ニセモノのコイビト 3

(初掲載日:2002年05月11日)

 案の定、俺が今朝、下駄箱でラブレターをもらった話は、昼休みになるとほとんどの人が知っていた。気軽に声かけてこれる奴なんかには「中身なんだったんだよ。やっぱり告白?」なんてからかわれたし、不安そうに目をうるうるさせてる女の子集団なんかもいた。だから俺は告白されても断るんだって、とか思うけど、彼女たちは毎日が不安でしょうがないらしい。
 あれは中学二年生の時だった。
 女の子に対する興味がどんどん増してきて、告白された女の子がモロ好みのタイプだったこともあって即座にOKしたことがある。もともとクラスが一緒だったし、実はひそかに気になってたせいもある。
 俺も嬉しかったし、その女の子も喜んでいた。
 その瞬間はね。
 大変なのはその翌日からだった。俺が彼女を作った事実はあっという間に周囲に知れ渡り(俺も彼女も内緒にして誰にも言わなかったにも関わらず、だ)、彼女は俺のファンらしき人たちに完全に敵視され、わざとぶつかられたり、ハブにされたり、いじめられたりした。それはもう凄まじく怖い状況になった。そんなことになるなんて想像すらしてなかった俺と彼女は、一週間後には別れ話をしなきゃならなくなったのだ。
 すっかり憔悴して泣きながら彼女はこう言った。
「もう、継尚くんの彼女やめたいの。あたしには無理だった」
 彼女は俺がニックネームの方で呼ばれると嫌だと言うと、ちゃんと名前で呼んでくれるような娘だった。顔もかなり可愛かったし、性格も素直で本当にいい子だった。
 そんな彼女に泣きやむことなく「別れたい」と言われてしまった俺は、腹の底の方からものすごい罪悪感のようなものが押し寄せてきて、すべて俺が悪かったかのように思えてショックだった。女の子の世界ってそうなってたんだ……って初めて知った時期だった。
 それからは好きな人ほど傷つけてしまう。傷つけられてしまうと思って、絶対に特定の相手を作らなくなった。
 おかげでキス経験もなけりゃ、いまだに童貞さ。男子の中には「モテまくりで、やりまくりなんじゃねーの」とかはやし立てる奴もいるけど、まったくそんなことはありえない。
 おまけに学校って世界はものすごく怖いところで、噂なんてたった一日で広がってしまう。誰と誰が怪しいとか、つきあってるなんて話には特にみんな飛びついてくる。
 男同士で噂になることも珍しくなくて、俺のとこにも時々、幸彦のこと好きな女とかがすごく真剣な血走った目をして「本当につきあってるんですかっ?」なんて、噛みつかれそうな勢いで訊いてきたりする。
 きっと同じようなこと、幸彦にもあるんだろうな。
 手紙の内容はばらさなかったはずだけど、今朝の俺と幸彦の会話を誰かが盗み聞きでもしてたのか、放課後に校舎裏へと行くとやじ馬のような生徒たちが二十人ぐらいいた。
 校内の生徒の数と比較すれば、二十人っていうのはかなり少ない方かもしれない。でも、知らないうちに、たった一日という時間の中で、それだけの人数に教えてないことを知られてるってのは、かなり怖い現実だった。
 でもこんなことにさえ、もうとっくに慣れてしまっていた俺はどうでもよくて、見たい奴は勝手に見てろよ、どーせ断るんだからって開き直った。
 校舎裏で待つこと五分。
 ようやく目の前にひとりの生徒が現われた。
「……あの」
 そっちを見た俺は、一瞬なにかの間違いなんじゃないかと疑った。
 本人が急に怖くなって来れなくて、代理を頼んだんじゃないかとか、そんな風にも思った。
 俺に声をかけてきたのは、俺よりもずっと背の高い、運動部にでもいそうに肩幅もしっかりしてるような、顔の造作はかなりいいんだけども普通こういうの見て喜ぶのは女しかいないだろうと思えるような、どこからどう見ても男にしか見えない奴だった。
 おずおずとちょっと気弱げな表情をして、体育会系の好青年ぽい奴が俺の目の前に立った。俺は束の間ぽかんとした。手紙のイメージとこの男があまりにも不釣り合いだったからだ。
 遠巻きに見てるやじ馬連中も驚いたみたいで、やけにざわついていた。
「すみません、急に呼び出して」
 そいつは礼儀正しくペコリと頭をさげた。
「……いや、それはべつにいいんだけど……」
 本人なのか?
 あれはこいつが書いた手紙なのか?
「……ピンクの封筒で、花柄の便箋で、可愛い文字の……?」
「はい、俺です」
 きっぱりと奴は言った。俺は一瞬軽い眩暈に襲われかけた。
「マジで?」
 俺がびっくりしてると、彼は不安そうに顔をあげてなにかに気づいた表情を見せた。それから慌てたように顔の前でぶんぶんと手を振る。
「あのっ。あれ俺が書いたんじゃないんですよ、ホントはっ。クラスの女子に代筆頼んだんです。そしたらその娘がノリノリではりきっちゃって、自分好みの手紙にしちゃったんです。俺、字が下手で、自信なくて絶対に来てもらえないんじゃないかって思ったから、そういうの得意な女の子にやってもらった方が効果絶大だと思って頼んだんだけど。でも下駄箱に入れたのはちゃんと俺です、間違いなく」
 ……ていうかさ、呼び出された方は騙されたような気分になるんだけど。
 そうだよ。こういうことがあるから、手紙だけじゃ人物像なんか浮かべられねぇんだよ。予想とか想像なんかしてみろ、後でものすごーくガッカリしたりするんだから。
 俺はハァーと溜め息をついた。
 野郎にコクられるのは初めてじゃねぇけど、やっぱり嬉しいとか楽しいとかにはならねーよなぁ。
 こいつがこれから告白すんのかと思ったら、無意識のうちに俺は身構えてた。っていうのも、俺よりもガタイのいい男の場合、いきなり不意打ちでキスしようとしたり押し倒して来たりされたら、太刀打ちできないし上手く逃げられないからだ。
 隙を作ったら駄目だし、なんかされそうになった時に素早く逃げる準備は最低限必要だった。
 ……そういうのが自然に身についてる自分がすごく嫌になる時もある。
 見たことない奴だし、敬語ってことは、後輩だよなきっと。
 すっげーヤだな。見上げなきゃなんない後輩って。年下のくせに俺よりデカイなんてズルイ。
「何年生?」
 気になったから訊いてみた。
「あ、一年です。一年A組。上原遼太朗(ウエハラ・リョウタロウ)って言います」
 一年かよ。
 一年で俺より頭ひとつ分ぐらいは高いってことは、これからますます成長するんだからもっとでかくなるってことだ。
 クラッときた。
 羨ましい。
 そう思っても、俺は敢えて羨望の眼差しでは見なかった。そういう目をしたら確実に相手に気づかれることはわかってる。相当鈍い奴でない限り、だいたい普通はバレるから。
「で、用件は?」
 わざとそっけない口調にしてみた。
 野郎の告白なんかバカらしくて聞いてらんねーぜって態度。すげー嫌な奴とか思われるかもしれないけど、ゼロじゃない可能性夢見られるよりはマシ。
 上原遼太朗はまっすぐな眼差しで俺を見て、頬を紅潮させている。本当に俺のこと好きなんだなって、間近で目を見るとわかってしまう。前にテレビで実験みたいなことしてて、好きな人を見る時には瞳孔が開いて目が潤んだようになるらしいって聞いた。正面にいる奴もちょうどそんな瞳で、俺のことを見ていた。

つづく