ニセモノのコイビト 17

(初掲載日:2002年09月08日)

 先にシャワーを浴びるのは幸彦の方からだった。俺は後。
 嬉しくてウキウキすんのは、ようやく恋人らしいことができるからだ。
 部屋のベッドのシーツを真新しい綺麗なものに取り替える。
 俺が強引にそっちの方に仕向けたに違いはないけど、幸彦だって俺のこと好きだって言うんだからしたくないわけねぇんだよ。
 でもなんかためらってんだよな。
 昨日の昼休みはめちゃくちゃ乗り気であんなことしたくせに。
 男同士でどうやんのかの知識はおぼろげにしかない俺は、なにしろ童貞なもんだから男女のそれも実は詳しくない。雑誌やビデオ見りゃなんとなくはわかるけど、実体験がなきゃ想像レベルでしか知らないに決まってた。
 ガチャッと俺の部屋のドアが開いた。俺の貸した部屋着姿で幸彦が入ってくる。濡れた髪がやけにセクシーだった。
 俺の様子を見て、呆れたような顔をする。
「随分乗り気だな」
「そりゃそーだろ。だって俺、本当に幸彦に愛されてんのかどうしても確かめたいし」
「……セックスすりゃ確かめられるとは限んねーのにな……」
 ぼそっと幸彦がなにか呟いたけど、俺の耳にまでは届かなかった。
 綺麗になったベッドから飛び降りた俺は、急いで部屋から出る。ドアをくぐったとこで慌てて振り返った。
「俺がシャワー浴びてる間に帰ったらただじゃおかねーからな」
「帰んねーよ。ここまで来たら。その代わり、覚悟しとけよ。生半可じゃねーからな」
 脅すような言葉を幸彦が言った。
 なんだよ、生半可じゃないって。
 男同士でエッチすんのはそんな大変なことなのかよ?
 階段を降りながら、ちょびっとだけ怖くなる。
 でも嬉しいドキドキの方がでかくて、シャワーを浴びるのも楽しかった。
 ここでひとりで泣いてたことを思い出す。
 あんな苦しくて切ない想いをかかえるぐらいなら、思い切って幸彦に全部委ねてしまった方がどんなにいいか。
 ……男同士でも、初めてって痛いのかな。
 痛いのはちょっと嫌かな。
 ……どのぐらい痛いんだろう。
 俺は慌ててぶんぶんと左右に首を振って、敢えて考えないことに決めた。
 丁寧に、念入りに身体を洗った。どこにキスされても大丈夫なようにした。大事な場所もしっかりと洗った。
 やだな。緊張してきた。
 胸のドキドキがひどくなる。
 これならさっきみたいな流れでそのままやっちゃった方が、よかったんじゃないのか?
 うわー、すごいドキドキしてきた。

 幸彦は、俺のドライヤーを無断借用していた。
 それはべつにいいけど。
「やや」
 ドアのとこで俺が立ってると、幸彦が手招いた。傍に行くと、髪にドライヤーを当てられる。
「濡れたまんまじゃ風邪ひくから」
「あ、ありがと」
 ドキドキする。軽い眩暈さえしてくる。俺、これから幸彦に抱かれるんだ。
 どうしよう。怖くなってきた。
 髪の毛に差し込まれた指の感触にどぎまぎする。ドライヤーで熱くならないように、上手に角度を変えてくれる。
 やがて髪が乾いて、幸彦はドライヤーのスイッチを切った。
 部屋の中がしんと静まり返る。
 なんだろうな、この緊張感は。
 やっぱりさっき、居間でなしくずしにやっちゃった方がよかったんじゃ……?
「容赦しないけどいい?」
「……え……?」
 幸彦が確認してきた。俺は狼狽えながらも頷いた。
「い、いいよ」
「遠慮とかしねーよ? ややが泣いて嫌だって言って、叫んで喚いても懇願してきてもやめねーよ? そんでもいい?」
 そんなこと言われたら怖くなるじゃんか。
 確認なんかすんなよ。
 俺がやりたがったんだから。
「だ……大丈夫……だと思う」
「俺、ホンットにやばいからな。とんでもないことややに要求するかもしんねーからな」
「……脅すなよ……」
「先に言っとかないと、こういうのだと思わなかったとか言われたら嫌なんだよ」
 ……って、どういうのなんだよ。
 マジで怖くなってきた。
「始めたら、マジで俺はブレーキきかねーからな。今まで抑え込んでた分、全部出るから。かなりとんでもねぇぞ、俺は。それでもいい?」
「……う……うん……」
 うわぁー怖いよ。なんだよ。さっき思い悩んでた人はどこに行っちゃったんだよ。
 そりゃ俺はもっと激しく来いよとか思ってたけど。こいつ極端だよ。極端すぎねーか?
 俺も食らいついて来いとかさっきは思ってたけど。
 本当に食らいつかれたら怖いかもしれない。
「……わ、わかったから。いいからもうやろーよ。変な先入観ない方がいいよ、俺は」
「そっか。じゃあやるぞ」
 幸彦はとうとう肚をくくったらしい。ものすごく真剣な目で俺を見た。
 その瞳の奥の方でチリチリと獣っぽい光が入ってて、俺は反射的にぞくっとした。
 肉食動物にターゲットにされた草食動物のような気分になったのはどうしてだろう?
 幸彦はためらいなく俺の着ていた薄手のTシャツの裾をたくしあげた。
「腕あげて」
 俺は素直に両腕をあげる。さっき着たばかりのTシャツがあっさりと脱がされた。
「なるべく焦んないようにやるから。痛くしたくないし、ややが気持ちよくなるようにしたいから」
「……うん」
 ああ始まるんだと思ったら、それだけで股間の辺りがきゅんとした。
「でも、俺が暴走した時はちゃんとおまえもついて来いよ?」
「……う、うん……」
 暴走ってなんだよ。怖いこと言うなよ。
 嬉しくもあり怖くもあり幸せでもありで、俺はなんだか複雑な心境だった。
 こういうものの手順なんて、俺はよく知らないけど。
 幸彦はまず最初に、唇にキスしてきた。

つづく