カメラ越しの誘惑

(初出:AngelCrash-天使墜落 執筆日:2008年04月10日)

 淫らな肢体がシーツの上でのたうっている。

 他の男に抱かれて。
 快感を我慢するような顔して。

 いつもクールで、どっちかっていうと寡黙で、喜怒哀楽をあんまりおもてに出さなくて。
 はしゃいだ顔とか、バカみたいに口あけて笑う顔とか、
 そんなの一回も見せたことない。

 いつもどこか淋しそうで、だけど寄り添う人間を必要としてない顔で。
 笑うときも、ちょっと微笑む程度。

「はい、カーット。少し休憩ーっ」
 監督の声がかかる。
 男同士のAV撮影。

 納得しているんだろうか。カメラ越しに眺めていて、いつも疑問に思う。

 ベッドの上で、ぼんやりした顔。
 相手の男が肩を抱こうとしたら、素っ気なく跳ねのける。
「平気だから」

 男がさわっていいのは、仕事中だけ。
 カメラまわってるときだけ。
 いつも見てるから、知ってる。

 カメラ越しに。
 こっちを向いた。

 視線が合う。
 ドキッとした。

「なぁ」
 声かけてきた。
 何度か会ったことあるけど、こんなの初めてだ。

「あんたさ、なんでAVのカメラなんかやってんの?」
 動揺したけど、カメラから離れて、ベッドへと近づいた。
「金になるから」

 その答えにガッカリしたのか、そうでもないのか、顔を見ただけじゃわからない。
「金って生活費?」
「うん。そう」

「へぇ。カメラの向こうから俺って、どんな風に見えるの」
「色っぽいなて、思いながら見てる」
「へぇ。俺って色っぽいんだ」

 ちらっと、ベッドに座ったままこっちを見上げた。
「やりたい?」
「え……」

「相手の男、いまいち気に入らねぇ。あんた見た目いいから交代しない?」
「え、けど、俺。カメラ以外やったことないし」
「ちょっと練習、する?」

 妖しく光る、妖艶な眼差し。
 薄く笑う、唇。

 誘われてる。
 思いがけない展開だった。

「俺、知ってるよ」
 また妖しく笑う。

「俺のこといつも見てるっしょ。カメラ越しに、俺のこと犯してたでしょ?」
 図星を突かれて、焦った。

「いや、俺は、そないなこと、ぜんぜん」
「わかるよ」

 すべてを見透かすような眼差しで。
「わかる」
 うっすらと微笑む。

「キス、してみる?」
 イタズラっぽい眼差しが、俺を見上げた。
「みんなに内緒で」

「か、監督に怒られるから、見つかると。俺、下っぱやし、勝手なことしたらあかんから」
「大丈夫。みんな休憩中でいない」

 手をつかまれ、引っ張られた。
「見つかった時は、俺のせいにすれば」

 さらに腕を引かれ、誘惑に負けた。

 重なる唇。
 柔らかい。

 誘ってくる舌。
 手慣れた感じで攻めてくる。

 クラッ、とした。
 ベッドに押し倒したい欲望にかられる。
 その気持ちを、グッとこらえる。

「いいよ。さわっても」
「えっ……」
「あんた俺の好みだから」

「そない言われても、いま、仕事中やし」
「俺から言ったげる。相手変えてって。あんたがいいって」

「せやけど、人前で脱ぐなんて」
「慣れたらどぅってことねぇよ。人前のセックスも」

 ハッとした。
 すかさず問いかけてみる。
 ずっと聞きたかったこと。

「平気なん?」
「なにが」

「人前のセックス」
「へーき。ぜんぜん」

 見上げる眼差しが妖しくきらめく。
「教えてあげる。俺のはじめての話」
「え……」
「ぜってー誰にも言わなかった話」

 横に座れって言いたいのか、ポンポンとベッドを叩く。
 隣に座った。

「レイプだったの」
 衝撃的な告白。
 驚いて、その横顔を凝視してしまう。

「不良に目ェつけられて、ムリヤリ。三人ぐらいいた。口とケツ、両方。替わりばんこにマワされて、気づいた時にはグチャグチャで」
 視線を落とした。
 どこか淋しそうな横顔。

