ニセモノのコイビト 2

(初掲載日:2002年04月28日)

 森宮幸彦(モリミヤ・ユキヒコ)は外見的にはものすごく今どきの高校生な奴だ。
 校則違反ギリギリの恰好をわざとする。まるでなにかに挑戦してるみたいに。
 風紀委員や教師に注意されてることもあるけど、どこ吹く風とばかりに聞き流してしまう。のれんに腕押しで、糠に釘みたいな奴だ。
 でも変なことには細かかった。
 幸彦は、噂がどこよりも早く巡っていく女子生徒たちの輪にまざって会話に溶け込むのが、特技のひとつだ。ウケがいいのか外見がいいせいなのか、とにかく女子たちは喜んで今流行ってる噂を幸彦に教えてくれる。幸彦の態度も相手に警戒や緊張をさせないし、とにかく情報を引き出すのが上手い。それは俺には真似のできない技だから、いろんなこと知りたかったらとにかく幸彦に頼るしか道がない。
 そういう意味では幸彦を利用してることになるんだけど、こいつもすべてわかってて「利用させてやってる」って態度だった。だからまぁ、おあいこだ。
 俺はピンクの封筒を開けて、中身を取り出した。花柄の便箋だった。やっぱり全体的にピンクだ。便箋の中央にある文章は、女の子特有の可愛らしい丸い文字で、こんな風に書いてあった。
「今日の放課後、校舎裏に来てください」
「直接コクるってことか」
 文面を読んだ俺に向かって、幸彦が言った。
「でもどーせ断んだろ?」
「一応な」
「……一応って」
 一瞬鼻白んだ幸彦に、俺は笑ってみせた。
「だってさ、もしかしたらタイプかもしんねーじゃん。すっげー可愛い女の子で目一杯好みだったら俺わかんないぜ? 一瞬で惚れるかもしんねーし」
「ウソウソ。んなのあるわけねーだろ? 一目惚れとか絶対にしねぇタイプ、ややって」
 幸彦がバカにするようにせせら笑った。
 ちょっとムカッとくる。
「んなのわかんねーじゃんか。会って喋ってみなきゃわかんねーことだろ? なんだかんだ言って妬いてんじゃねーの。俺ばっかモテてるって」
 俺が突っかかっても幸彦はまったく平気だった。
「あれ? 俺も意外と超モテなんだけどな? ややが知んねーだけだよ。ひそかに俺を巡ってバトルってる女の子はいっぱいいんだぜ」
「誰だよ言ってみろ」
「ヒミツ」
「なにーっ! やっぱ嘘なんじゃねーのっ?」
 とか言いながらも、俺は実は幸彦がかなりモテる男だってことは知ってた。
 噂にはものすごく疎いタイプの俺だけど、幸彦もコクられるたびに相手をふってるってことは他のダチから聞いた。そういう話は、なぜか幸彦はしない。避けてるふしもある。なんで俺とおんなじことしてんのかなって疑問だったけど、こいつも特定の相手を作ることで傷つけられんのが嫌なのかもしれないと思うことにしていた。
 だいたい周囲の人間には以下のタイプがいる。
 俺を前にして緊張して羨望の眼差しを送る奴。
 まったく鼻にもかけなけりゃ興味も関心もない奴。
 普通の友達のように普通に接してくれる俺を好きでいてくれる奴。
 幸彦は三番目だ。いつも普通にしてくれる。
 それがあんまり楽だから、気がつけば幸彦とばっかり一緒にいた。
 変に緊張されても俺も緊張しちゃうし、俺に興味のない奴と友達づきあいするのは難しい。だから特別意識もしなけりゃ、嫌ってるわけでもない奴が、一緒にいて一番楽だ。気ィ抜いていいし気ィつかわねーし、バカなこと言えるし、遊べるし。
 でもなー。幸彦も変なんだよなー。
 あまりにも俺の情報に詳しいところが。
