悠久の大陸 6

(掲載日:2017年02月23日)

 ロングソードを構え、じっと泥のボスモンスターを見据えた。体長は人間よりも少し大きい。緩慢な動きでじわじわと近づいてくる。ナツキは必死で剣を振り下ろした。
 手応えはあった。しかし、まるで粘土を斬ったような感触で、泥の中に剣が一瞬食い込んだだけだった。たいしてダメージを与えられていない。とどめを刺すなんて無理なのではないか。怖気づく気持ちで全身がすくみ、血の気が引いて寒くなってくる。身体が思うように動かない。冷や汗ばかりが吹き出してくる。
 泥のボスモンスターが腕を振り上げた。思い切りナツキに直撃する。あっけないほど簡単に吹っ飛ばされた。
「……っ!」
 全身に激痛が走る。今までずっと弱いモンスターとしか戦ってこなかったので、こんな痛みは初めてだった。ナツキはこれまで無難な戦いしかしてこなかった。果敢に強いモンスターに挑んだことなどなかった。
 脳波で感じているだけのデジタルデータでしかないのに、痛みはまるで本物だ。ガクガクと全身が震える。起き上がるのもままならない。
 そんなナツキをリュウトが眺めていた。まるで他人事のような顔で。
「無理?」
「……無理」
 ナツキは今にも泣きそうだった。自分のレベルに見合わない敵だったのだ。戦うなんて無理だった。
「ほんとはナツキが戦って倒さないと意味ないんだ。俺が戦うと、強すぎるからうっかり倒してしまう。それじゃダメなんだ。ナツキがとどめを刺さないと」
「だ……って、戦えない。俺にはまだ無理だよ。もっとレベルもスキルも上げないと」
 はらはらとナツキの目から涙の粒が落ちる。嗚咽が抑えられない。
 リュウトが困った顔つきになった。
「……いや、泣くなよ。……かわいいと思っちゃうじゃねぇか……」
「え?」
「いや、なんでもない。じゃあ、俺が弱い武器で奴のHPを削るから、最後のとどめだけ刺して」
「う、うん……」
 リュウトが武器を持ち替えた。木の棒だった。まさかの初期装備に驚いて、ナツキの目が丸くなる。
「俺についてきて。すぐ倒せるから」
「わかった」
 ふわっとリュウトが足を踏み出す。ナツキは必死でついて行った。リュウトが木の棒を振りかざす。モンスターに当たった。獣のような咆哮が辺りに響く。
「今だっ!」
 リュウトに促されるがままに、ナツキは剣を振り上げた。モンスターに当たる。大きな身体が身をよじり、たちまち霧散した。金貨とアイテムを落とし、消えていく。
 大量の経験値が入った。ナツキのレベルがたちまち十九になる。
 大きく息をついたナツキは、その場にくずおれた。手足がガクガクと震える。剣を持つ手に力が入らない。息が切れ、浅く短い呼吸を繰り返す。全身に汗がにじんだ。
 ふわっとナツキの髪にリュウトの手が触れた。よしよしと優しく撫でられる。
「よくやった」
 ぶわっと涙腺が緩んだ。ぼろぼろと涙の粒が溢れ出し、自分では制御することができなくなる。よくわからない混乱した感情でぐちゃぐちゃになり、ナツキはいつまでも泣いていた。その間、リュウトはずっとナツキの髪を撫でていて、涙がおさまるのを待ってくれていた。
 コントローラーを握ってゲームの画面を眺めているのとは、まるで違う。あまりにもこの世界はリアルすぎた。倒したモンスターは消えてなくなるが、斬った感触もダメージを受ける感覚もすべて本物と変わらない。
「ほら」
 リュウトが目の前でしゃがんだ。座り込んでいるナツキに視線を合わせるためだった。ナツキの左手を取り、端末のパネルを開く。自分以外の人にも開けることに、ナツキは驚いた。パーティを組んでいるせいだろうか。
「これ」
 リュウトはアイテム一覧を見せてきた。新しく増えたアイテムは一番上に表示される。そこに見慣れないアイテムがあった。通行証のような形をしている。
「これがアダルトゾーンに行けるようになるためのアイテム。使わなくても持ってるだけで効果あるから。これでナツキはいつでも行きたい時に裏側へ行ける。表でゲームしたければ表で、裏でゲームしたければ裏で、今後好きな場所でゲームすることができるようになる。ナツキにはちょっと強い敵でつらかったかもしれないけど、レベルもあがったし、お金も増えたし、これからはもう少し楽に戦えるようになると思うから」
「……リュウト」
「ん?」
「リュウトは平気なの……?」
「なにが?」
「戦うの。俺、怖くなった。無我夢中でやったけど、震えが止まらないし、まだすごくドキドキしてる。吹っ飛ばされた時の痛みもまだ残ってる」
「じきに慣れるから」
 リュウトが安心させるようにそっと微笑んだ。
「リアルな戦いが無理でやめてしまう人もいるにはいるけど、ゲーム続ける人のほうが多いし。ごめん、俺が無茶させたから。普通はこんな無茶なことしないから。俺が急かせてやらせちゃっただけだから」
