ニセモノのコイビト 22

(初掲載日:2002年10月12日)

 幸彦が帰ってしまったので、俺は寝た。
 ひたすら寝た。親が帰ってきても構わずに寝た。
 どかどか押し寄せてくる疲労感とか、ものすごーい睡魔とか、全身を襲う筋肉痛みたいな痛みとか、いろんな大変なものを抱え込んでいた俺はとにかく寝ることしかできなかった。
 ふっと気がつくと朝だった。
 目覚ましは仕掛けてなかったけど、いつも起きる時間の五分前だった。すごいタイミングで起きたな俺……と自分に感心しながら上半身を起こしたけど、やっぱり全身が重かった。
 休みてぇな、学校。
 でも、休むと幸彦が心配するだろし。
 会いたいし。
 恋ってものは恐ろしい。相手がなにしたって全部許せてしまうし、このものすごい疲労感や筋肉痛の原因なのに、恨みもなけりゃ憎しみもない。
 それどころか、仄かに胸があったかくなるってのはいったいなんなんだ。
 俺ってこういう人だったのか……。
 のろのろとベッドから降りて、押し寄せてくるいろんな痛みに耐えながら制服に着替えた。こんなんで、歩けるのかなぁ俺。
 あー、そういや今日、体育あったじゃん。やっべぇ。無理だ絶対。さぼりだ、さぼり。
 階段をなんとか降りて居間に行くと、すでに起きて仕度していた母さんが俺を見てびっくりしてた。
 やべ。なんかバレたか?
 内心でひやひやしてると。
「継尚、ゆうべ寝込んでたから、今日も休むと思ってたのに」
「え? あ、ああ……そっちか。びっくりした」
 俺はほぉーっと安堵の息を吐いた。
「昨日寝てたらだいぶよくなったんだよ」
「そお? あんまり無理しないでね」
 母さんは朝食の仕度をしに、キッチンへと入って行った。
 よかった。なにも気づかれてない。
 でも、ごめんな母さん、と胸の中だけで謝った。
 こういうのって親不孝なのかな。男に惚れて、男とエッチしちゃって、しかもラブラブな関係だったりしてさ。世間一般的にこういうのってホモとかゲイってやつなんだよな。
 そういう意識は薄いけど。
 ただ森宮幸彦というひとりの人間を愛してしまっただけで。
 たまたま男だったというだけで。
 世の中に反発しようだとか、自分たちを認めてもらうために主張するだとか、そういう気持ちもないし。
 ただ単に好きなんだよ。すごくシンプルに。
 単純に。

 学校に着いた。
 校舎の出入り口のところで、下駄箱に向かっていた俺は誰かに軽くぶつかられた。その拍子にぐらりと身体が傾いで、慌てて近くの下駄箱につかまった。
「……う、カラダが思うようにいかねぇ……」
 なんて簡単によろめくんだ。バランス取れなさすぎ。
 キシキシする身体がだんだんと恨めしくなってきて、どうにか下駄箱で上履きに履き替えると、今度は階段なんだよなぁ……とうんざりしはじめた。
「やや先輩」
 ふいに呼びかけられて、俺はぎくりとした。
 その聞き覚えのありすぎる声は、上原遼太朗のものだったからだ。
 上原はいつから見てたのか、すぐ近くの壁にもたれていて、軽く腕を組んでいた。
「森宮先輩とやりましたね?」
 俺は反射的にびくっとしてしまった。
 こんな態度取ったらバレバレじゃねーかっ。俺のバカっ。
「……や、……や、やったらどうなんだよっ」
 俺は逆ギレしてみた。
 そんなことわざわざ指摘されたくないし、見抜かれたくもない。
 上原はずっと険しい顔で俺を見てたけど、急にふっと視線を柔らかくした。
「森宮先輩のこと、本当に好きなんですか?」
 壁から離れて俺の正面に立った。俺はゆっくりと深々と頷いた。
 上原が、深く重い溜め息をつく。
「本気の本気なんですね?」
「本気の本気だよ。言っとくけど、興味半分とか面白半分でやったわけじゃねーからな。俺と幸彦は完全な両想いなんだよ。たぶんもう、誰も割り込めないと思う」
 俺がきっぱりと言ってしまうと、上原遼太朗はなにも言えなくなってしまったみたいだった。切なそうな眼差しで俺を見つめた後、また小さく吐息して、そしてまた俺を見て、再び溜め息をついた。
「わかりました。俺は先輩のことを諦めます」
「マジでっ?」
 俺があからさまに嬉しそうにしたのがマズかったのか、上原はものすごく恨めしそうな目で俺を見た。
「……その代わり、森宮先輩とダメになったら俺にも権利ください」
「権利? なんの?」
「やや先輩の恋人になる権利です」
「ていうか、俺と幸彦ダメにならないと思うんだけど」
 はっきり俺がそう言ってしまうと、上原は泣きそうな顔をした。
「俺の可能性はゼロだって言うんですかっ?」
「本っ当に悪いと思う。でもおまえは完全にゼロなんだよ」
 上原がぐらりと眩暈を覚えたようによろめいた。ちょっと罪悪感を覚えたけど、こればっかりは仕方ないよな。
「ごめんな。俺のこと忘れて、他に好きな人見つけて」
 それだけ言うと、俺は上原から離れて階段をあがった。四階は遠いしきつかった。それでも俺は頑張って昇った。
 C組の教室を覗いてみる。
「やや、おはよ」
 幸彦はすでに来ていて、俺に向かって笑顔で手を振ってくれた。
 世の中がバラ色に変わる。
 やっぱり俺、全然気のせいとかじゃなくて、本当に幸彦のこと好きなんだよ。
 なのに幸彦の奴、あんな意地悪なこと言いやがって。
 間違いなくおまえのこと好きじゃんか、俺。
 まっすぐに幸彦の元へ行く俺を見て、クラスの女子がちょっとざわめいていた。けど、そんなものには構わずに、俺は自分の心のままに行動した。
 人の視線なんかクソくらえだ。
 んなもん、いちいち気にしてたまるか。
 噂したい奴は勝手にしてろっ。
 でもよく考えたら、俺と幸彦ってみんなが公認してる恋人同士だったんだよな。
 宣言してよかった。
 コソコソしなくても済むから。
 幸彦のすぐ傍で、誰かの椅子を勝手に借りて座った。
 俺の態度のせいなのか、幸彦は本当に嬉しそうで幸せそうだった。
 だから俺も笑顔を返してやると、ふいうちで唇にキスされる。
 見てる人がいたみたいでざわめいた。俺も一瞬焦ったけど、でもまぁいいかって開き直れた。そんな風に思えるぐらい、俺も幸彦にやられてる感じだった。
「そうだ、上原が俺のことやっと諦めるって」
「マジで?」
「でも俺、気持ち冷めたりしてねぇよ。やっぱり幸彦のこと好きなんだ。気のせいなんかじゃなかったんだよ」
 俺がきっぱりそう言うと、幸彦はすごく嬉しそうな顔をして、俺の耳元で囁いた。
「んなこと言われたら、ややが壊れるぐらいギューッて抱きしめたくなるだろ」
「バカ、壊すなよ。大事にしろって」
 俺たちは笑い合って、それからクラスの中で応援してくれてる人とか、逆に別れさせようと頑張ってる人たちとか、俺たちなんかに興味も関心も持たない人たちとかを眺めた。
 俺たちが幸せだと、世の中なんてものすごく平和で穏やかに見えるもんなんだよなと思った。

END

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