから邦秋の身体に支障はなかったし、俺が我慢してれば何の問題もない。そして今日、邦秋の家庭の事情を初めて知って、男同士のセックスに対する抵抗が薄くなってしまった。
 たったひとりの息子がそんな道へ行ったことなんか、当然親は知らない。
 罪悪感があるからつい、こそこそしてしまう。
 でもそれって余計アヤシイよな~。
「おかえり」
 いきなり目の前に母さんが立ちはだかった。毎日のように遅く帰ってくる一人息子に憤慨している顔だった。
「た、ただいま……」
「今何時だと思ってんの? 男の子だからって言っても、まだ高校一年生なのよ。どこかで事故にでも遭ったんじゃないかって心配するじゃないの。毎日毎日、いったいどこに行ってるの!?」
「友達のウチ……」
「どこのお宅? こんな毎日のように入り浸ってたら、一度ご挨拶しなきゃね。ご迷惑だもの」
「あ……あの、ね。そいつんち共働きで、いつも親いねぇんだ。そんで、そいつも寂しいし、俺が一緒にいてやってんの」
 そう説明したら、母さんの表情が微妙に変化した。
「……そう。それじゃあねぇ……」
 半分くらい納得したらしい。
「相手は男の子よね。女の子だったら問題よ」
「男! うん。ちゃんと男!」
 こういう時、男だと安心されるってのも複雑だよな……。
 男とはエッチな関係にはならないって無条件に信じられてんだもん。
「最近、身体の方はどうなの?」
「へ?」
 急に話が変わって、俺はついていけなかった。
「身体って?」
「あんた普通の身体じゃないでしょ? 週に一度は血を飲まないと死ぬのよ?」
「それなら心配いらねぇよ。自力でなんとかしてるから」
「厄介な体質よねぇ……」
 母さんが溜め息つきながら、去って行く。
 は─────っ。
 すげぇ焦った。
 邦秋との関係を知ったら絶対卒倒するか逆上するかだろうから、何が何でも黙ってなきゃな……。
 俺が普通の身体じゃないせいかもしれないけど、ウチの親は過剰なほど心配性だ。だから昔っから、友達の家に泊まるのも反対されがちだったし、一週間以上の旅行なんかもってのほかだった。
 最近は前ほどうるさくなくなったけど。
 親に助けられなくても、自力で血を摂取することができるようになったからかな。
 ガキの頃は親に頼る以外、どうにもならなかったから。
 もし、邦秋がこんな体質だったら……どうだったんだろう。
 親はもっと心配して傍にいたかな。それとも、ほったらかされて死んじゃうのかな……。
 ズキンと胸が痛んだ。
 邦秋はいつも平和だった。明るい方だし、争いごとも起こさないし、正直に感情も出す。だからまさか、親にほったらかされてたなんて思いもしなかった。
 自分の部屋へ行き、鏡で身体を見る。幾つもキスマークがついていた。
 ついでに、自分の顔も眺めてみる。
「この顔のどこが好きなんだろーなぁ……。やりたくなる顔かなぁ……」
 男を見て欲情するってのがいまひとつわからない俺には、邦秋の気持ちがちょっとわからなかったりはする。
 でもあんな風に抱かれちゃうと、俺にすごく夢中だってのが伝わって、本気だって認めるしかない。
 いつまで続くんだろう……俺たちの関係。
 一生ってのは……無理だろうな、さすがに。

 学校でも俺たちは相変わらず一緒にいた。
 関係が深くなってからというもの、邦秋の独占欲はエスカレートしている。
 だから俺に近寄って来る女とか、ものすごく敵対視する。
 別に何するってわけでもないんだけどさ。
「ユッキちゃ~んっ」
 廊下でブンブンと手を振る女一名。
 山下宏美(ヤマシタヒロミ)という隣のクラスの女子生徒だ。
 俺が手を振り返すと、邦秋がすげぇヤな顔する。
 彼女はまた特別積極的な女で、邦秋がどんなに睨もうとも、ビクともしない。しかも、邦秋の気持ちを察しているから余計に厄介だ。
「まぁた、アキちゃんと一緒なのぉ~!? いいかげん、ふたりでいちゃつくのやめなよ。噂知ってるぅ~? アキちゃんとユキちゃんデキてることになってるんだよーお」
 廊下から教室の中に向かって大声で言う。俺は慌てた。
「バカかおまえっ。でけー声でそんな噂叫ぶなっ」
 案の定、教室中の視線がこっちに集中した。男のほとんどはくだらねーって顔をして、女のほとんどは楽しそうにクスクスと笑っている。
「超恥ずかしーヤツ。注目されたじゃねぇか」
 既に去ってしまった山下宏美に対して文句を言い、俺は椅子に座った。
「女ってスルドイな」
 しみじみと邦秋が呟いた。
「鋭いんじゃなくて、男がふたりで一緒にいりゃあなんでもデキてることにしちまうんだよ、あいつらは」
「そういう噂立てるなら、告白タイムもよせばいいのに」
 邦秋が正直な気持ちを吐き出した。
