ニセモノのコイビト 9

(初掲載日:2002年07月15日)

 家が近所なわりに、俺と幸彦は一緒に登校してなかった。
 どうしてなのかは俺も知らねぇし、幸彦も特になにも言わない。
 ただ、俺が教室に入ると必ず幸彦は先に来てて、かなりいろんな情報を仕入れ済だったりする。まさか情報収集のために早く来てんじゃねぇだろうなって思うけど、ありそうな気もした。
 教室に入る前に自分自身を引き締めた。
 何事もなかった顔で入ってやろう。
 一歩足を踏み出したところで、いきなりグイッと背後から腕を引っ張られた。
「……っ?」
 驚いて振り返ると、そこには一年の上原遼太朗が立っていた。
 やけに神妙な顔してる。
 ていうか、馴れ馴れしくねぇ? コクった程度で俺の腕、乱暴につかめるようになれるわけ? 俺は軽く睨みつけてやった。
「なんだよ?」
「昨日の放課後、友達の女の子が見たって言ってたんだけど」
 ぎくりとした。
 昨日の放課後。
 まさに俺が幸彦とキスしてた瞬間じゃねーか。
「森宮先輩とキスしてたそうですね」
「……う……」
 だからストレートに言うなっつーの。
 反射的に顔が赤くなったのが自分でもわかる。うう、気を引き締めたばっかりだったのに、台無しじゃんか。
「おかしいですよね。今までそんなことなかったのに、急にそういう関係になっちゃったんだ?」
「……今までそんなことなかったのに……?」
 なんでそんなこと知ってんだよ?
 びっくりしてる俺には構わず、上原遼太朗は神妙な顔つきのままさらに続けた。
「俺、告白する前に色々と調べたんです。やや先輩の身辺。はっきり恋人じゃなくて、それに近い関係の女の子がいるかもしれない。そしたら可能性ないなってなるから、しっかりと調べました。でも先輩は告白されても全部きちんと断ってる。特定の人はいないはずなんです。森宮先輩はただの友達でしたよね。どうして強引に関係作ろうとしてるんですか?」
「……べつに強引に作ろうとしてるわけじゃ……」
 キスは幸彦の方からしてきたんだよ。俺が頼んだわけじゃねぇよ。
「おまえ、俺のややになにしてんの?」
 いきなり至近距離で声が聞こえて、ぎくっとした。
 幸彦はあからさまに不機嫌そうな顔で、上原を睨みつけていた。
「……幸……」
 ひ……火花だ。幸彦と上原の間で火花が散ってる。
「いつからやや先輩は森宮先輩のものになったんでしょうね。調べはついてるんですよ。一年の頃から単なる友達で、特別な関係じゃなかったはずですよね」
「おまえの情報源ってどのルートなんだよ? なんで一年の頃のことまでわかるのか知りてぇな」
「言えません。企業秘密だから」
「クソ生意気な一年坊主だな。おまえなんかにややはやれねぇよ」
 ……上原って、まっすぐストレートで好青年かと思ってたけど、実は結構ウラがあんのか?
 そう思いながら俺はいつの間にか、幸彦にすがるようにしていた。それに気づいた上原が、すごく嫌そうに眉をひそめた。つかんでいた俺の片腕を放す。
「俺、まだ認めてなんかいないですからね。キスなんて演技でだってできるんだ。ドラマの中の俳優はみんな嘘のキスを平気でやってんだから」
 プロの役者と俺たちを比較されても。
 当惑する俺と、苛立ちを隠さない幸彦を交互に眺めた後、上原はくるりと向きを変えて階段の方へと歩いていった。
 幸彦が深々と溜め息をついている。
「一筋縄じゃいかねー奴だな。かなり手強いぞ、あの一年」
「……なんか、最初の印象と違ってきたな。もっといい奴かと思ってたのに」
「追い詰められてんだよ。切羽詰まってんの。ややが俺に取られそうだから。ガタイはいいけどガキなんだろ、根本的な部分で」
 幸彦の言葉を聞きながら、俺は思ったことを言った。
「夢中になってるオモチャを他の奴に取られそうになって、躍起になってる感じか?」
「ま、そんなトコだろーな」
 ぽん、と肩に幸彦の手が乗った。
「ややは俺のモンだから、誰にもやんねーよ」
 ずきん、と胸が痛んだ。
 こんな言葉も疑似恋人の間だけなんだろうな。
 今までの関係のままじゃ恋人の空気が作れないから、幸彦なりのムード作りをしてるだけなんだ。
 卒業するまでの恋人。
 ……終わる日が来るんだ。
「やや?」
 俺がぼうっと幸彦を見てたら、不思議そうに呼ばれた。
 キスしてほしかった。
 抱きしめて欲しかった。
 でもそんなこと、俺の口からなんて言えない。
 本気なのかな俺。本気でまいっちゃってんのかな。
 気のせいじゃなくて?
 こんな状況だから好きになってる気がしてるだけじゃなくて?
 幸彦が困ったように苦笑した。
 そして俺の耳元で囁いた。他の人には聞こえないように。
「んな顔してると、襲っちゃうぞ」
 ぎくっとして俺は正気に返った。
 やばい。俺、顔に出てたんだ。どうしよう。
 狼狽えてると、幸彦が「ホラ」って促した。なにかと思ったら教室に入れってことらしい。
 自分の席に着くと、すぐに始業チャイムが鳴った。
 幸彦との関係もかなり複雑になっちゃったけど、上原遼太朗の問題もなんだか複雑だった。
 偽物の恋愛のはずが、本気になりつつある。
 でもきっと、そんなの俺だけだ。
 幸彦は任務が終わったら離れていっちゃうんだろうな。
 彼の考えてる本物の恋愛の方に。
 だって俺に対して本気の気持ちがあるなら、この数年間の間にどうにかなってないとおかしいし。幸彦とは小学生の頃から同じ学校で、クラスが一緒にならなかったから存在を知らなかった。でも幸彦の方は俺を知っていた。
 俺のこと知ってても、今までなにもなかったんだよ。
 だから、今になって急に本気になるなんて……ないよな、やっぱり。
 深い溜め息をついて、俺は切ない気持ちを持て余した。

つづく