ニセモノのコイビト 13

(初掲載日:2002年08月10日)

 午後の授業中も、俺はぼうっとしていた。
 ただちょっと午前中と違うのは、俺がひとりでニヤけてたところじゃねぇかな。
 昼休みのことを思い出しては、恥ずかしくなったり嬉しくなったり、もうわけのわかんない状態で、突然へらっと笑ったと思うと、次の瞬間には羞恥心で赤くなったりする。俺ってこんな奴だったのかって初めて知った。
 俺の様子が変なことに、気づく人は気づくらしい。授業の合間の十分休みの時に、数人の女子に「どうしたの、かなり変よ?」って詰め寄られた。
 なんでもないって誤魔化したけど。
 マズイなぁ。顔に出るんだなー俺。
 やがて放課後になると、幸彦と一緒に帰ることにした。
 ……のに。
 教室の出入り口のところで、上原遼太朗が待っていた。
「どうも」
 しかも態度がデカかった。
 一番最初の礼儀正しい好青年はどこに行っちゃたんだよ?

 教室に誰もいなくなるのを見計らって、適当な椅子に腰掛けた俺たちは向かいあうことになった。
「あの……おまえバスケ部は?」
 おそるおそる訊いてみると、上原は真顔で返事をした。
「今日はありません」
「あ、そう」
 俺と幸彦は隣合って座っていた。その向かい側に、上原が座っている。互いの中心には机もなにもない。椅子だけ勝手に引っ張り出して座ってるからだ。
「単刀直入に言っていいですか?」
 上原はなんだか怒ってるみたいだった。
「昨日の放課後にキスしただけじゃなく、今日の昼休みにもとんでもないことしてたでしょう?」
「うわっ、なんで知ってんだよ、おまえはっ!」
 恥ずかしくて眩暈がした。うわぁ俺、消えてなくなりたい。
「やや、静かに」
 幸彦に注意されてしまった。俺はしゅんとする。
「俺たちが本当に恋人かどうか、証拠取りたかったんだっけ? 充分すぎるぐらい証拠取れたんじゃねぇの? それでもまだ、ややにつきまとうつもりかよ?」
「昼休みに、必ずふたりで屋上へ行くことはもともと知ってました。数日前から俺が直接どんな様子なのか確かめてたんです。ものすごく普通でしたよね、昨日までは。でも今日はいきなりとんでもない展開になってました。まさかあんなことになるとは思ってなかったから、俺もめちゃくちゃ狼狽えましたよ」
 そう言いながら、上原の頬が少し赤くなった。
 なんだ、可愛い反応もするんじゃん。
 でも、幸彦はそうは思わなかったらしい。
 すごく険しい顔をしたからだ。
「……まさか、ややの嬌態を見ながらひとりで抜いてたわけじゃねーよな?」
「だって、しょうがないじゃないですか。あんまりすごい光景だったんだから」
 くらり。
 なんでこいつは、こんなにストレートな性格なんだよ……。正直にそうだって言うことねぇだろ?
 話題がなんだかすごい方向に行ってて、俺は逃げ出したいような気持ちになっていた。
 俺の嬌態なんかいいんだよ、どうでもっ!
「でも、屋上のことを知ってるのは俺だけです。よかったですね、他の人だったら今頃校内中にばれてたかもしれないし」
「べっつに。俺とややは恋人って知れ渡ってるから、誰も不思議に思わねーと思うんだけど? 今どき、高校生だからってみんながみんな清い交際してるわけじゃねーし」
「学校ですよ。それも、屋上なんかで。昼間っから。外じゃないですか」
「だから?」
「あんまり常識的じゃないと思います」
「ふーん」
 幸彦は急ににやりと笑った。
「常識的じゃねぇ行動してんのはどっちだよ。おまえ、自分でわかってる? おまえのやってることストーカーじみてんだよ。身辺調査って言葉使えばちゃんと聞こえるかもしれねぇけど、ほとんどストーカーなんだよ。そりゃ、好きな人をずっと見てたいって気持ちは誰にでもあるし、どんなことだって知りたいって思う気持ちはわかる。でもその行動を相手が嫌だと感じた時点で、もう犯罪に一歩踏み込んでんのと一緒なんだよ」
「……は、犯罪……?」
 上原がぎょっとしていた。
「それはちょっと話が飛躍しすぎじゃないんですか」
「ストーカーじゃなけりゃ、セクハラ。ややは俺のモンだから俺はなにしてもいいけど、おまえは横から割り込んできて、しかもややに断られたくせにいつまでもしつこい。告白した時のこと、まだ覚えてんだろ? ややは俺を好きだって言った。俺とつきあってるって言った。だからおまえに諦めろって言ったはずだ。なのにおまえは足掻いた。俺たちが恋人だって証拠がつかめるまで諦めないって言った。でももう証拠つかんだろ? 今すぐここでキスしろってんならしてやるよ。それでおまえが諦められるならな」
「俺が言いたいのは……」
 上原遼太朗はやっぱりまだ足掻こうとしていた。
「俺が言いたいのは、おとといまでそうじゃなかったのに、なんで急に恋人っぽくしてんのかって話なんですよっ。演技にしてはやりすぎだけど、でも本当についこの前まで普通の友達関係だったんだ。俺を遠ざけるための、嘘なんでしょ? 本当は恋人じゃないはずなんだ」
 幸彦はまったくこたえてなかった。上原が言ってることはすべて真実だ。確かに今までの俺たちは恋人じゃなかったし、キスさえもしたことがない。本当に普通の、ただの友達だった。
 でも幸彦は、それを指摘されても平気そうな顔をしていた。
 呆れたように小さく笑う。
「おまえさぁ、ひとつ完全に忘れてることあるぞ」
「……忘れてる?」
 上原は軽く眉をひそめた。
「恋愛ってのは、発展すんの。進展するもんなんだよ。おとといまではそうじゃなくても、昨日からいきなり恋愛になることもあんの。恋なんて、だいたい突然だろ? 昨日はなんでもなくても今日、急に落ちることもあるんだよ。それまでずっと清い関係でも、急に進んだりすることもあるんだよ。だいたい俺だって、ややが嫌がったらやんねーよ。本気で暴れてやめろって怒鳴られたら、なんもできねーよ。でも実際は、ややはすごく素直で、俺がなんかしても許してくれるんだってわかった。確信できた。それを俺は嬉しいと思ってる。こういうのって恋人なんじゃねーの? そんな風に思える関係ってどう考えても恋人だろ? それでもまだ、おまえはなにか反論があるわけ?」
「…………」
 上原はなにも言えなくなってしまったみたいだった。
 腿の上で、きゅっと拳を握りしめていた。その手がかすかに震えてるのを、俺は見逃さなかった。

つづく