 そう。
 俺と邦秋がデキてる噂が立ったのは、数ヶ月も前の話だった。
 くっだらね~と俺は思っていたけど、たぶん、邦秋は違ったかもしれない。
 女ってのは、そういう噂立ててキャアキャア騒ぐくせに、放課後なんかにいきなり告白してきたりもする。どっちなんだよ、おめぇは、と突っ込みたくなる有様だ。
 本気で信じてるわけじゃないってことなのかな~。
 けど、実際俺たちはデキてしまっている。
 知ったら卒倒すんのかな~みんな。
 校内では一緒にいても、以前となんら変わらない態度を取っている。急にいちゃついたら周囲から見て気持ち悪いだろうし、さすがに噂好きな女たちも引くかもしれない。だからベタベタするのはふたりっきりの時だけなんだけど……。
「なぁ……おまえさ、その指、訊かれた時なんて説明してんの?」
 傷だらけの邦秋の指を見て、ふと不安になった。
 邦秋がきょとんとする。
「べつに? 日曜大工に目覚めたって言ってるけど?」
「……日曜大工……」
 それで通用するのか……。
「……痛くない?」
「痛いよ。切れてんだから」
 胸がずきずきして邦秋を見つめたら、コン、と軽く拳が額に当たった。
「校内でそういう顔しない」
「……ごめん」
 どんな顔したのか自覚ないけど、反射的に俺は謝った。

 今日もまた、帰りに邦秋の家に寄った。相変わらず、誰もいない。
 慣れた仕草で鍵を開ける邦秋の横顔を見てると切なくなった。
 ……俺、変だな。
 なんでこんな感傷的になってんだろ。
 邦秋の部屋のベッドで抱き合い、いつものように血をもらう。
「……んっ……ん……」
 横たわる邦秋の腰の上で身悶えながら、俺なにしてんだろうと思う。
「……邦秋……」
「ん?」
「……俺と、こうしてると……嬉しい……?」
 途切れる呼吸の合間で訊いた。邦秋が一瞬、何を訊いてんだろうって顔をした。
「嬉しいよ……すごく」
 他に、ないのかな。こうするしか、邦秋の役に立つことってないのかな。
 これだけで、邦秋の心は満たされるのかな……?
 下から突き上げられながら、だんだん俺は何も考えられなくなる。あの手この手で俺たちは絡み合い、快楽を共有する。
 ……と。
 いきなりグイッと俺は押し退けられた。疼く身体はそのままで、邦秋が慌てたようにベッドから降りる。
「……なんだよ?」
 途中で放りだされて、俺はつい苛立った声を出した。
 邦秋はドアのところで耳を澄ませている。
「マズイ。ウチの親が帰って来た。どっちかわかんないけど」
「げっ……」
 身体を疼かせてる場合じゃないっ。
「ちょ……待てよっ。俺そんな急に冷静になれない……っ」
「ここでジッとしてて。一応、服は着ておいた方がいいよ。何が起こるかわかんないから」
 邦秋は手早く服を身につけていた。は……早い。
「出て来なくていいから」
 そんなこと言われても……。
 邦秋はさっさと部屋から出て行ってしまった。置いてけぼりにされた俺は……戸惑いながらも服を着ようとした。どーすりゃいいんだよ、この身体……。
 そろそろとドアの方へ寄り、耳を澄ませる。下の階から声が聞こえてきた。
 女の人の声がする。邦秋のお母さんか……。
 ぎすぎすした空気を感じた。なんか、口論っぽい。会話がよく聞こえない。
 しばらくしたら、静かになった。階段をあがってくる足音。近づいてくる。目の前で止まった。俺が慌てて身を引くと、ドアが開いた。
「ごめん。途中でやめちゃって……」
 殊勝に謝る邦秋に、俺は慌てて左右に首を振った。
「あのひともう出てったから」
「出てった? 家に帰って来たのに?」
「必要なものを取りに来ただけだった」
「……ケンカ、したのか?」
「なんで?」
「なんかさ……嫌な空気感じたから」
「気にしないでよ。八つ当たりされただけなんだ」
「……八つ当たり」
「たいしたことじゃないよ」
 邦秋が笑う。
 ドアを閉めると、膝をつき腕を伸ばして俺を抱き締めた。
 それから深いキスをする。
 俺は何て言えばいいのかわからなくて、結局何も言わなかった。
 ベッドに戻り、服を脱ぎ、もう一度抱きあうことしか出来なかった。

 自分の家に帰ってから、俺はしばらくベッドに座ってボーッとしてた。
 邦秋の家庭の事情なんて、話だけじゃちゃんとわかることができない。
 でも、俺が親に会って、どうして自分の息子を愛してやれないんだ、なんて言うのも変だ。こういう時、どうしたらいいんだろう。俺が邦秋を愛してあげればそれでいいんだろうか。
 よく考えたら、俺と邦秋っておかしな関係だよな。
 邦秋が俺を好きなのはいいとして、俺は血が欲しいからあいつに抱かれてた。てことは、俺の方が動機が不純?
