勇者になんてなりたくないのに 2

(初掲載日:2014年04月21日)

 国王はさらに言葉を足した。その視線はまっすぐにラムダを見おろしている。
「そなたは司祭により選ばれた。最も勇者としてふさわしい者だと。水晶にそなたの顔が映り、司祭が告げたのだ。悪しき魔王を倒せるのはこの者だけだと」
「……そんなぁ」
 ラムダは情けない声を出した。
「俺は、田舎の村で細々と農作業をしているだけの男なんです。ケンカさえしたことありません。それなのに魔王を倒すなんてだいそれたこと……絶対に人違いだと思います」
「残念ながら、人違いではないのだ。ラムダよ、四の五の言わずに旅立つがよい。命令に逆らうと処罰されることになるぞ」
 もはや脅しだった。ラムダは立ちつくしたまま青ざめ、ふらりとよろめいた。
 国王は顔色ひとつ変えずに、さらに言葉を発した。
「一人で行けなどと酷なことは言うまい。そこに控えておるシグマをつけよう」
 ラムダはハッとして振り返った。立ちっぱなしのラムダとは違い、シグマは膝を着き、こうべを垂れていた。
「シグマは数々の戦や、魔物との戦いを切り抜けてきた戦士で、腕も立つ。心強い味方となろう」
「……それでも二人だけ……」
 ラムダは呆然とつぶやいた。
 国王はたった二人で魔王を倒せと言っているのか。あまりにも理不尽な要求に、本来温厚なラムダでも腹が立ってきた。
「では、よい知らせを待っておるぞ」
 国王はそう告げると椅子から立ち上がり、さっさと背中を向けて去って行った。
 慌てて呼び止めようとしたラムダに、立ち上がったシグマが声をかけてくる。
「お聞きの通りです。では、旅立ちましょう」
「えっ?」
 あからさまに驚いたラムダを、シグマが不思議そうに眺めた。
「なにか不都合でも?」
「え、いや、だって、二人だけで魔王なんて倒せるはずないでしょう? 魔王ですよ?」
「ラムダ殿は魔王の実態をご存知なのですか?」
「いや……知らないけど」
「引き下がるのは、魔王の存在を確かめてからでも遅くはありませんよ。私の準備はすでに整ってます。ラムダ殿の分も含めて」
「……えっ? 俺の分も?」
「ええ」
 シグマはにっこりと微笑んだ。
「楽しい旅になりそうですね」
「……楽しい、旅……?」
 首をかしげたラムダの腕を掴み、シグマはさっさと城を後にした。

「ここが私の生家です。旅の準備はできているので、すべてここに置いてあります。当分、城に戻ることはないでしょう。いつでも出発できますよ」
 シグマがそう告げたのは、城下にある一軒の家の前でだった。城に仕えている彼の実家は、ごく普通の雑貨屋のようだ。
 躊躇なく扉を開けて入って行くシグマの後を追うように、ラムダも足を踏み込んだ。
「いらっしゃ……なんだシグマかい」
 店の親父に落胆され、ラムダは少し居心地が悪くなる。シグマは気にした様子もなく、父親に言葉を投げた。
「荷物取りにきた」
「おう、国王の命令で他国に調査に行くという、あれか?」
「うん」
 ラムダは驚いて目を見開いた。シグマは親に本当のことを伝えてなかったのだ。
「そんなに長い年月はかからないと思う」
「もうおまえも大人だからな。家に帰って来なくても心配なんかしねぇよ」
「そう言うと思った」
 シグマはちょっと笑って、奥の部屋へと入って行った。一人残されたラムダは、この場をどうしたらいいのか迷う。親父が気づいた様子で、こっちを向いた。
「おまえさんは?」
「え、あ……同行の者です」
「城の者には見えねぇがなぁ?」
 首をかしげられ、ラムダは内心で慌てた。これから息子さんと一緒に魔王を倒しに行くんです。今にも言いそうな気持ちだが、言ってはならない。
 困って愛想笑いをしている間に、荷物を持ったシグマが戻ってきた。
「では行きましょうか」
「あ、はい」
 ホッとしたラムダは素直に頷いた。
 シグマが父親のほうへと振り返る。
「じゃあな、親父。元気でな」
「おまえもな」
 二人は雑貨屋を後にした。
 実家で父親と話すシグマは、これまでの印象とはまるで違い、ごく普通の青年だった。それがなんだか不思議に思えて、ラムダは荷物の一部を渡してきたシグマをしばらく眺めていた。
 視線に気づいたシグマが、困ったように頬を染める。
「どうしました?」
「あ、いや。シグマさんも俺とそんなに変わらない、普通の青年なんだなと思って」
「ははは……いや、普通の青年ですよ、私だって」
 それ以上は会話も続かず、ラムダは受け取ったリュックを背負った。何が入っているのかわからないが、結構な重さだった。同じようなリュックをシグマも背負い、さらに腰には剣の鞘を差している。
「では、行きましょうか」
「はい」
 つい頷いてしまったが、ラムダはこの旅をまだ承諾していない。とはいえ、もう引き返せないところにいるようなので、諦めて歩き出すしかなかった。
 歩を進めながらシグマが口を開く。
「実際に街の外に出るのは明日の朝です。今日は街門のすぐ傍にある宿に泊まる予定です。うちに泊まれるとよかったんですけど、うちから街門まで結構な距離があるので」
「さすが城下町ですね。こんなに広いとは思ってもみませんでした。まるでひとつの国みたい」
「そうですね。ずっとここで生まれ育っていると実感はないんだけど、あの小さな村で過ごしてきたラムダ殿にとっては、相当広いんでしょうね」
「別世界ですよ。うちの村には農家しかないですからね」
 会話しながら歩いているうちに、やがて街門の近くに着いた。
 この街は驚くほど高い街壁に守られている。街門の前には衛兵が立ち、常に周囲を監視しているようだった。街壁の上にも守衛所のような場所があり、外の監視をしているようだ。こんなものは村にはないので、珍しくてずっと眺めてしまった。そんなラムダにシグマは声をかけ、宿に入るよう促してくる。
 宿に入ると、カウンターには店主が立っていた。
「これはこれはシグマ様」
「宿に泊まりたい。二人だ」
「かしこまりました。相部屋でよろしいですね?」
「頼む」
 男同士なので、相部屋に対してラムダは微塵も疑問をいだかなかった。むしろ一人でいると不安だったので、一緒の部屋のほうが心強いとさえ思っていた。
 階段をあがっていくシグマの後を、なんの疑いもなくラムダはついて行った。

つづく