悠久の大陸 5

(掲載日:2017年02月14日)

 リュウトが口を開いた。ナツキはじっと彼を見つめて話を聞く。
「こっちの全年齢の世界と、裏側のアダルトゾーンは表裏一体なんだ。見た目はほとんど変わらない。だけど違う。向こう側でも同じクエスト同じモンスターが出てきて普通にクリアできる。でもこっちにはないクエストやモンスターもいるし、こっちにはないスキルがある」
「たとえば?」
「残念ながら、こっちでは言えない。表と裏は違うサーバーで運営されてるんだ。向こうでは普通に言える言葉が、こっちではNGワードとして登録されてる。言おうとするとピー音が入るようになってる」
「ピー音?」
「だから、ピー、ピー、ピーが、ピーで、ピー」
「……理解した」
「言いたくても言えないんだ。優秀なコンピュータだろ? 表のサーバーと裏のサーバーは自由に行き来できる。でも誰でも行けるわけじゃない。向こう側に行くためにはある条件を満たさないといけない。間違って紛れ込む人が現れないように厳重になってる」
「へえ」
 ナツキはふと疑問に思い、口にした。
「もしフレンド登録やパーティを組んでる人がアダルトゾーンにいて、さっきみたいに呼んだら誰でも行けたりしないんですか?」
「そう思うだろ? それがそうはいかないんだ。騙して裏に連れて行ったりしないように、できないようになってる。まあ、ある意味、犯罪防止だよな。やってみればわかるけど、エラーになって忠告メッセージが出る」
「なるほど」
「だから、俺は自由に行き来ができるけど、ナツキは条件をクリアしない限り向こう側に行くことはできないんだ。結構面倒くさいけど、やる?」
「……やって、みようかな」
 好奇心が勝ってしまった。
「直接連れて行くのは無理だけど、サポートはできるんだ。ナツキが向こう側に行くためのサポートは惜しまないよ」
「でも、何をすればいいのか、どこに行けばいいのか、全然わからないんだけど」
「そう。わからないようになってる。ネットで検索すると入口はここだとか、行くための攻略みたいなのがたくさんあるけど、入口は毎日のように変わるから攻略記事はあてにならないんだ。ある程度レベルあげてからじゃないと無理って書いてある記事とかもあるけど、そんなこともない。レベル一でも行こうと思えば行ける」
「でも、毎日入口が変わるのに、どうやって見つけたらいいのか……」
「まず一人じゃ無理だ。すでに向こう側に行ったことある奴がサポートしない限り、行くのなんて不可能だよ。なぜなら、自由に行き来できる人は今日の入口がどこにあるか知ってる」
「えっ、そうなんですか?」
「うん」
 ふふっとリュウトが笑った。
 ナツキは再び疑問が湧いたので質問した。
「でも、そしたらすでに行き来できる人がネットで、今日の入口はここだって書いてたら大勢の人に知れ渡るんじゃ?」
「それが、そんな簡単なことでもないんだよ。入口に行くまでにクリアしないといけないことがたくさんあって、それらも毎日内容が変化するから」
「……入り組んでるんですね……」
「安易に入れないっていうのは大事なんだ。このゲームを長く運営し続けるには。誰でも簡単に入れるようになると、犯罪も増えてしまうし」
「なるほど」
 ナツキはさらに疑問が湧いたので質問してみた。
「じゃあ、アカウントの売買をされた場合は? アダルトゾーンに行ったことあるアカウントを売って、買った人が入れるようになる、みたいな」
「それも無理だよ。最初にゲームをスタートした時に脳波とアカウントが紐付けされて、すべてサーバーに記録されてる。売買して違う人間がアクセスしても、新規でキャラクターを作るところから始まって、購入したキャラクターではゲームを始めることができない。ちなみに家族が同じ機械でゲームした場合も、新規でキャラクターを作成するところから始まる」
「なるほどね」
 思っていた以上に、このゲームは高度なシステムで成り立っているようだった。
「よし、じゃあ行こうか」
 リュウトが言った。ナツキが戸惑う。
「どこに?」
「村の中にある初心者ダンジョン」
「え?」
 ナツキはわけがわからぬまま、リュウトの後を追った。

