ニセモノのコイビト 15

(初掲載日:2002年08月23日)

 翌日、俺は学校を休んだ。
 ゆうべはまったく眠れなかったし、朝になっても気力が全部死んでて使いモンにならなかった。
 こんなに全身が重くなったのは生まれて初めてだ。
 こんな風になっちゃうんだから、俺の気持ちは本物に決まってんのに。
 なんで疑うの?
 ……だから俺が本気になると嫌なんだよ幸彦は。
 頭の隅でそう声がする。
 そうだよね。
 もともと嘘で始まったんだ。しかもその嘘をついたのは俺なんだ。
 幸彦は最初から被害者だよね。俺のせいでおかしなことに巻き込まれたんだから。
 寂しいな。
 俺ひとりでその気になってたことが。
 こんな風にこじれたら、前みたいに一緒にいられないな。
 つらい。
 つらいし、悲しいし、苦しいよ。
 これが恋じゃなくてなんだって言うんだ。

 トイレに立ったついでに洗面所で自分の顔を見た。
 憔悴してた。
 昨日までの顔とは全然違ってた。
 改めて、俺の気持ちは本物なんだと思い知る。
 両親は共働きだから、うちには俺ひとりだった。
 母さんが、昼に食べられるものを用意して残していってくれた。
 でも食欲はまったくない。
 腹も減らない。
 気を紛らわせたくて、テレビをつけた。しばらくぼんやりと眺める。
 テレビの内容は頭に入って来なくて、なにをやってんのかわかんなかった。
 そんなことをしてるうちに、時刻が昼を過ぎ、やがて三時半を過ぎた。
 もうすぐ四時だ。
 玄関の方で、呼び鈴が鳴った。
 俺はシカトした。
 出たくない。
 また呼び鈴が鳴った。
 またシカトしたけど、さらに鳴った。
 うるせぇな。
 仕方なく玄関に向かう。ドアを開けると、いきなり目の前に幸彦がいたから、慌てて閉めようとしたのに、強引に身体ごと挟んできた。
「帰れよっ!」
 なぜか俺はそんな風に怒鳴りつけた。
「帰らねーよ」
 幸彦もなんだか怒ってる。
 怒りたいのはこっちだ。
 さんざん俺のことやりたいようにしたくせに。
 急に放り出しやがって。
 好きじゃないなら好きじゃないって最初っから教えとけよ。
 だから俺は変な期待したんじゃねーか。
 強引にうちに入ってきた幸彦は、後ろ手にドアを閉めて、鍵をかけた。
「昨日俺が言ったこと、勘違いして受け取っただろ」
「勘違い? なにがどう勘違いなんだよ。俺がおまえを好きなのが気のせいで、おまえは俺のことどーでもいいんだろ。全部、上原を騙すための演技だったんだろ」
「バカかおまえは。ただの演技だけであんな真似までするかっ」
 幸彦は、怒りながら呆れてた。
「それに、俺がいつややをどうでもいいなんて言った。俺の気持ちが知りたいなら教えてやる。俺は本気でおまえのことが好きだよ」
 俺は思いがけない言葉を言われて、びっくりした。
 でもすぐに幸彦を睨みつける。
「嘘だ」
「なんでこんな嘘、わざわざ言いに来んだよ」
「だって昨日、ひどいこと言ったじゃんか」
「俺は事実を言っただけだ。ややが冷静じゃないのはホントだろっ。面白いぐらいすっぽりと、状況に飲み込まれてんだよ、おまえはっ」
「そんなことないっ。俺は本気だよっ。じゃなきゃなんでこんなにつらいんだよっ。おまえのこと好きで、なんでこんなに苦しくなってんだよ」
 幸彦が玄関からあがってきた。俺はあとずさった。
「帰れよっ」
「俺のこと好きって言いながら、帰れっての、すっげぇ矛盾してんだけど」
 幸彦は困ったように吐息して、さらに近づいてきた。
「ちゃんと話聞けよ。俺は、ややを傷つけたくないだけだ。自分の気持ち優先させて暴走して、ややを傷つけんのが嫌なだけだ。取り返しがつかないことってのは、俺が……ややを犯したりして、その後で冷静になったややが後悔したりすると、俺も後悔するから嫌だってことなんだ」
「なんで。……後悔なんて、しないよ」
 逃げながら俺は答えてた。
「今のややはそう思うかもしれない。でも、後になったら後悔するかもしれないんだ。ややがもっと冷静だったら俺だって我慢なんかしなかった。キスしたその日のうちに最後までやってたよ。でもややは、本当は俺のこと好きなんかじゃないんだ。っていうより、男に惚れたりしないんだよ」
「根拠はっ」
「今までのややを見てればわかる。ずっと俺に対して友達以上の感情はなかった。だから俺もなにもしなかったし、そんな素振りも見せなかった。俺の気持ちは綺麗に隠してなにも教えなかった」
 俺はまたびっくりした。
 幸彦は、もっと前から俺のこと好きだったのか?
 いつから?
「……今までの俺ってなんだよ。そんなの関係ねぇだろ。昨日、おまえ上原に言ってたじゃんか。それまで違ってたって、急に恋に落ちることもあるって。今までの俺がそうじゃなかったとしても、今がそうなんだからいいだろっ」
「そういう挑発するようなこと言うな。俺に火ィつけたらなにするかわかんねーぞ」
「いいよっ。やれよっ」
 俺は真っ向から睨みつけてきっぱりと言った。
 恋の駆け引きとはかなりかけ離れたやりとりだ。とても恋愛してるふたりには見えねぇよな。なんだかまるで喧嘩してるみたいだった。
 幸彦は、一瞬ためらった。
 まだ迷ってるみたいだった。
 なにするかわかんねーとか脅しといて、まだやんねー気かよ。
 どうしたらやるかなって考えた。俺は俺で本気だった。
 昨晩から着っぱなしだったパジャマに手をかける。そのボタンをはずしはじめると、幸彦の表情がわずかに動揺を見せた。
 小難しいことばっか考えやがって。好きなら好きでいいだろ。なにが間違ってんだよ。
 やりたきゃ素直にやりゃーいいんだよ。

つづく