ニセモノのコイビト 6

(初掲載日:2002年06月08日)

「ちゃんと説明した方がいいよな?」
 俺が言うと、幸彦が遮った。
「言わなくてもわかるからいい。昨日の手紙の主、一年男子だったんだってな。で、断ったら俺のこと持ち出されて、おまえはそれを利用したわけだろ? 俺のことが好きでつきあってるんだって言ったんだってな。まさかそんな展開になってるなんて思わなかったからさ、今朝みんなで意味のわかんねーこと訊いてくるからなんなんだって思って、情報調べた。マジでびっくりした」
 一瞬、怖いことを聞いたような気がして、おそるおそる問いかけた。
「意味のわかんねぇこと訊かれたって……なに訊かれたんだ?」
 幸彦は一瞬きょとんと俺を見て、それから苦笑した。
「ん? ああ、だからさ。ややとどこまで行ってんだとか、そういう話」
 くらりとした。
 机に突っ伏す。
「やや?」
「俺どうしよう。どうしたらいいんだろう」
 泣き言のように俺が言ったら、幸彦が呆れたように溜め息をついた。
「どうしようじゃねぇよ。言った言葉には責任持てよな。例の一年坊主はそれで諦めてくれたワケ? 諦め悪そうだったから、こんな状況になってんだろ?」
「……諦めてくれない。疑ってんだよ。俺と幸彦が絶対デキてないって。だからデキてる証拠つかむまでは諦めないって頑張ってる」
「なーるほどねぇー……」
 幸彦は頬杖をついて、ちらりと廊下の方を見た。
「だからあそこで見てんのか。証拠つかむために」
「……えっ……?」
 俺はガバッと身を起こした。慌てて廊下を見やると、上原遼太朗が仲間らしき女子生徒と一緒にこっちを見ていた。隣にいる女の子……あれがもしかしたら、手紙をノリノリで書いたって奴か?
「……ちょっと待てよ。その前に、幸彦はなんで上原の顔知ってんの?」
「おまえバカ?」
 いきなりひどいこと言われた。
「俺がどんだけ情報通なのか、嫌ってぐらい一番知ってんのおまえじゃん?」
「そうだけど」
「上原遼太朗は一年の中でもかなり有名なんだよ。おまえは知らなかったかもしんないけど、あいつ結構女子の人気高いんだ。バスケやってんだけど、これがまた優秀で、今度の大会で選手間違いなしって言われてる。ガタイがいい上に俊敏で、まだ五月だってのにすげぇ注目されてんだよ。期待の新人ってヤツ?」
「……そうだったんだ。全然知らなかった。なんでそんな奴が俺に惚れて追っかけてくるわけ?」
「それはややがフェロモン振り撒いてっからじゃねえの?」
「フェロモン?」
 そんなわけあるかって思って、幸彦を睨みつけた。
 なのに幸彦はにやにや笑っていた。
「……なんだよ?」
 不機嫌に問いかけると、幸彦が耳に口を近づけてきた。それを見たクラスの女子が悲鳴あげてたけど、知ったことか。
 幸彦はひそひそ話でもするように、耳元で囁いた。
「キスもそれ以上のこともしてないって言ったら、あいつにまだヴァージンなんですねって言われたんだって?」
 頭ん中が一瞬真っ白になった。
 カアッと全身が熱くなる。
 こっ……こいつ、人の耳元でなんてこと言うんだっ!
 男にヴァージンもクソもあるかっ。童貞かどうかって話ならそうだけどっ。だいたいそれは何前提なんだっ。俺は初めっからネコって決まってんのかっ。
 幸彦は楽しそうにひとりでクククッと笑っていた。
 俺はこの怒りをどこにぶつければいいのかわかないまま、くすぶっていた。
 机の上で頬杖ついたまま、幸彦は笑いかけてくる。
「ま、しょうがねぇな。とことんつきあってやるよ。あいつも結構しつこそうだし、本気で証拠つかむ気だぜ、あれ。怪しいとこいっぱい見せてやんねーとな」
「…………」
 俺はなんて言えばいいのかわからず、ただただ唖然として幸彦を眺めた。
 気のせいだろーか。
 幸彦はもしかして恋人ごっこに乗り気なんじゃないかって思えるのは。
「それともここでキスしてみる? ちょうど上原遼太朗も見てることだし、いい証拠になると思うけど」
「……ちょっ……ちょっと待て。おまえ、なんかおかしいぞ。冷静になれ。面白がってる場合じゃねぇんだぞ? 俺の人生こんなことで狂わせるなとか思えよ」
 俺は慌てた。幸彦はもっと怒っていいはずだし、もっと俺を責めていいはずだ。この状況をどうにかしろって詰め寄ってきてもいいはずなんだ。
 なのに幸彦はなにも悩んでいなかった。
「なんでだよ? 俺、結構この状況楽しいぜ? こうなったら行くとこまで行ってやろうじゃん」
 心の底から楽しそうな笑顔でしゃあしゃあと言った。
 ここにもひとり、問題児発生。
 俺は軽い眩暈を覚えながら、幸彦の顔をまじまじと見つめた。

 昼休みになる頃には、状況はさらに悪化していた。
 俺と幸彦は一部の女子たちに、どういうわけか祝福された。永遠にラブラブでいてねとか、ふたりで幸せになってねとか、浮気しちゃダメよ応援するからねとか、わけのわかんねえことをいっぱい言われた。
 幸彦って奴は、本当に調子がよかった。そんな彼女たちに合わせて、幸せになるよとか、ややを狙ってる一年がいるけど守り通すだとか、年取って死ぬまでラブラブを貫き通すからねとか、やっぱりわけわかんねぇことを言っていた。
 ……なんだろう、この状況は。
 変じゃないのか? 俺は予測してなかった。こんな風になるなんて。
 第一、幸彦はなんでこんなにノリノリなんだ?
 普通だったら嫌がるだろ? 怒るだろ? 俺のせいで彼女できなくなるんだから。
 やっぱりそういう目で見られるようになるし。校内の生徒でも引いてる奴だっているし。当然ショック受けてる人だっているし。
 あんまり幸彦が楽しそうだから逆に不安になってきて、俺は訊いてみることにした。
「……なぁ、なんでそんなに楽しそうなわけ?」
 幸彦は、不思議そうな顔をして振り返った。
「え? なんでってそりゃ……楽しんじゃいけねーの? どうせ、どうにもなんねぇだろ? 取り返しのつかないことをややが言っちゃったんだから」
 痛いとこ突いてきた。
「そっ……そうだけどっ……。でもさ、そのせいで、幸彦に女の子が寄って来なくなるかもしれねぇじゃん。それってやっぱ、マズイだろ?」
「全然」
 幸彦はあっさりとそう言った。俺はぽかんとする。
「え?」
「告白されたところで全部断ってんだから同じだろ? どうせ彼女なんか作れねぇ状況なんだよ。だったら、ややと恋人ごっこして楽しんじゃう方が前向きじゃねぇ?」
 ……そうなのか?
 ちょっと頭が混乱しかけた。
 そういうもんなのか?

つづく