勇者になんてなりたくないのに 5

(初掲載日:2014年4月24日)

 その夜は疲れきっていたので爆睡した。
 死んだように眠るとはこのことではないかと思えるほど、よく眠った。
 だが翌朝目覚めると、全身がひどく重くてだるい。この状態で旅に出るなんて無理そうだ。ベッドから起き上がることさえも難しそうだった。
 シグマのせいでこうなったのだから文句を言おうとしたが、ふと視線を転じると彼はとっくに起きていて、さっさと身支度を整えていた。
「……あの」
 戸惑いながら声をかけると、眠そうな気配すらないシグマがきっぱりと告げた。
「予定の時間を過ぎてますよ。そろそろ出発しましょう」
 本気で言っているのだろうか、彼は。ラムダは自分の耳を疑った。
「……あの、俺、動けない」
「えっ?」
「だるくて、重くて、痛いし……」
「…………」
 シグマはバツの悪そうな顔をした。ようやくラムダの状態に気づいたようだ。
「私が自分を見失って暴走したせいですね」
「そうです」
 ラムダは深く頷いた。
「それに、期限のある旅じゃないんだから、そんなに急ぐ必要はないんじゃないですか」
 ラムダがそう言うと、シグマは難色を示した。
「期限は確かにないけれど、相手は妖魔の森に棲む悪しき魔王ですよ」
「その魔王だけど、何をやらかしたんですか?」
「え?」
「何かしたから、討伐するんですよね?」
 国王から話を聞いた時から、喉に引っかかった魚の骨のように、ずっとすっきりしない気分だった。魔王を倒す本当の理由がわからないせいだ。
 シグマは眉間にしわを寄せて難しそうな顔をしていたが、意を決したように口を開いた。
「実は私も知らないのです」
「はぁ?」
「ですが、王の命令は絶対です。逆らうことなど許されません」
「……はぁ」
 脅迫してくるような王だから、確かに逆らえないだろう。だが、現状をよく知らないまま素直に討伐の旅に出るシグマのことも、ラムダは理解できなかった。
「俺たちは真実を知ったほうがいいと思うんです。何も知らないまま魔王を倒しても、本当は悪人じゃない可能性だってあるんだし」
「そうですかねぇ。悪ではないのに、悪しき魔王と呼ばれたりしますかね?」
 シグマは半信半疑な顔で首をひねった。
 ラムダは構わずきっぱりと告げる。
「倒す前に確かめましょうよってことです」
「なるほど、わかりました。あなたは勇者ですからね。私は従者ですし」
 ラムダは嫌そうに顔を歪めた。
「俺は勇者になる気はありませんし、シグマさんは従者ではありません」
 しかし、シグマも引き下がらなかった。
「勇者に従う者という立場でいないと、波乱の原因になります」
「いきなり人を襲っておいて、何を言ってるんですか。説得力ないですよ」
「それもそうですね」
 昨晩のことを思い出したのか、シグマの頬が少し赤くなり、そっと微笑んだ。
「ゆうべは夢のようでした。実は賭けだったんです。一緒に旅ができなくなるぐらい壊滅的な状況になることも覚悟の上でした」
「どうしてそんな賭けを」
 ラムダが呆れ果てると、シグマは真剣な顔で彼を見つめた。
「一目惚れだったんです」
「えっ?」
「迎えに行った村であなたに一目会った時から、気になる存在だったんです」
 シグマの手が伸びて、ラムダの頬が包み込まれた。そっと口づけられる。
「愛の言葉を語れと言われれば、いくらでも語れます。語りましょうか?」
「い……いや、今はいいです」
「そうですか……残念です」
 シグマは本気で落胆した。が、すぐに気持ちを奮い立たせた。
「そうそう、行かねばならない場所があるんです」
「え?」
「魔王を倒す旅は急がなくてもいい。でも、仲間になる予定の魔法使いの元へは急がなくてはならないんです」
「約束でもしてるんですか?」
 ラムダが問いかけると、シグマは左右に首を振った。
「いいえ。急がないと、どこかへ旅立ってしまうかもしれないんですよ」
「えっ、でも仲間になる予定なんですよね?」
「彼はまだそのことを知らないんです。ですが、先日の手紙で旅の計画を立てていると書いてあったので」
「……わかりました。急ぎましょう」
 ラムダはのろのろとベッドから降りた。
 全身がずしりと重い。よろめくラムダを眺めて、シグマはため息をついた。
「仕方ないですね。出発は明日にしましょう」
 シグマはラムダの腕を掴み、ベッドへと押し戻した。その勢いのまま、シグマはラムダの上に重なり、迷わず組み敷いた。
「……えっ……」
 目をぱちくりとさせているラムダを見おろしたシグマは、すでに興奮した様子で呼吸が荒かった。
「実はゆうべのことが忘れられなくて。どうやら私は、あなたの虜になったようです」
「ちょ……っ」
 ラムダは唖然としながらシグマを見つめ返した。
「先程のように弱々しくよろめかれてしまうと、もう私はどうしたらいいのか。こんなにも自分を抑えられなくなったのは、生まれて初めてです」
 シグマはそう語りかけながら、ラムダの頬から首筋へと口づけた。
「……いや、あの、またこんなことしたら、いつ出発できるか……」
 焦るラムダを押さえ込み、シグマはすでに隆起している下腹部を、彼のものに押しつけた。衣類越しとはいえ、互いの性器をこすりつける形となり、ラムダの呼吸も次第に乱れ始める。
(どうしよう。気持ちいい)
 軽いまめいを覚えたラムダは、そっと目を閉じ、軽く喉をそらした。
 シグマは緩やかに腰を動かし、ラムダのものを刺激する。もはや享受しているようにしか見えないラムダを、愛おしげに見おろした。
「大変な旅になりそうですね。私の理性がいくつあっても足りなさそうです」
「……俺、も……身体が持つのかなって……先行きが心配です」
「今すぐ挿れたいんですけど、いいですか」
 シグマは許可を取ろうとしたのではなかった。単なる報告だった。
 ラムダはまだ返事をしていなかったのに、下着ごとズボンを奪われていた。潤滑油らしきものが入ってる小瓶を取り出したシグマは、丁寧にラムダの窄まりへと塗りこみ始める。否も応もなかった。
「はぁっ……う……っ」
 きつい粘膜を、ズボンをくつろげたシグマが強引に押し開いてくる。ラムダは眉根を寄せ、小刻みに震えながらのけぞった。
 昨晩よりも気持ちよかったのは、気のせいだろうか。

つづく