ニセモノのコイビト 16

(初掲載日:2002年09月01日)

 パジャマのボタンをひとつずつ外した。視線は幸彦の顔に留めたまま。
 挑発してやる。
 そう思った。
 俺の気持ちが本気じゃないって思うなら、本気だって見せてやる。
「……やや」
 幸彦は困ってる。
 なんで困るんだ。
 据え膳が目の前にあって、なにが困るんだよ。
 やっぱり本当は、俺のことなんか好きじゃないんだ。
 じわりと目元が涙でにじみそうになる。
 俺がこんなに頑張ってんのに、信じてもらえないのがつらい。
 本当は、こんなこと恥ずかしくてできるような俺じゃないのに。
 パジャマのボタンをすべて外した。その中はもう素肌だ。
 食らいついてほしかった。
 獣みたいになってほしかった。
 常識なんかもすべて取っ払って、ただ俺を欲しいと思ってほしかった。
 パジャマがぱさりと床に落ちる。
 幸彦が一瞬、息を飲んだのがわかった。
 今度はパジャマのズボンに手をかけた。
 さんざん恥ずかしい恰好を見られたんだ。これぐらいなんでもない。
 羞恥心を抑え込んで、そう自分に言い聞かせた。
「やや」
 止めるような幸彦の声が聞こえた。
 止めるなよ。
 俺がみじめじゃんか。
「やや、もういい」
 よくねぇよ。
「わかったから。ややの気持ちは」
 嘘だ。全然わかってねぇよ。
 下着一枚の恥ずかしい姿になった俺は、残る一枚の布も取らなきゃと思った。
 涙が出そうになる。
 羞恥心と戦ってる俺に、もういいなんて言う。
 こんなにありがたい据え膳なんて、なかなかないと思うのに。
 なんのためにこんなに頑張ってんのか、わかんなくなってきた。
 下着に手をかけようとしたら、腕をつかまれた。
 顔をあげると、幸彦がつらそうに俺を見てた。
 ……それ、どういう意味の表情なんだよ。
 わかんねぇよ。
 俺のこと好きって言ったじゃん。だったらなんで抱かないの? 恋愛感情の好きじゃないってこと? だから抱きたくないの?
「ごめん」
 耳元で低く謝る声。
 そのごめんの意味はなに?
 俺の気持ちには応えられない?
「ややにそんなことさせるまで追い詰めて、ごめん」
 頬にキスされた。
 そのまま首筋へと移動していく。
 わかんないよ。
 謝りながらキスなんて。
 強く抱きしめられた。
 力強くて暖かかった。
 頭が混乱する。
 これはどんな意味のキス? どんな意味の抱擁? 教えろよ。わかんないよ。
「親は何時に帰って来る?」
 次に耳元で言われた言葉に、俺はどきりとした。
 ……え?
「たぶん……夜の七時は過ぎると……思う」
 俺が答えると、今度は唇にキスをされた。
 俺は、のろのろと腕を持ち上げて、ゆっくりと幸彦の背中にしがみついた。
 もっと激しくてもよかったのに。
 感情に流されるまま勢いで来ればいいのに。
 なんでそんな大事そうにするんだよ。
 これじゃまるで同情されてるみたいでやだな。
 幸彦の本気がよくわかんなくてやだな。
 本当に俺のこと好きで奪いたいと思ってる?
 俺がこんなだから仕方なく抱こうとしてるわけじゃないよね?
 助けるんじゃなくて。
 謝るんじゃなくて。
 もっと強引に来てほしかった。
「……ん……」
 そう思いながらも俺は素直にキスを受け入れ、おとなしく身体をまさぐられていた。
 でもここじゃ、場所があんまりよくない。
 いつの間にか俺たちは、玄関から居間まで移動していたらしい。抱きしめあい、キスしてる場所は、居間の中だった。
 ゆっくりと俺は幸彦をはがし、彼に訴えた。
「……二階に行きたい」
 うちは一軒家だ。俺の部屋は二階にある。
 そこのベッドの中でしたかった。
 幸彦は数秒間考えるような表情を見せてから、ゆっくりと言った。
「シャワー、先に浴びねぇか?」
 俺も数秒間考えた。
 ……よく考えたらそうだね。綺麗にしてからする方がいいよな。

 シャワーの用意をしながら俺は夢心地な気分だった。
 でも抱いてほしいと思ってても、実際にどうすんのか詳しくは知らない。
 ただ主導権はやっぱり俺じゃなくて、幸彦にあって欲しいんだよな。
「幸彦、使っていいよ」
 浴室から顔を出すと、幸彦はなにやらひとりで思い悩んでいる様子だった。
 こいつ、まだためらってんのか。
 それともシャワー浴びてる間に俺が冷めることでも期待してんじゃねーだろうな。
「なぁ、やや」
「なんだよ」
「おまえさ、男同士がどうやってやるか、ちゃんと知ってんのか?」
「全然」
 俺が正直に左右に首を振ると、幸彦はものすごく重い溜め息をついていた。
 なんだよ。
 知らなくたってできるだろ。幸彦が知ってりゃいいんだからさ。
 昨日の昼休みに屋上で俺にしたこと考えりゃ、当然幸彦は知ってるはずだろ?
 幸彦は、軽い眩暈でも覚えたみたいに額を押さえて悩んでいた。
「あのさ……やや」
「俺、ぜってーやめねーからな」
 なんだかだんだん意地の張りあいみたくなってきたな。
 そんなんじゃなくて、もっと恋人らしいのがいいんだけどなー。
 おかしいな。なんでこんな流れになるんだろ? 変だよな?

つづく