(初出:ブログ 初掲載日:2015年8月3日)
それまで僕はこの日常がなくなる日が来るなんて、これっぽっちも思ってなかったんだ。
毎日かわりばえのしないつまらない学校に通い、だらだらと過ごして家に帰る。部活動はしていない。うちは両親共働きだから、帰っても誰もいなくて、ひとりでぼそぼそと晩飯を食って、残業で遅い両親の帰宅を待つことなくベッドに潜り込む。
一軒家の自分の部屋で寝転がりながらスマホを握ってゲームして、飽きたら動画を観て、それも飽きたらネットで誰かのつぶやきを眺めて、やがて眠くなる。メッセージのやりとりは基本的にはしない。面倒くさいから。
読んだ後いちいち返事を書きたくないとか、既読スルーして相手の機嫌を損ねるのが嫌だとか、何かとついてまわる面倒なことから逃げていた。クラスの連中は僕がそういう奴だといつの間にか承知していて、わざわざ仲間に引きこもうとはしなかった。そういうのが楽しい連中だけで集まって盛り上がっているようだ。
あと一年半、今の高校に通い続けたら、ようやく卒業する。大学には進学する予定だけど、家は出るつもりだった。独り暮らしのほうが自由が多そうで、楽しそうに思えたからだ。
いつの間にか寝落ちた僕は夢を見た。
見たことのない世界が広がっていた。明らかに日本ではない。もしかしたら地球ですらないかもしれない。
奥には鬱蒼と繁る森。手前には荒れ果てた大地。遠くに見えるのは立派な城。高い城壁に囲まれ、厳しい警備が見張っている。
ここはどこだろう。そう思ったところで目が覚めた。
天井は暗く、まだ夜が明けてはいなかった。スマホを見ると、時刻は三時二十三分。
真夜中だった。変な時間に目覚めて損した気分に陥ってると、どこかから音が聞こえてきた。
帰ってきた両親だろうか。耳を澄ませてみると、誰かが窓を叩いている。
でもここは二階だった。家の構造上、二階の窓に誰かが登ってくるのは不可能だ。じゃあ風の音か? いや、幽霊か? そこまで考えてゾッとした。全身が急に寒くなり、研ぎ澄まされたように耳をそばだてる。これはいったい何の音だ?
「リュウト」
急に声がした。聞き覚えのない声だった。幻聴だろうか。僕はまだ夢を見続けているんだろうか。
部屋の窓が勝手に開いた。そして知らない男が姿を見せた。
まるで中世のヨーロッパにいる騎士のような風体の青年が、ふわりと室内に降り立ち、何かを喋っている。
でも聞こえなかった。何を言っているのかさっぱりわからなくて、怖くなった僕は強く目をつぶった。
そのままいつしか寝落ちたようで、次に目が覚めた時には夜が明けていた。慌てて起き上がったけど、窓は開いていなかったし、騎士のような男もいなかった。
夢か……。
ようやく僕は納得し、ホッと胸を撫でおろした。この一晩の間に、すっかり疲れきってしまった。
リュウト、と彼は呼んだ。僕の名前は流都(りゅうと)だ。彼は僕を呼んだのだろうか。
考えるそばから打ち消した。あれは夢だ。ただの夢だ。忘れよう。
END