 ほんとマジで情報止めて様子を見てみたことがある。わりと幸彦にはなんでも喋ってたけど、その時はわざと言わなかった。どっから得るんだか知んねーけど、幸彦は本気で俺の情報を拾ってくるのが上手い。俺の情報だけじゃなくて、あらゆる噂話とかだいたい知ってたりとかはするんだけど。
 でもまー、俺も慣れたし。
 害ねぇからいいか、なんて。
 詳しいだけでべつになにもしないし。
 ……でも、この噂はさすがに知ってる。
 女子の一部の間では、俺と幸彦がデキてることになってるらしい。
 うわーそれはマジ勘弁してよーって内容なんだけど。
 だって幸彦、男だし。俺も男だし。
 そーゆーの流行ってるかもしんねーけど、頼むよって感じでさ。
 俺はちゃんと女の子の彼女が欲しいって気持ちあるんだからさぁ。
「どんな女の子なんだろうな」
 便箋を眺めながら幸彦が言った。きっと頭ん中では想像図ができあがってるに違いない。
 俺は想像つかなかった。なにしろ文面と本人が一致しなかったことって、山のようにあったし。過去の経験からすると、可愛い文字を書くからって本人も可愛いとは限らない。逆に男かと間違えそうな手紙の主がとんでもなく美人だったりすることもある。
「この手の噂は流れねーのかね。告白してもみんなふられちゃうんだから、やめとけばって言う奴。なんでこう、懲りることなく次から次へとコクってくるかな」
 俺がちょっとうんざりしつつ言ってみると、幸彦が素早く反応した。
「そりゃあ可能性がゼロじゃねーからじゃねぇの? もしかしたら自分は大丈夫、絶対OKしてくれるって夢見てんだよ。だいたいおまえもさ、かなりエラソーじゃねー? すっげー美人とかメチャクチャ可愛いのとかがコクってくるのに、みんなふってんだぜ。何様だよって反感持ってる奴も男子にはいるぞ。女子ん中にもふられてムカついてる娘いたし」
 情報通の幸彦は、やっぱりそういうこともよく知っていた。
 ていうか、人んこと言えねーじゃん。
「おまえだってコクられるたびにふってんじゃねーか。俺にはちゃんとした理由あんの。考えてみろよ、俺の状況どっかおかしいぞ。なんかみんなに遠巻きに観察されてるし、一挙手一投足にいちいち反応する奴もいるし、観客にじーっと見られてる舞台の人みたいな状態なんだからな。こんなんで彼女なんか作れっかよ。だから俺は今の状況が落ち着くまでは、やめとこうって決めてんの」
「俺も」
 あっさりと幸彦が言ったから、聞き逃しそうになった。
「へ?」
「だから俺も」
 俺は一瞬ぽかんとした。
「え? 同じ理由なの?」
「うん」
 それは初耳だ。なんで今まで言わなかったんだこいつ。一年生からのつきあいのくせに。
 でもよく考えたら、俺が結構注目される人ってことは、一緒にいる幸彦だって相当見られてるわけだ。でもひとりでいたって状況は変わんねぇし、なら一緒にいたって同じじゃんって感じか? だから邦彦は、他の人たちが俺と一緒にいるとみんなに見られて嫌だとか言い出すのに、言わないってことなのか?
 それで普通に一緒にいられんのか。
 今だってふたりで一緒に喋ってるとこ、ちょっと遠巻きにして見てる連中もいる。知らん顔のクラスメートもいるにはいるけど、見てる奴は確実に見てるし、噂話の対象にもしてる。慣れてるから今さら気にはなんねーけど。
「大学生になれば、ちっとは落ち着くかな?」
「さぁ、それはどうだろうな」
 俺が願望を口にすると、幸彦はちょっと嫌なことを言った。
 いつまでもこんな状況続いてたら、ちっとも彼女なんか作れねーじゃねぇか。
 そんなの幸彦だって嫌だろーが?

つづく