 リュウトは自分の端末を探り、アイテムを取り出した。回復アイテムのポーションだった。渡されたナツキは、そっと口をつけて飲み干す。
 減っていたHPが回復し、痛みも消えた。細かい傷も消える。
 ナツキはほぅと息をつき、目元を拭った。
「アダルトゾーンに入るのが、こんなに大変だとは思ってなかった。自分の下心を呪いたい」
「はははっ」
 リュウトに笑われた。
「入るためには条件があるって言ったけど、一番重要なのは本人の力でクリアすることだったんだ。だからボスモンスターもナツキが倒さないと意味なかった。その前のパズルもナツキがやることで、誰が通行証を求めているのか登録するという意味のものだった。入口で俺が出した勲章のようなアイテムは、初心者ダンジョンを違うダンジョンに変更するためのものだった。あれがあれば、どのダンジョンでもアダルトゾーン行きのダンジョンへと変えることができる」
「じゃあ、入口が毎日変わるっていうのは……?」
「他にも入口があるにはある。勲章アイテムを持ってなくても入れる入口がね。でもこのアイテムさえあれば、どのダンジョンでも入口にすることができる。入口に辿り着くための面倒な行動がショートカットできるんだ。ただ、これは誰にでも持てるアイテムじゃない。レベル百を越えて、あるクエストをクリアしないともらえない」
「なるほど……」
 ナツキはどっと疲れた。回復ポーションで元気になったはずなのだが、気持ちがすっかり疲れている。
 そんなナツキの腕をつかみ、リュウトが促してきた。
「向こうが出口だ。あの先にアダルトゾーンがある。一見、全年齢ゾーンとそんなに変わらないから、同じに世界に見えるけどね」
 疲れていたが、しぶしぶナツキは立ち上がった。いつまでも洞窟の中にはいたくない。リュウトに腕を引かれるまま歩き出す。
 洞窟の中に一点光る床があった。これに乗ると洞窟の外にワープする。
 ブンッと風を切るような音がして、二人は一瞬で外に出た。
 外は夜だった。このゲームには朝も昼も夕方も夜もある。リアルに近いが、時間の流れはゲーム内独自のものだ。
 空には降るような満天の星が散りばめられ、辺りには鬱蒼と茂る木々が生えている。どうやら入って来た時とは違うところから出てきたようだった。村の端ではなさそうだ。
「……ここは?」
「触手の森だな。いきなりここに着くとはハードだな」
「……触手の森?」
「アダルトゾーンではスタートの村の近くにこの森がある。出て来るモンスターはそれほど強くない。ただ」
「ただ?」
「つかまったら大変なことになる」
「え?」
 ナツキの足元に、何かの蔓のようなものが近づいてきた。ゆっくりと地面を這い、忍び寄って来る。
 いきなりぐるぐるとナツキの足首に巻きつき、グンッと引っ張った。
「うわっ!」
「ナツキ?」
「うわあああああああっ」
 いきなり地面の上で引きずられた。すごい勢いでどこかに引っ張られて行く。ぶわっと全身が宙に浮き、身体が逆さまになった。吊るされている。
「な、な、な……」
 リュウトが慌てた様子で追ってきた。ナツキが視線を向けると、遥か下のほうにいる。ぞくっと震えた。ここから落とされたら死んでしまう。
「う……」
 足首に巻きついている蔓とは別の蔓が、ナツキの足を這い進んできた。蔓は何本もあるようで、腕にも胴体にも巻きついてきた。足を大きく開かされる。
「えっ、嘘……っ」
 ビリビリと布を破る音が聞こえてきた。ズボンと下着を破る音だった。狙い済ましたように尻の辺りを破られ、蔓がねっとりと這い進んできた。気持ち悪い。ぞぞぞと背筋が泡立つ。
 ぴとっと蔓の先端がナツキの剥き出しにされた尻に当たった。先端が妙に膨らんでいる。そして独特の匂いを放つ粘液を分泌していた。
「……まさか……」
 焦りながらナツキはもがいたが、複数の蔓にがっちりと固定されて身動きができない。左右に開かれた足の間に三本の細い蔓が近づいてきて、双丘の下の小さな窪みを狙おうとしている。ナツキからは見えないので、不安と焦りばかりが先立ち、このまま自分はどうなってしまうのかと泣きそうだった。
「助けて、リュウト……っ」
 必死で手を伸ばすが、リュウトは遥か下の地面にいる。遠い。あまりにも遠い。諦めの気持ちがナツキに宿る。ぬるりとした感触が尻を這った。垂らされた粘液で尻がべたべたになっていく。
「んっ、くっ」
 一本の細い蔓が、ナツキの窄まりに進入してきた。ぬるぬるとした粘液のせいで痛くはない。とにかく気持ちが悪かった。細い蔓は尻の奥まで進み、緩やかに抜き差しを開始する。
「やっ、あっ」
 宙吊りのまま得体の知れない蔓に犯されている。信じたくない状況に、ナツキは目元に涙を溢れさせ、地面の上に立つ遠くのリュウトを見つめた。助けて欲しいのに彼はそこから動いてくれない。様子を見ているような素振りに腹が立った。

つづく