ニセモノのコイビト 14

(初掲載日:2002年08月18日)

 とりあえず、上原遼太朗はいったん引き下がった。でもまだ負けたくなさそうな顔をしてたから、これで終わりじゃないんだろうな。
 ふたりで並んで校舎を出る。幸彦は深々と溜め息をついた。
「発展しといてよかったな。じゃなきゃ、あんなに説得力出せなかった」
 幸彦の言葉に、俺は急にどこかに落とされたような気がした。
 ……じゃあ、昼間のあれも……上原を退けるための演技だったわけ?
 あそこまでしたんだから、もう疑似恋人の域を越えてると思ってたのに。
 急に切なくなって、俺は歩いてる幸彦の横顔を見つめた。もしこの腕にしがみついたら、どんな顔すんなのかなって思った。
 喜んでくれなかったらどうしよう。
 全部が嘘だったらどうしよう。
 キスも、手でイカされたのも、抱きしめられたのも、全部偽物だったらどうしよう。
 不安になった。
 もしも全部が偽物だったら、上原遼太朗が俺を諦めた時点ですべてが消えてなくなるかもしれない。
 ドラマや映画の撮影が監督の「ハイ、カット」の言葉で、あっさり現実に返ってしまうみたいに、なにもなかったみたいになるのかな。
 そんなの嫌だ。
「やや?」
 呼びかけられて、俺は不安に揺れる眼差しのまま幸彦を見つめた。
 不思議そうな顔をされた。
「どした?」
 俺は、混乱しかけた頭のまま、なんて言えばいいのか迷う。
 すがるように、幸彦の腕をつかんだ。
「あの……あのさ、昼間、言ってただろ? 俺にしてほしいことあるって。かなりやばいことだって。……それって、なに?」
 幸彦は複雑な表情を浮かべた。
 すぐに小さく笑う。
「心配しなくてもやんねーよ」
「じゃなくて。それ、してほしいんだけど」
「……え?」
「どうしても、今すぐしてほしいんだけど」
 俺は必死だった。
 どうしたら幸彦の心が、本当の気持ちが見えるのか、なんとしても確かめたかった。
 本当に必死だったのに。
「今のややには早すぎてダメだ」
 幸彦はあっさりと退けた。
 意味わかんないよ。
 いったいなにが早すぎるんだ。
 どうしてダメなんだ。
「なんでだよ」
 俺は感情のままに突っかかった。幸彦の胸ぐらをつかむ。
「なんでダメなんだよっ。なにが早いのかわかんねぇよっ。ちゃんと説明しろよなっ」
「やや」
 俺は怒りながらいつの間にか泣いてしまい、そのまま幸彦の胸に顔をうずめた。
「……泣くなよ」
「泣いてねぇよっ」
「なんのために俺が自制心総動員してるか、わかんなくなるだろ」
「だから、それがわかんねぇんだよ。なんで我慢すんの? 俺、幸彦にならなにされてもいいのにっ!」
 いきなりグイッと顎を持ち上げられて、強引なキスをされた。
 乱暴に奪われていくような激しいキスで、俺は一瞬目がくらみ、そのままなにもわからなくなってしまった。だんだんと身体にも、足にも力が入らなくなっていき、気がついた時には足元がよろめいてすぐ傍の塀にもたれていた。
 そのままへたり込んでしまう。
「冷静になった?」
 すぐ傍でしゃがんだ幸彦がそんなことを訊いてきた。でも、冷静じゃなかったのは、幸彦の方だと俺は思った。
 今のキスは冷静だったら絶対にできないようなものだった。
「ややは、初めから冷静じゃねぇんだよ」
「……?」
 俺はぼんやりと顔をあげた。
 幸彦は真面目な表情をしてる。とても冗談を言ってるようには見えなかった。
「冷静……じゃない? 俺が?」
「上原にコクられて、俺のこと恋人だって嘘ついてから、ややはちょっと舞い上がってる。嘘で作りだした状況に飲み込まれてる」
 ……飲み込ませてんのは誰だよ。
 幸彦があんなことやこんなことしなきゃ、俺だってこんな変になったりしなかった。
「今のややは、俺を好きになってる気がしてるだけだ」
「……なに、言ってんの……?」
 俺はびっくりした。ものすごくびっくりした。
「自分のついた嘘を本物にしようとしてるだけなんだ」
「ゆ……幸彦が、あんなキスとか……しなかったら、俺だってこんなじゃない。触られて嫌じゃなかった。恥ずかしいことされても、全然嫌じゃなかったのに。好きになってる気がしてるだけってなんだよ。なんでそんなひどいこと言うんだよっ」
「ややをその気にさせるのは簡単だったんだ。俺はちょっとズルイ手段を使った。今の状況を利用した。ややも今の状況の中にいるから、冷静に物が見えなくなってるだけなんだ。俺が誘導すると簡単についてくる。でも、以前のややはそうじゃなかったんだ」
「……え?」
 以前の俺?
 ……って、どんなだったっけ?
 わからない。
「ややは俺を好きになることで、上原を遠ざける正当な理由を作りたいだけだ。状況が変わったら、気持ちも冷めるかもしれない」
「そんなことねぇよっ。俺、ちゃんと本気だよっ。そんな、ただの気のせいで人なんか好きになったりしないっ」
「取り返しのつかないところまで行ってから、後悔するのは嫌なんだ」
 幸彦は、きっぱりと言った。
 俺は目の前が真っ暗になった。
 俺と最後までいくと、後悔するってこと? 俺が気のせいで幸彦を好きなんじゃない。幸彦が、俺に本気になられたら嫌なだけなんだ。
 だからこんな意地悪言うんだ。
 本当は俺のこと嫌いなんだ。
 でも上原のことがあるから助けてくれてるだけなんだ。
 全部演技だったんだ。
 今までの優しさも、エッチな行動も、全部嘘だったんだ。
 偽物だったんだ。
 ……ひどいよ。
 こんな突き落とし方ってあるか?
 俺の気持ちを気のせいで片づけて、幸彦は俺を好きなふりしてただけ。
 俺は一気に暗闇の中へと落とされてしまった。

つづく