(初掲載日:2002年09月01日)
パジャマのボタンをひとつずつ外した。視線は幸彦の顔に留めたまま。
挑発してやる。
そう思った。
俺の気持ちが本気じゃないって思うなら、本気だって見せてやる。
「……やや」
幸彦は困ってる。
なんで困るんだ。
据え膳が目の前にあって、なにが困るんだよ。
やっぱり本当は、俺のことなんか好きじゃないんだ。
じわりと目元が涙でにじみそうになる。
俺がこんなに頑張ってんのに、信じてもらえないのがつらい。
本当は、こんなこと恥ずかしくてできるような俺じゃないのに。
パジャマのボタンをすべて外した。その中はもう素肌だ。
食らいついてほしかった。
獣みたいになってほしかった。
常識なんかもすべて取っ払って、ただ俺を欲しいと思ってほしかった。
パジャマがぱさりと床に落ちる。
幸彦が一瞬、息を飲んだのがわかった。
今度はパジャマのズボンに手をかけた。
さんざん恥ずかしい恰好を見られたんだ。これぐらいなんでもない。
羞恥心を抑え込んで、そう自分に言い聞かせた。
「やや」
止めるような幸彦の声が聞こえた。
止めるなよ。
俺がみじめじゃんか。
「やや、もういい」
よくねぇよ。
「わかったから。ややの気持ちは」
嘘だ。全然わかってねぇよ。
下着一枚の恥ずかしい姿になった俺は、残る一枚の布も取らなきゃと思った。
涙が出そうになる。
羞恥心と戦ってる俺に、もういいなんて言う。
こんなにありがたい据え膳なんて、なかなかないと思うのに。
なんのためにこんなに頑張ってんのか、わかんなくなってきた。
下着に手をかけようとしたら、腕をつかまれた。
顔をあげると、幸彦がつらそうに俺を見てた。
……それ、どういう意味の表情なんだよ。
わかんねぇよ。
俺のこと好きって言ったじゃん。だったらなんで抱かないの? 恋愛感情の好きじゃないってこと? だから抱きたくないの?
「ごめん」
耳元で低く謝る声。
そのごめんの意味はなに?
俺の気持ちには応えられない?
「ややにそんなことさせるまで追い詰めて、ごめん」
頬にキスされた。
そのまま首筋へと移動していく。
わかんないよ。
謝りながらキスなんて。
強く抱きしめられた。
力強くて暖かかった。
頭が混乱する。
これはどんな意味のキス? どんな意味の抱擁? 教えろよ。わかんないよ。
「親は何時に帰って来る?」
次に耳元で言われた言葉に、俺はどきりとした。
……え?
「たぶん……夜の七時は過ぎると……思う」
俺が答えると、今度は唇にキスをされた。
俺は、のろのろと腕を持ち上げて、ゆっくりと幸彦の背中にしがみついた。
もっと激しくてもよかったのに。
感情に流されるまま勢いで来ればいいのに。
なんでそんな大事そうにするんだよ。
これじゃまるで同情されてるみたいでやだな。
幸彦の本気がよくわかんなくてやだな。
本当に俺のこと好きで奪いたいと思ってる?
俺がこんなだから仕方なく抱こうとしてるわけじゃないよね?
助けるんじゃなくて。
謝るんじゃなくて。
もっと強引に来てほしかった。
「……ん……」
そう思いながらも俺は素直にキスを受け入れ、おとなしく身体をまさぐられていた。
でもここじゃ、場所があんまりよくない。
いつの間にか俺たちは、玄関から居間まで移動していたらしい。抱きしめあい、キスしてる場所は、居間の中だった。
ゆっくりと俺は幸彦をはがし、彼に訴えた。
「……二階に行きたい」
うちは一軒家だ。俺の部屋は二階にある。
そこのベッドの中でしたかった。
幸彦は数秒間考えるような表情を見せてから、ゆっくりと言った。
「シャワー、先に浴びねぇか?」
俺も数秒間考えた。
……よく考えたらそうだね。綺麗にしてからする方がいいよな。
シャワーの用意をしながら俺は夢心地な気分だった。
でも抱いてほしいと思ってても、実際にどうすんのか詳しくは知らない。
ただ主導権はやっぱり俺じゃなくて、幸彦にあって欲しいんだよな。
「幸彦、使っていいよ」
浴室から顔を出すと、幸彦はなにやらひとりで思い悩んでいる様子だった。
こいつ、まだためらってんのか。
それともシャワー浴びてる間に俺が冷めることでも期待してんじゃねーだろうな。
「なぁ、やや」
「なんだよ」
「おまえさ、男同士がどうやってやるか、ちゃんと知ってんのか?」
「全然」
俺が正直に左右に首を振ると、幸彦はものすごく重い溜め息をついていた。
なんだよ。
知らなくたってできるだろ。幸彦が知ってりゃいいんだからさ。
昨日の昼休みに屋上で俺にしたこと考えりゃ、当然幸彦は知ってるはずだろ?
幸彦は、軽い眩暈でも覚えたみたいに額を押さえて悩んでいた。
「あのさ……やや」
「俺、ぜってーやめねーからな」
なんだかだんだん意地の張りあいみたくなってきたな。
そんなんじゃなくて、もっと恋人らしいのがいいんだけどなー。
おかしいな。なんでこんな流れになるんだろ? 変だよな?