ニセモノのコイビト 5

(初掲載日:2002年06月01日)

 家に帰って自分の部屋に閉じこもり、携帯電話で幸彦に連絡を入れた。そしたら電源でも切ってんのか、つながってくれなかった。
 コトの一部始終を話したかったのに、なんでこういう時に限って繋がんねぇんだよ。
 はぁ、と溜め息ついて、しばらく悩んだ。
 俺は幸彦になんて言えばいいんだろう。今日から恋人になってくれって言うのか?
 演技なんだ、フリなんだ、ごっこなんだ。疑似恋人だから大丈夫。上原遼太朗のほとぼりが冷めるまでだから。
 そんなんで通用するのか?
 俺が勝手にそんなこと決めたなんて知ったら、幸彦、怒るかな。すごく責められたら嫌だな。バカって言われたらどうしよう。もし、俺の人生どーしてくれんだって言われたら、俺はなにで償えばいいんだ?
 ぐるぐるぐるぐるひとりで悩んで考え込んで、その夜は眠れなかった。

 翌朝。
 重い重い足を無理矢理動かして、なんとか校門まで向かった。
 登校途中の生徒たちの視線が気になる。まだ知らないとは思うけど、なにしろ二十人前後の観客たちがしっかりと目撃してるし聞いていた。今は携帯電話ってモンがあるし、メール機能ってモンがあるし、いくらでも短期間で情報なんて流せる。
 チラチラと俺を見てる女子生徒のグループはいったいなにを話してるんだろう。もう知ってんだろうか。俺と幸彦と上原のこと。
 もし今は知らなくても、今日一日であっという間に広まる。それはもう驚くほどのスピードで。考えなくたってわかるよ。だっていつもそうだし。
「あ、やや先輩、おはよーございます!」
 いきなり声かけられて、俺はびくっと跳ねた。
「お……おはよ……」
 昨日のことなんて忘れたみたいに快活に挨拶を寄越して来たのは、悩みの元凶である上原遼太朗だった。ひきつる俺をどう思ったのかはわかんねぇけど、一緒に校舎のとこまで歩いてく気らしいことはわかった。
 なんで俺はこいつと並んで歩くことになってんだ?
 上原はなぜか楽しそうだった。
「先輩顔色最悪ですね。やっぱり嘘ついたりしたから?」
「う……嘘じゃねぇっ。だから幸彦に訊いてみろっつっただろっ」
 売り言葉に買い言葉みたいに、反射的に俺は怒鳴ってしまう。
 ますます墓穴掘ってんじねーの?
 心の中でしくしく泣いた。ああ、俺いったいなにやってんだろう……。
 幸彦にどんな顔で会えばいいんだろ……。
 下駄箱に着くと上原が離れた。一年と三年じゃ下駄箱の場所がちょっと離れてるからだ。
 上履きの上にはなにも乗ってなくて、俺はほうっと安堵する。これ以上コクられたら、俺にはもう処理しきれない。そんくらい今の俺は余裕がなかった。
 足を引きずるような重さでゆっくりゆっくり歩いた。いつの間にか先に階段のところまで行っていた上原が、なぜか俺を待っていた。
「……俺、おまえのことふったんだけど」
「だから言ったでしょう。まだ諦めないって。先輩と彼が本当に恋人なのかどうか証拠つかまない限り、俺の気持ちは一筋です」
 マジかよ……と内心でげんなりする。
 こんなに頑張る奴に惚れられたくねぇよ。
 トロトロと階段をあがる。擦れ違う生徒たちが、意味ありげな視線を送ってくる。あーもうどうにでもしてくれよ。なんでも思ってくれ。投げ出したいような気持ちでただ歩く。
 二階に着くと、上原がようやくいなくなってくれた。
 俺はホッとしながら四階を目指す。廊下で集団で喋ってた女の子たちが、俺を見るなり「ぎゃあっ」て悲鳴をあげた。……もうちっと可愛い声出せよ。
「待って待って待ってっ!」
 女の子集団のひとりに腕をつかまれた。女のくせに乱暴だった。
 なにを訊かれるかわかってただけに、俺はうんざりとした。
「なんだよ」
「ややちゃん、一年の男子に告白された時、森宮くんとデキてるって言ったんだって?」
 そらきた。
 やっぱり広まってる。
 てことは、幸彦の耳にも確実に入ってんな、こりゃ。
 俺からちゃんと説明しようとしたのに、携帯の電源なんか切ってやがるから。
「だったらなんだよ」
 俺はぞんざいに言った。
 開き直ったと取られてもしょうがないような態度で。
「きゃ~~~っ」
「いや~~~っ」
 いきなり耳をつんざくような黄色い悲鳴に、思わず耳を塞いだ。
 逃げたい。
 もう俺になにも訊かないでくれ。俺も言いたくない。
 どんどん深みにはまって、抜け出せなくなりそうで怖い。
 上原遼太朗ひとりがそう思えばいいだけだったのに、なんでみんなに広がるんだ。勘弁してくれ。もうやめてくれ。
 悲鳴をあげた女の子たちは、嫌がってるわけじゃなくて喜んでいた。どーせ他人事なんだよな、こいつら。でもこの盛り上がってる集団を除いた女子の中には、本気で幸彦のこと好きな人だっているわけで、きっとものすごく俺は恨まれてるんじゃないかって気がする。
 なんとか女子の集団から逃れてC組の教室の前に立った。中に入るのが怖かった。
 開きっぱなしになってる戸をくぐる。クラスの連中のすべてが同時に俺を見た。
 うっ……とひるんでいたら、自分の席に座ってた幸彦がちょいちょいと手招いていた。
 その顔は、色々と言いたいことが山のようにあるぞって顔だった。
 集中するみんなの視線に怯えながら、俺は幸彦の方へ行った。たったそれだけのことでみんながざわめいた。いつものことなのに。幸彦と一緒にいるのなんて珍しくもなんともない光景なのに。
「俺はいつからおまえの恋人になったんだ?」
 意地悪な声で幸彦が言った。傍の椅子を勝手に拝借した俺は、かすれた声で小さく「ごめん」としか言えなかった。
「本当は昨日のうちにちゃんと説明したかったんだけど、携帯つながんねぇし。なにしてたんだよ、緊急事態だったのに」
「恨みがましいこと言いたいのはこっちだろ? 校内中すげぇことになってんぜ。ホラ、男子同士のカップルとか実際にいたって、正直に喋る奴なんて滅多にいねぇだろ? だから余計、ややがカミングアウトしたとか言って大騒ぎ。祭みたいになってんだよ」
「カミングアウト?」
「男とつきあってるって言えば、俺はホモですと宣言したのと一緒だろ?」
「……あああ……」
 俺は頭をかかえた。やっぱりあんな嘘つかずに、上原遼太朗に追いかけまわされた方がマシだったんだろーか。でも嘘ついたって、あいつ寄って来てるし。こんな状況になるより、努力して時間かけて、そのうちに上原につきあえないって理解してもらう方がよかったのか? 俺の考えは甘かったのか? でもこうなることはちゃんと予測してたはずなんだけど。でも思ってたよりも激しく周囲が盛り上がってるのはなんでなんだ?
「で、どーすんの?」
「……どうすんのって……」
 こうなってしまったからには、嘘つき通すしかないような気がする。幸い、俺たちは三年生だし、卒業まであと数ヶ月だ。って言ってもまだ春だから、先は長いんだけど。

つづく