「そんで、自暴自棄になった」
 なにも言えなかった。
 言うべき言葉をなにひとつ持っていなかった。

「あんたさ、なんでAVのカメラなんかやることになったの」
 急にこっちを向く。
 至近距離でドキッとした。

「……俺は、その……カメラマンになりたくて、でもテレビ局、落っことされて。けど、カメラ捨てられなくて、しがみついてた。その結果が、今や」

「ふぅん。信念、あるんだね」
 そんな風に言われたの、初めてだった。

「そういうの、好き。俺にはないから」
 至近距離で、真顔で。
 見つめられる。

「好き」
 また、誘惑。

「俺と寝てよ」
 ちょっとだけ笑った。
 かなり綺麗だった。

 この誘惑を振り払う自信は、なかった。

 監督や出演者やスタッフが戻ってくる。
 短い休憩時間の終了。

「怜(レイ)、続きいけるか?」
 監督の声。

「あ、ちょっと待ってください」
 監督を手招く。
 そしてこっちを指差す。
「俺、相手役、この人がいいです」

「なにー? そいつカメラだろーが」
「この人に替えてください。お願いします」
 頭をさげた。
 潔く。
 こういうとこ、やけに男らしい。

「哲(テツ)はどうなんだ? やる気あんのか?」
 監督の目がこっちを向く。
 本気で焦った。

「あ、はい。カメラの代わりがいるんやったら、俺はぜんぜん」

「さっき、人前で脱ぐのイヤだって言ってなかった?」
 すぐ隣から少し意地悪な声。
 思わず苦笑した。

「やけに仲がいいが、職場恋愛は禁止だからな?」
 監督の厳しい声。

「わかってますよ。俺、恋愛できないの知ってるでしょ、監督」
 ハッとして、思わず隣を見つめた。

「恋愛できない?」
「うん。俺、恋愛恐怖症」
 あっけらかんと、さっぱりと、なんのためらいもなく口にするその言葉。

「真似事ならできるけど、本気の恋愛はできない」
 ショックな言葉だった。
 こっちはこんなに本気になっているのに。

「片想いまでならいいんだ。でもその先に進めない」
「ほんまに?」
「うん。ほんまに」

 あんなに誘い上手なくせに。
 こんな一面まであるなんて。

 本気になっていく自分。
 ブレーキかけるのは難しい。

 職場恋愛が禁止されてることなんて、どうでもよくなってくるほどに。
 こんなに惹かれているのに。

「おーい、誰かカメラまわせる奴いるかー?」
 監督がスタッフたちに向かって叫んでいる。

 聞いていいのかどうか、迷う。
「それ、もしかしたらトラウマとか?」
「秘密」
 いきなりブロック。

「教えてやらねーよ」
 冷たくそう言ったかと思えば。
 また、妖艶に微笑む。
「知りたかったら、俺の心、溶かしてよ」

 溶かしたい。
 心も身体もすべて。

 すべて俺のものにできたら。
 そんな欲望にかられた。

「カメラできる奴、見つかったぞ。怜、服着ろ。脱がす前から始めるから」
「えー?このままでもよくない?」

「なんならコスプレでもいいぞ。セーラー服でも着てみるか?」
「ギャグになっちゃうよ、それ」

 いつもこんな風に喋ってたっけ。
 明るいな、今日。

 はしゃぐ時も、あったのか。
 知らなかった。

 視線を感じたのか、こっちを向く。
 かなりの至近距離。

 いつもクールなくせに、今日は熱っぽい目をしてる。
 ゾクゾクした。

「遠慮なんて、するなよ?」
 そう言い残して、着替えに行った。

 戻ってきた時は、Tシャツにジーンズという、シンプルな格好。
 少年ぽくて、可愛かった。

 よくわからないまま、撮影が始まる。
 カメラの前でセックスする。
 求められてる映像はそれだけ。

 シチュエーションはラブ。
 よかったレイプものじゃなくて。

 肩を抱き、キスをした。
 予行練習したせいか、案外スムーズにできた。

 監督の横にカンペが出てきて、股間をさわれと指示される。
 怜はあくまでも受け身な役らしい。
 さっきまでの、積極的で男らしいところ出したほうが、もっとそそると思うのに。

