ニセモノのコイビト 1

(初掲載日:2002年04月28日)

 下駄箱を開けると、一通のラブレターが入っていた。
 中身を読む前にラブレターとわかった訳は、封筒がピンクでしかも封をしたところにハートマークのシールが貼ってあったからだ。
 さらに可愛らしい丸い文字で「愛しのやや様へ(はぁと)」なんて書いてあれば、どんなに鈍い奴でもラブレターだってわかるに決まってる。
 それに俺は、こういうものをよくもらう。
 一番最初は小学校の三年生の時だった。女の子からもらったんだと思ってウキウキしてたら、隣のクラスの男子で心底からがっかりした記憶が残ってる。
 でもそいつはやっぱり小学校三年生らしく、恋人になりたいとかじゃなくて「おともだちになってください」という意味で書いたらしいけど。
 友達になってやんなかったなぁってことはやけに覚えてた。
 顔も名前もさっぱり綺麗に忘れたけど。
 ガキん頃から「可愛いね」「女の子みたいね」「よく間違えられるでしょう」とか言われてたせいもあるけど、女の子扱いされたりとか、女の子みたいに見られたりするのがすごく嫌で、わざと反発したり逆らったり威張ったり強がったりしてきた。だからきっとその時も、「男からのラブレター=女の子みたいに見られてる」とか思い込んで、思いっ切り相手をシカトしたんだと思う。
 本当の女の子からのラブレターを初めてもらったのは、小学校五年生にあがった頃だった。小中高とバレンタインデーなんかもチョコレートをわりともらったし(その中の五分の一ぐらいは男だった気もするけど)、告白もさんざんされたし、こういう手紙だってたくさんもらった。とりあえず目は通してるし、呼びだされたら行くけど、必ずいつも断っていた。
 っていうのも、誰か特定の人を作ったりすると相手がものすごく周囲に嫉妬されたり、いじめられたりするんじゃないかと思って気が気じゃなくて、そんな状況になるのが怖くて作れないのが理由だった。あとはなんだろう。ピンと来る相手がいなかったってのも理由のひとつかな。
 それとこのニックネームにカチンと来るのも理由のひとつか。
 誰がつけたのかはいまだにわからない。始まりはいつだったろう。小学校の低学年ぐらいの頃だった気がする。「やや」って呼び方は、なんだかやけにちっちゃな子供みたいな印象とか、女の子っぽいイメージとかして俺はものすごく嫌だった。
 だから俺は「ややって呼ぶな」っていろんな人にたくさん言ったはずだった。なのにいまだに廃れてないのはいったいなにが原因なんだろう。気がついた時には校内中に広まっていて収拾がつかない状態だった。
 小学校から中学校にあがる時に期待した。さすがにもう呼ばれないだろう。でも中学内でも見事に広まり、今度は高校にかけた。十五歳の野郎に「やや」なんて呼ばないだろう、そう思ってたのに、誰が広めたんだか知らないうちにほとんどの人が俺のことをニックネームの方で呼んでいた。
 そりゃ俺の本名は呼びづらいし書きづらいよ。でもさ、本名よりもニックネームの方が浸透してるってどーゆーコトなんだよっ!
(だって、東条寺継尚(トウジョウジ・ツグナオ)なんて呼びにくいもん)
 ずっと昔、クラスの女子に理由を求めてみたことがある。その答えがそれだった。
 それでなんで俺が「やや」なのか。どっから取られたものなのか。その前に誰が言い出したのか、すべてが不明だった。
 高校三年にもなった最近はだいぶもう諦めたよ。
 成長すりゃそのうち言われなくなると思ってたら、全然そうじゃないからさ。
(でも似合ってんじゃねぇ?)
 他人事だと思って楽しそうに笑ってたのは、高校入ってからのダチの森宮幸彦(モリミヤ・ユキヒコ)だ。さすがにこいつにまでニックネームの方で呼ばれるのは嫌だったから、「東条寺か継尚のどっちかで呼べ」って言ったはずなのに、なぜか必ず「やや」って呼びやがる。
 それももう、最近は諦めたけど。何度言っても効果なかったから。
 ピンクの封筒を下駄箱から取り出して、鞄の中に放り込んだ。教室に行ってから読むのは違反だろうか。どこかで隠れてひとりきりで読んでほしいと差出人は思ってんだろうか。
 ま、いいや。教室で読んじゃえ。
 朝っぱら早くから、登校するなりいきなり置いてあったラブレターだ。校内で読んだって文句は言えねぇだろ。手紙の内容の用事は今日かもしんねぇし。
 学校指定の革靴から、上履きへと履き替えて、俺は廊下を歩き出した。周囲には登校したばっかの生徒たちが何人かいるから、たぶん俺が一通の手紙をもらったことに気づいてる奴もいるんだろうな。
 相変わらず俺は誰かの視線にさらされてる。
 もう慣れたからいいけど。
 どっからどう広がるのか知らねぇけど、昼休みぐらいの時間までには、俺がピンクの封筒を下駄箱から出してた話が見事なほど校内中に筒抜けてるに違いなかった。経験上間違いないと思う。
 自意識過剰なわけでもなく、被害妄想がひどいわけでもない。
 確かに俺はいつも噂の的になってんだよ。間違いなく。
 だから俺がなにも教えてないことでも、校内一の情報通(って俺が勝手に思ってる)の幸彦はいつでもなんでも知ってんだよな。こんなことやあんなことが噂になってるけど本当かっていつも訊かれるからさ。
 階段をあがる。上から降りて来た女子生徒がどきっとした顔をして一瞬俺を見た。そそくさと逃げていく。
 あ、この娘、俺に惚れてる。
 とか思うのが普通のことになってるのってなんか間違ってる世界だと思う。
 たぶん俺、なにかの常識とか基準とか絶対に狂ってる。
「うわっ、先輩おはようございますっ」
 踊り場でぶつかりそうになった男子生徒が慌てて止まって挨拶してきた。……ていうか、こいつも俺に惚れてるし。わかっちゃうのもなんか嫌だな。
 ま、目の前で顔真っ赤にされりゃ嫌でも誰でもわかるわな。
 一年生は二階に、二年生は三階に、三年生は四階に教室がある。一階は主に職員室とかの大人たちがいるところ。三年生は一番キツイ階なんだよな。
 階段のところで何人かの後輩に挨拶されながら、ようやく四階までのぼった。俺のクラスはC組だ。教室に入るとすでに来てる生徒の半分以上が、一斉に俺を見た。
 ……こういうの、怖いんだよな。
「あ、ややちゃん、おはよー」
「おす」
「ややちゃーん」
「おう」
 声援のような挨拶にぞんざいに返して、俺は席に着いた。いつでも誰かが見てると思うと、気ィ抜く場所もなくてなんか疲れる。しかも毎日だし。
 カタンと鳴った音と同時に、目の前の席に誰かが座った。椅子を逆向きにまたいで、俺の机の上で頬杖をつく。
「おはよ、やや」
「おはよ」
 俺は鞄の中に手を突っ込んで、ピンクの封筒を取り出した。
「戦利品」
 目の前の奴に見せてやる。
「ピンクにハートマーク。いかにもだな」
 感心半分、呆れ半分みたいな顔して笑ってた。
 俺はなんとなく封筒のイメージで浮かんだ姿を言ってみる。
「レースのひらひら着てる感じの、おっきなおリボンに巻き毛系とか?」
「そんなのこの学校にいんのかよ?」
 盛大に笑われた。よかった。階段のぼってた間に伝わってたわけじゃないみたいだ。いくらなんでもそこまで早くはねーか。この校内一の情報通でも。

つづく