 村の西側の一番奥に、初心者ダンジョンはあった。ナツキもこれまで何度も入ったダンジョンだ。見た目は洞窟なのだが、中に入ると迷路のようになっている。初心者ダンジョンなので、あまり入り組んでいないが、ランダムで毎回迷路の形が変わるようになっている。
 リュウトが左手首の端末を操作してパネルを開き、アイテムを取り出した。見たことのないアイテムだった。ちょうど手のひらに収まるサイズで、勲章のような形をしている。
「それは?」
「秘密兵器」
 ニヤッとリュウトが笑った。
 リュウトが勲章を洞窟に向けてかざすと、まばゆい光が二人を覆った。
「行くぞ」
 リュウトがさっさと歩きだす。ナツキは慌てて後を追った。
 洞窟の中はダンジョンになっていて、うっすらと明るい。そこはやはりゲームなので、本物の洞窟とはだいぶ違う。
 ごつごつした岩肌の壁面には灯りが取りつけられており、炎が揺らめいているが、永久に消えない仕様だ。通常なら洞窟内でこれだけ炎が燃えていれば、酸素の心配をしなければならないが、そこもゲームなので心配は不要だ。
「そうだ。パーティを組もう、ナツキ。その方が効率がいい」
「パーティ?」
「今のままモンスターと戦うと、経験値が別々に入る。パーティを組んでいると、経験値が二人同時に入る。きっと、ほとんど俺が倒してしまうだろうから、そうなるとナツキに全然経験値が入らなくなるから、パーティを組んだほうがいいんだ」
 ナツキは少しためらったが、しぶしぶパーティを組むことにした。ナツキが何もしなくても、リュウトがモンスターを倒すだけで自動的にナツキにも経験値が入る。それは非常に楽にレベルアップできるということなのだが、ゲームとしての面白味が半減してしまうという話でもあるのだ。
「向こうに着くまでの間だけなら」
 という条件でパーティを組んだ。
 ザワッと空気が変わった。モンスターの存在を感じる。
「グワアッ」
 奥から泥のバケモノのようなモンスターが現れた。人の形をしているが、まるでゾンビのような動きで、手や顔から泥が滴り落ちている。目と思われる辺りには黒い空洞しかなく、薄気味悪さばかりが漂っている。
 つかもうとするかのように手を伸ばしてくる。リュウトの剣が閃いた。
 ザンッ!
 一瞬だった。泥のモンスターはあっという間に霧散し、アイテムや金貨をドロップする。パーティを組んでいるせいか、同じアイテムがナツキの元にも入ってきた。
 泥のモンスターは他にもいた。洞窟の奥から次々に姿を現す。ためらいのないリュウトの剣がしなやかに舞い、軽やかな足取りで地を蹴って踏み出していく。
 ザンッザンッザンッ!
 次々に斬っていく。鮮やかな早さだった。まるで舞うように戦うその姿は美しく、ナツキはしばし見惚れていた。
「やっぱり弱いな」
 泥のモンスターを倒し終えたリュウトが小さくつぶやいた。
「行くぞ、ナツキ」
「あ、うん」
 走るリュウトを慌てて負った。
 その後もモンスターは次々現れ、あっさりとリュウトに斬られていく。
 やがて突き当たりに到着した。そこは小さな部屋で、祭壇のようなものがある。
 祭壇には暗号のような異国の文字と、パズルのような枠と、無造作に散らばる石があった。どうやら枠に石をはめて完成させろということらしい。
「これは俺は触れない。ナツキが完成させてくれ」
「うん、わかった」
 暗号のような異国の文字に触れると、日本語に翻訳された文章が空中に浮かびあがった。
『正しい位置にはめて完成させよ』
 それほど難しいもののようには思えなかった。枠は全部で十個。石は全部で十一個。ひとつ多い。
 紛らわしい形の石もあったが、ナツキは失敗することなく石を枠にはめ終えた。ピロロロンと音が鳴り、ガガガガガガガと祭壇が動く。
 階段が現れた。
「行こう」
 リュウトが言った。ナツキもうなずく。
 階段を下りた先にも洞窟が迷路のように広がっていた。うっすらと明るいのも変わらない。先を歩くリュウトに必死でついていき、次々に現れるモンスターを鮮やかに倒していく、彼の姿を目に焼きつける。
 ナツキの出番はまったくなかった。まばたきしている間にリュウトが全部倒してしまう。
 そして経験値がどんどんナツキにも加算され、驚く早さでレベルアップしていく。めまぐるしかった。
 何もしていないのに、気づけばレベルが十五になっている。
 突き当たりに着いた。今度は先程とは様相が違う。ものものしい、重苦しい空気が漂っている。
 小部屋に入ると、祭壇の上で、初めて見る大きなモンスターが待っていた。泥のモンスターたちのボスのようだった。
 ナツキは息を飲み、怖気づいた。
「とどめはナツキが刺せよ」
 リュウトが言った。
 ごくりとナツキの喉が鳴る。
「わ……わかった……」
 ゴゴゴゴと地鳴りのような音を立てながら、モンスターがゆっくりと動く。ロックオンされたことに、ナツキは気づいた。
「こ、怖い……っ」
「大丈夫。俺がついてる」
 リュウトの声が心強かった。ナツキは唇を噛み締め、気を引き締めた。

つづく