 ガーンっとショックを受けながら、宿題まだやってなかったことを思い出した。
 そしたらコンコンといきなり部屋のドアがノックされた。
「は~い」
「由幸、久しぶり~」
 いきなりドアから顔覗かせたのは、従兄の道博(みちひろ)だった。
「あっれー? なんでいんの?」
「ひっでぇなー。たまたま近くに用があったから、ついでに寄ったんだよ。さっきまで、おまえの父さんと将棋打ってた」
「じじくせ~」
 道博は俺より長身で、今どき風に金髪だ。去年まではまともに黒髪だったはず。
「早いよなー、もう高校生なんだもんなー。あんなに可愛かったのに」
「……今でも可愛いよ俺は」
「自分で言うか?」
 ゲラゲラと道博が笑った。それから急に笑うのをやめる。
 ドアの外の気配を気にしつつ、俺の傍に近寄って来た。
「三ヶ月ぶりだっけ?」
「そうかな」
 嫌な予感がして、俺は顔をしかめた。
「また噛むの?」
「いいじゃん。久しぶりなんだし」
「噛まれると困る理由が俺にあるとか思わねぇの?」
 そう言うと、道博が目を瞠った。
「なんだ? 彼女でもできたのか?」
 ……彼女じゃねぇけどさ。
 俺はそっぽを向く。
「まぁ、似たようなモン」
「噛み跡あったら、浮気したの~っ? って騒ぐかな」
「騒ぐかどうかわかんねーけど、少なくとも不機嫌にはなるだろな」
 道博は俺がまだ許可出してないのに、勝手に俺のシャツをはだけた。と同時に、道博の目に飛び込んだもの。
「げっ。キスマークだっ。マジかよ。あの可愛らしかった由幸ちゃんが、汚れちまったっ」
「…………あのなぁ」
 俺がうんざりしてると、道博が勝手に俺の左の二の腕に噛みついてきた。
「……こらっ。……っ」
 ちくんと痛みが走り、思わず目を閉じた。しばらくしてから、道博が顔をあげる。
「ごちそうさま」
「あのさあ、なんでいつもここなの」
 切り傷みたいな痛みが左の二の腕でジンジンする。
「首筋だとバレるから。おまえの親に怒られるじゃん。ウチの子になにすんの~って」
「だいたいさぁ、腕やるならなんで脱がすんだよ。意味ねぇじゃん」
「それは見たかったから」
 あっさりと言い放ち、道博は俺の血を舌先で味わっていた。
 初めて道博に血を吸われたのは、記憶にないぐらいチビの頃だ。一緒に遊んでいたら血を吸われた。会うたびに道博は俺の血を欲しがり、勝手に噛みついてくる。
「なんでもいいけどさ、キスマーク多すぎないか?」
 道博が呆れたような顔をした。
「そう? 多いのかな?」
 俺にはよくわからない。
 なにしろ毎日してるし、俺も気にしてねぇし。
「なんか……相手が女って感じしねぇな」
 言われて俺はギクッとする。その表情を読んだのか、道博が複雑な顔をした。
「あの可愛かった由幸ちゃんがそんな風になるなんて……」
「俺、今でも可愛いよ」
「だから自分で言うなっつーの!」
「俺のこと可愛いって言うヤツがいるんだ」
「おいおいおい、ノロケかそれはっ」
 うんざりしたらしく、道博が立ち上がった。
「由幸が他のヤツに取られたのは悔しいけどな。まぁ、おまえ幸せみたいだからいいや。じゃあ俺帰るな」
「はーい」
 俺は素直に手を振って、道博がいなくなってからハアッと息をついた。
 父方の血を引いてる人のほとんどが、こうして血を吸う体質だ。たまに突然変異みたいに、吸血鬼じゃないヤツが出るけど、ホントに稀だ。
 チクチクと二の腕が痛む。俺は邦秋を想った。あんなに指先に傷を作ってたら、かなり痛いんだろうなぁ……。いくら利き手じゃない左手ばっかりったって……。
 俺は慌てて宿題をやりはじめ、そしてまた邦秋のことを考えた。

END