 股間をさわった。
 ジーンズが邪魔で、今すぐ脱がしたい欲望にかられる。

 首筋にキスした。
 止まらない。

 自分でも驚くほど、積極的に身体が動く。
 ベッドに押し倒して、キスしながら愛撫した。

「……あ」
 甘ったるい吐息が、怜の唇から洩れる。
 まだ始まったばかりなのに、蕩けるような顔したから、余計に火がついた。

 焦る指先を制御しながら、脱がしていく。
 乳首を舐めると、怜がビクッとした。

 ひたすら感じる場所を探す。
 どうしようもなく感じさせたくてたまらない。

 さっき中断した撮影は、脱がして愛撫までだった。だから怜は全裸だったけど、まだよごされていなかった。

 でも経験豊富な身体。
 満足させられるかどうか。
 ちょっと不安が脳裏をよぎる。

 ジーンズを脱がし、下着一枚の怜は色っぽすぎて。
 眩暈がした。

 この身体を抱いていいのか。
 ずっと見てるだけだった、この身体に。
 素晴らしい特権を得た気がした。

 下着を奪い取り、姿を見せたモノに口づけた。
 そのまま口の中へと入れ、丁寧に舐める。
「……あっ、はぁっ」
 喘ぐような苦しげな吐息が鼓膜を刺激した。

 興奮する。
 もっと気持ちよくさせたくなる。

 どこまでもどこまでも際限なく。
 溺れていきそうになる。

 怜の身体が跳ね、口の中に飛び込んでくる白濁の体液。
 喉の奥へと流し込み、残りを丁寧に舐めた。

 顔をあげると怜の瞳は潤みきっていて、それを見たら、呆気なく理性を手放しそうになった。
 自分の中にいるケモノが頭をもたげる。

 乱暴にしたくないという思いと、激しくしたいという思いのせめぎあい。
 足を開かせ、潤滑剤を塗った。蕾に指を突き入れる。

「指で慣らさなくても、怜ならすぐ入るからな」
 監督の指示が降ってきた。

「……でも」
 反射的にためらう。

「早くしろよ」
 そう急かしてきたのは怜だった。
「これはAVなんだから」

 割り切ってるようなその声が、無性に悲しくて。
 腹立たしくて。
 死ぬほど大事に扱うことに決めた。

 身体の奥を指で丁寧にほぐした。
 戸惑うように揺れ動く怜の身体。
 じっくりと時間をかけた。

 監督の声なんてもうどうでもいい。
 例えクビになっても、怜が心の底から気持ちよくならなきゃ意味がなかった。

 戸惑うように揺れる怜の瞳。
 感じる場所を探し続ける。
「……あっ、……あぁっ」
 余裕をなくしたように喘ぐ怜の声を聞いて、思わず顔をあげた。

 普段の揺らぐことのない意志の強そうな瞳が、どこか頼りなげに揺れていた。
 自分から誘ってきたくせに、困ってる。
 こんなに丁寧に扱われるなんて、思ってなかったっていう顔してた。

