ニセモノのコイビト 4

(初掲載日:2002年05月25日)

 きっと自分に正直に生きてきたんだろうな。そんな風に思った。
 上原遼太朗の全身に纏ってるオーラのようなものは、どこからどう見ても健全そうで真っすぐだった。迷いがない。男を好きになって自分はどこか変なんじゃないだろうかなんて悩みもしない。好きなもんは好き。普通にぶつかってくるタイプ。
 素直って言うよりも、なにも考えてないだけかもしれない。
 そうじゃなきゃ、二十人前後のやじ馬に囲まれてんのに、告白しようなんて正気の沙汰じゃない。
 これでまた明日は噂で持ち切りになるんだろうな。
 おまえだって嫌だろ? 俺にふられたことがみんなの噂のタネになるんだぜ?
 わかってんのかな。わかってねぇのかな。
 今までそういう痛い思いをしてきたことがないのかもな。
「正直に言います。先輩、好きです。俺とつきあってください!」
 ……そらきた。
 俺はこれでまた悪者にならなきゃいけない。誰に告白されてもふっちゃうんだよね。何様なんだろうねってまた言われるんだろうな。
 でもさ、おまえも俺なんかじゃなくて、もっと可愛い女の子を好きになった方が世の中平和なんじゃないのか? 男なんか好きになったって親は認めてくんねぇし、社会に出ても苦労するだけだと思うんだけどな。
「ごめん。悪いと思うけど、つきあえない。男は範囲外なんだ。ごめんな」
 過去に、男に告白されて断ったら、いきなり抱きついてきてキスされそうになったことがある。上手く逃げられたし未遂で済んだけど、いくらなんでも今日は、二十人近くの人間が見てるところでそんなことにはならないだろう。
 上原遼太朗は、当惑した顔で俺を見た。
 ためらうように口をもごもごさせて、思い切ったように言い出した。
「森宮先輩とつきあってるからですか?」
「……え?」
 いきなりその名前が出るとは思ってなかったから俺は驚いた。
 ああそっか。俺と幸彦って噂になってたんだった。忘れてた。
 っていうか、俺は今、男は範囲外だから駄目って言わなかったか?
 なのになんで幸彦なんだよ? つながってねぇよ。
 どうしよう。なんて答えよう。
 つきあってるから駄目って断ったら、そこにいる二十人ぐらいのやじ馬たちが明日にも噂を広めちまうだろう。そしたら俺と幸彦はみんなの公認カップルになってしまう。
 でも違うって言ったら? こいつが諦めてくれないかもしれない。
 とにかく押せば、そのうち俺が落ちると思ってるかもしれない。
 しつこく食い下がってきたらどうしようか。
「実はそうなんだ」
 ぽろりと俺の口からこぼれた言葉に、一番驚いたのは俺だった。
 うわっ、もう取り返しがつかねーよっ。
 上原遼太朗は驚いたように目を見開いていた。
「……あの、噂……本当だったんですか……?」
 俺は全身に冷や汗がにじむのを感じていた。遠巻きにしてる二十人前後の連中も息を飲んだように静まり返り、みんなで俺に注目していた。
 かなりマズイしヤバイ状況だった。
 今から嘘って言っても誰も怒んねぇよな?
 嘘だったって言ってもいい?
 冗談でしたって。ドッキリでしたって言っていい?
「でも俺、ふたりを見かけた時にそんな気がしなかったんですよね。甘い感じがしなかった。本当につきあってるなら、もっと恋人らしい空気になってませんか? よく一緒にいるところは見かけるけど、いちゃいちゃしてないし。仲のいい友達のレベルを越えてないように見えます」
 上原遼太朗が真面目な顔をしてきっぱりと言った。
 うわ~よく見てんなーこいつも。
 俺の嘘、簡単に見破ったよ。
 でも、そうなると……どうなるんだ?
「本当につきあってるんですか? キスとか、それ以上のこともしたんですか?」
 いきなりとんでもない台詞が上原遼太朗の口から出てきて、俺はひっくり返りそうになった。
 なにを言ってるんだ、こいつはーっ?
 あんまりなこと訊かれて、俺は顔が自然と熱くなるのを感じた。
「ばっ……するかそんなのっ」
 反射的に怒鳴ってしまい、ヤバイと気づいた。
 上原遼太朗の目がキラキラと輝いたからだ。
「まだなにもしてないんですか? じゃあ先輩はまだヴァージンなんですね?」
 ぐらっと視界がブレた。一瞬だけど激しい眩暈に襲われた。
 ……わからない。俺にはそういう世界はわからない。
 ストレートな性格もここまで来ると犯罪だ。
 マズイと俺の中にある警戒信号が鳴った。こいつはマズイ。かなりマジだ。相当本気で俺にイカレテル。防衛本能が働いた。今ここで一番安全な道は。
「嘘じゃねーよ。本当に俺は幸彦とつきあってる。間違いねーよ。幸彦にも訊いてみろ、そうだって言うから。まだ清い関係だから、甘い感じになんねーのはしょーがねーんだよっ。俺は幸彦が好きだ。だからおまえとは絶対につきあえない。可能性はゼロなんだから、潔く諦めてくれっ。誰も俺たちの間には入れねーんだからなっ」
 啖呵切るようにきっぱりと。言ってしまった後で全身の血の気が引く。
 どうしよう言っちゃった。この先俺、どうしたらいいんだ?
 ていうか、幸彦の許可も取んねーで、なんでこんなこと言っちゃったんだ?
 すげーメーワク野郎だぞ、俺。
 これで明日には一斉に噂が広まってしまう。幸彦の人生まで巻き込んでしまう。上原遼太朗は俺を諦めてくれるかもしれない。でも、俺と幸彦が完全にできあがってしまう。
 上原遼太朗は呆然として俺を見つめていた。
 俺は全身でぜーはーと息を荒くしながら、自分の言葉に動揺して内心ではものすごく狼狽えていた。
 上原遼太朗も動揺しながら、一生懸命喋りだした。
「……で、でも、俺はまだ納得してません。本当にふたりが恋人らしいとこ見るまでは、諦められません。フリだったらいくらでもできるじゃないですか。俺をふる口実で言ってるだけかもしれないじゃないですか。俺はまだ諦めません。本当に駄目だってわかるまでしつこく食い下がります」
 上原遼太朗はなにに対してもこんな風に頑張る奴なんだろーか。
 きっと自分の直感を信じてるんだろう。こいつの思ったことは間違ってないし、疑うのは当然だった。確かに俺と幸彦は恋人らしいことなんかまったくしてない。だから恋人みたいな空気になりようもなくて、上原遼太朗が足掻くのも当たり前なことだった。
 そんな風に思う反面で、ふる口実だっていいだろ、いいかげん諦めろよ、あんまりしつこいと嫌われるぞ、とも思った。
 俺は上原遼太朗と対峙した。重なった視線にはなぜか火花のようなものが散る。
 俺は嘘をついてないと言い張り、上原は嘘だと言い張る。
 なんてこった。
 俺は自分で自分の首を絞めちゃったらしい。
 この先どうなるんだって不安が、頭の中にも心の中にも充満していた。

つづく