(初掲載日:2002年06月14日)
上原遼太朗のみならず、俺たちの動向を見ている奴らは多かった。
クラスの中にも結構いる。女子だけじゃなくて、悔しそうな男子もいるのにはまいった。
波乱の一日目が終わって、放課後になると俺は机に突っ伏した。もう完全にダウン。すべてのエネルギーを使った気分だった。
「やや、帰らねぇの?」
「……帰るけど。疲れちゃったよ」
傍に来た幸彦に言われて、俺はぐったりと返事をした。
しばらくしてからガタガタと音がして、俺の前の椅子に幸彦が座ったのがわかった。
髪に手が乗って、びくりとする。そんな俺に囁くように、幸彦が言った。
「廊下に上原遼太朗のシンパがいる」
「……本人じゃなくて?」
「本人バスケ部だから」
「あ、そっか」
俺たちは帰宅部だから忘れてた。部活やってる人たちはそっち優先だよな。
俺の髪の毛を指先でいじりながら、幸彦はぽつりぽつりと言った。
「女ってわかんねー生き物だよな。なんで男同士の恋愛とか推奨してんだろ。んなことしたら自分たちに可能性がなくなんのわかんねぇのかな。それとも可能性がないって諦めてるから、男同士でくっつけたがんのかな」
……なんだ。幸彦は幸彦で、いろいろ思ってたんだな。
そうだよな。ノリノリなのは、俺の嘘に合わせてくれてただけなんだな。優しいな。
髪の毛触られてるのが気持ちよくて、うとうとしかけた。
「やや、これから帰るんだから寝るなよ?」
「……うん……」
返事をしてから、数分が経過した。俺はそのままの姿勢でいて、幸彦はまだ俺の髪に触っていた。そろそろ上原信太郎の仲間は帰ったかな。帰ってくれてたらいいな。
のろのろと上半身を起こした。幸彦の手が、髪の毛から離れる。
すごい至近距離に幸彦がいた。
あ、とも思う暇もなく。
唇に暖かくて柔らかいものがかすめた。
……え……?
一瞬、なにが起こったのかわからなくて目をぱちくりとさせる。
幸彦は目の前で、幸せなことでもあったように笑っていた。
教室の中には俺たち以外、誰もいない。
机の上に俺は腕を乗せていた。幸彦はその手首のとこを押さえるようにつかまえた。
再び唇に重なってきたモノは。
間違いようもなくキスだった。
俺は一瞬暴れかけた。でも手首を押さえつけた手は力強かった。
……なんで?
なんで俺は幸彦にキスなんかされてんだ?
唇が、軽く吸われる。幸彦の唇に挟まれる。舌先でわずかに舐められて、俺は早く自分が正気に返らなくちゃいけないことに気がついた。
「……な……なに、してんだよ……っ」
「廊下で見張ってる奴いんだよ。俺たちがデキてるかどうか証拠つかもうとしてる奴らが」
俺は慌てて視線を廊下に移したけど、そこに誰かがいる気配は感じられなかった。
「……嘘、だ……っ」
「ややが見えないとこにいんだよ。死角になってるとこに」
嘘だ。
そう言いたかったのに。
幸彦は強引に俺の唇に舌を差し入れて来て、そのまま奪い尽くすように堪能していった。
どうして俺は抵抗もしないでされるがままになってんだ?
本当に誰かが見てるかもしれないから?
恋人だって流した噂が嘘でしたってバレるのが怖いから?
生まれて初めてのキスなのに。
上顎を舐められてじんと脳が痺れた。やだって思ったはずなのに、身体の方はそうじゃなかった。なにが嫌なのかもわかんなくなった。
「……ん……ぅ……」
痺れが腰の方まで響いてくる。これがキスってやつなのか。
どうしよう。
気持ちいい。
「可愛い」
幸彦がうっとりとしながらそんな言葉を言った。
俺はもうわけがわかんなくなってたから、これがものすごくおかしな状況なんだって思う判断力がなくなってしまった。
幸彦の唇が、頬から耳の方へと移動する。耳たぶを唇で挟まれた後で、耳の中を舐められた。また腰にくる。
「……も、……や」
あまりにもすごい刺激に、身体の方がやばくなってきて俺は焦りだした。
ズボンの中がきつくなりはじめてる。勃ったらどこで処理すればいいんだ。
……でも待って。
俺たちいったいなにしてんの?
なんでこんなことになってんの?
本当に廊下には、恋人かどうか見張ってる奴らはいるの?
すごい眩暈のようなものに襲われた。
耳のつけ根から首筋へとキスが移動する。
初めてなのに。
こんなの強烈すぎる。
「駄目だろ、こんなに感じちゃ。素質大ありじゃねぇ?」
楽しそうな幸彦の声が聞こえた。
素質大ありって……失礼な。俺はホモじゃねぇよ。
ホモじゃねぇのに……なんでキスなんかしてんだろ?
幸彦が離れて、押さえつけられてた腕も自由になった。少しずつ頭が冷静さを取り戻してくると、俺はとんでもない事態に慌てた。
でも身体の方に発生した問題の方がもっととんでもなかった。
「な……なんで、キスなんかすんだよっ」
半分ぐらい泣きそうになりながら俺は怒った。許せないとか屈辱だとか、そういうものよりも、感じてしまった自分自身に対して怒ってた。
「ややが可愛かったから」
幸彦はあっさりと答えた。理由はそれだけらしい。
俺はどうしていいかわからなくて、幸彦の腕やら胸やらをポカポカと殴った。あんまり力は入ってなかったから、幸彦は全然痛くなかったはず。でも俺は他に当たるところがなかったから、なんかいつまでも幸彦を叩いてた。
疑似恋人宣言をした翌日からこんなことになってていいんだろうか。
すべて騙しなのに。演技なのに。ごっこなのに。
そのはずなのにどうして幸彦は、俺にキスなんてしたんだろう。
ズボンの中はだいぶきつくなってたけど、俺はそのことを幸彦には言えなかった。
言ったら、それまで幸彦になんとかされてしまいそうで怖かったせいもある。
いくら恋人のフリしてるからって、そんなものまで触られたくない。
だから俺はその場からしばらく動かずにいて、下半身の熱が静まるのをひたすら待った。幸彦は俺が帰ろうとしないのにずっとつきあっててくれたけど、俺の状況をわかってるのかどうかは判断つかなかった。