 カメラの存在も、監督の存在も、スタッフの存在も、全部忘れた。
 目の前にいる怜しか目に入らない。

 服を脱ぎ捨て、怜の足を抱えあげる。
 蕾に先をあてがって、身体の奥まで腰を進めた。
「んぅっ……あっ……!」
 身じろぐ怜の肢体。

 魅惑的すぎて。
 のめりこみそうになる。

 カメラ越しとは違う、生の怜は、すごく熱かった。
 ためらわなかった。
 怜を気持ちよくさせるために、熱心に突き上げる。

 自分の快感を追うことよりも、怜の快感を追いかけたかった。
 怜から余裕がなくなっていくのがわかる。

 余裕のない声で喘ぎ、大きくのけぞる。
「んあぁぁぁっ……!」
 跳ね上がる身体。

 我慢できなくて、抱き寄せてキスした。
 止められない。
 止まらない。

 熱すぎる熱が体内に充満する。
 このままどこまでも再現なく、怜を抱き続けたいという欲求が湧き起こる。
 もう周りなんて見えなかった。

「哲はAV向いてねぇな」
「はぁ、すんません」
 終わった後、監督にしぼられた。
 冷静さを欠きすぎたのが原因だった。

「カメラ持ってる時は、常に冷静なのになぁ」
「すんません」

「今回は、怜が今までにないぐらい色っぽかったから使えるけど、今後はなしだ。固定客は怜が誰かのモノになるのをだいたい嫌がる。どういう意味か、おまえもわかるだろ?」
「わかります」
 カメラ越しにいつも見ていたから、よくわかる。

 もし相手役の男が怜の恋人だったら、
 いや恋人に近いぐらい仲がよかったら、
 きっと、冷静にカメラをまわすことなんてできなかった。

 冷静でいられたのは、怜が誰にも心を開いてなかったから。
 仕事だけの交わりだったから。

「職場恋愛禁止なのは、そういうことだ」
「はい……」

「あのさ。そいつ誘ったの俺なんだけど。なんで俺じゃなくて、そいつが怒られてんの」
 バスローブを着た怜が部屋に入ってきた。

「おまえは売れっ子で、こいつがただのカメラマンだからだ」
「……クビ?」
「いや。今まで通り、カメラ専属」
「そうなんだ。よかった」
 ホッとした顔、してくれた。

「ただ、怜」
「なに?」
「おまえは今まで通りできるのか?」
「なにを?」

「AVの商品として好きでもない男とセックスできるのかって聞いてんだ。こいつの目の前で」
 監督がこっちに向かって指を差す。

 怜が面白くもないような顔つきになる。
「やるよ。仕事だから」

 あんまり感情の乱れない怜が、少し不機嫌になった。
「やってやるよ。仕事なんだから」
 少し苦しそうに見えて、こっちがつらくなった。

 楽にしてやりたいのに。
 俺にできるのかどうか、自信がない。

 このまま二人で手をつないで、逃げられたら。
 それができたら、どんなにいいか。

 けど、わかってる。
 一緒に逃げようと差し延べた手を、
 怜は受け取らない。

 わかってる。
 怜はもっと現実を見てる。
 だからこの仕事を選んだんだ。

 なりふりかまわず、
 生きるために。
 生き延びるための手段として。

 もらった報酬は、カメラまわしてる時よりずっと多かった。

「その、悪かった」
 帰り際、怜に向かって言った。

「なにが」
「なんか、無茶してもうて」
「謝るな」
 ちょっと怒った声。

「誘ったの、俺だし」
 長い睫毛をちょっと伏せ気味にした。
「俺は嬉しかった」
 俺は驚いて、瞠目する。

「本気できてくれたから、嬉しかった」
 ちょっと怒ったような顔で。
 ちょっと怒ってるような声で。
 けどそれは、単なる照れ隠しで。

「なぁ、帰る前にお茶せぇへん?」
「え?」

「ハラも減ったし」
 怜はちょっとの間、黙り込む。
 迷う顔。揺れる瞳。
 戸惑ってた。

 あんなに積極的だったくせに。
 急に臆病になった。

 俺は手を差し出した。
 一緒に逃げるわけじゃないから。
 この手なら取るだろうと思って。

「な? メシ食ぅて、ちょっと語りあお。よぅ考えたら、俺ら仲よぅならんうちに、合体してもうたし。順番ちょっと間違うてるけど」
「職場恋愛、禁止……」

「もう職場やあらへん。外、出とるし」
 怜が振り返った。
 撮影所の、外。

 一歩でも出れば、もうそこは職場じゃない。

 怜は一瞬考えて、それから俺の手に手のひらを乗せた。
「俺も、すげーハラ減ってんだ。なに食おっか」
 笑顔で。
 初めて見た、ちゃんとした笑顔に、目が眩んだ。

 キスしたい衝動に襲われる。
「なぁ、キスしてもええ?」
「ダメ」
 きっぱりそう言った直後、耳に唇を寄せてきた。

「でも二人っきりの時なら許す」
 イタズラっぽい眼差しで。
 見上げる目が可愛かった。

END