悠久の大陸 4

(掲載日:2017年02月13日)

 よろず屋の店員は中年男性の姿をしたNPCで、やはりプログラム通りの受け答えしかしない。なので余計な雑談もしない。カウンターでじっとしている彼を尻目に、ナツキは商品を眺める。
 布の服よりも防御力がアップするのは革の服だった。金額も百五十ロンと安く、今のナツキなら買える。同時に新しい靴も欲しかった。革の靴は百二十ロンで、やはり買えそうだ。その他にも毒消し草などの道具も欲しかった。アイテム所持枠は、レベル五になった今では二十五枠あるが、モンスターを倒した際に拾ったアイテムですでにいっぱいになっていた。二十四個の枠が埋まっていて、あと一枠しか空いていない。
 初期に登場する大型ネズミと、それよりちょっと強い大型リスからランダムでドロップされたアイテムは、ほとんどチーズやナッツだった。チーズは食べると戦闘で減ったHPが少し回復し、ナッツを食べると一定時間だけ力が+1強くなる。
 初期モンスターが弱かったこともあり、ナツキはこれらのアイテムをほとんど使っていない。アイテム枠を空けるために一掃しようと思い、売ってしまうことにした。
 しかし、チーズは1ロン、ナッツは2ロンでしか売れない。
 なかなかお金が貯まらずじれったいのも、RPGにはよくあることだ。
 とりあえずナツキは邪魔なチーズとナッツをすべて売り、革の服と革の靴を買って防具を入れ替えた。便利なもので、わざわざ着替えなくても、左手首の端末を開いてパネルを操作するだけで、一瞬で服が入れ替わる。
 不要になった布の服と布の靴を売り、今度は武器を眺めた。短剣よりも攻撃力があがるロングソードは二百三十ロンだった。よし、買える。
 短剣を売りロングソードを購入した。装備が整うと気分も変わり、残る金で毒消し草をふたつ買った。
 少し強くなると新しいモンスターと戦いたくなるものだ。
 ナツキはサブクエストに手を出すのをやめ、ストーリークエストに踏み込むことに決めた。
 ストーリークエストは原作小説の内容に沿っている。ゲーム用に多少のアレンジは入っているが、だいたい同じだ。プレイヤーは登場人物の誰かになるのではなく、彼らの物語を追う傍観者としてストーリーに参加する。
 ストーリークエストの名の通り、ストーリーを追うことがメインだ。戦闘もあるにはあるが、サブクエストをこなしている時ほど多いわけではない。なのでストーリークエストをある程度進めたところで、急に行き詰った。モンスターが強くて先に進めないのだ。
 となると、ストーリークエストを進めつつ、サブクエストをこなしていき、地道にモンスターと戦っていくしかない。
 ナツキの行動範囲はまだ村とその周辺のみだった。村の外には洞窟などのダンジョンがあるのだが、そこはまだモンスターが強すぎて行けない。村の中にも初心者用のダンジョンがあり、ナツキはほぼそこの出入りを繰り返しているだけだった。
 この頃になると、ナツキのレベルは十になっていた。初めのうちはレベルがあがるのも早い。だが、モンスターと戦ってばかりでは飽きるので、少し寄り道をすることにした。
 技術スキルを上げるため、料理をしてみたり、裁縫をしてみたり、農作業をしてみたり、楽器を練習してみたり、発掘をしてみたり、商売をしてみたり、植物を採取してステータス回復のさまざまなポーションを作ってみたり、金塊を掘ってみたり、金属から武器や防具を作ってみたり、アイテム作成をしてみたり、あらゆるスキルのレベル一の段階のものだけ一通りかじったが、最終的に落ち着いたのは村の中にある釣り堀での釣りだった。
 釣った魚は売り買いすることもできる。実際に店舗を持つのではなく、左手首の端末からデータ上だけに存在する架空の店を作り、そこにアイテムを登録して値段をつけて出品するのだ。買いたい人は自分の端末から大量の店にアクセスして、欲しい商品をリーズナブルな価格、あるいは高級なレアアイテムを大金をはたいて購入する。
 とはいえそれらはゲーム内通貨のロンだけでやりとりをしているので、現実のお金が動くわけではない。
 ナツキはちょっと試しに作ってみたアイテムを登録してみたが、ゲーム初期の頃に作れるものはすべてのプレイヤーが作れるものでもあるので、当然ながら売れるわけがなかった。ただ、魚介類は料理スキルに使う人がいるのか、意外と売れる。
 最終的に釣りにはまったのは売れるせいもあるのだが、釣りゲーム自体も面白かった。やはりそこはゲームなので、いつまでも釣れずに待ちぼうけになるようなこともなく、一定時間以上が経過すると必ず何かが引っかかるのだが、もっと高級な魚を釣りたかったら、釣り竿も高級なものを買う必要がある。課金すれば買えないこともないのだが、ナツキはそこまでしなかった。初心者用の安い釣り竿でも楽しいので、今はこれで満足だ。
 だが、これらアイテムには耐久力というものがあり、使いすぎると最終的には壊れるようになっている。壊れたら修理に出すこともできるのだが、それが結構高い。
 釣った魚をすべて売りさばいたが、初級レベルで釣れる魚なんてたかが知れている。思っていたよりもロンは増えておらず、高い武器や防具は買えそうになかった。これならモンスターと地道に戦ったほうが、よっぽどロンが増える。
 しかし釣りスキルはあがった。もっとスキルの数値をあげるには、膨大な時間をかける必要があるのだが、さんざん釣りをして気が済んだナツキは次のことをしようと思った。
 アイテム所持枠がまだ三十枠ぐらいしかないので、すぐにいっぱいになってしまうのが軽いストレスになっていた。
 課金……。脳裏によぎった。二千円ほど出せば、アイテム所持枠があと二十枠は増やせられる。二千円なら出せない金額ではない。
 だが、まだ当分は課金なんてしないだろうと思っていたナツキは、クレジットカードを登録していなかった。それをするためには、一回ゲームを中断して現実世界に戻らなくてはならない。
「うーん。しょうがないか」
 ナツキは観念してゲームを中断した。
 セーブは自動セーブなので何も操作はいらない。左手首の端末を操作してパネルを開き『ゲームを終了する』を選べばいいだけだ。たとえば家族に起こされ強引に中断されるなどの強制終了でも、それまでの記録は自動的にセーブされる。安全設計なのだ。

 ふっと目を覚ました那月は、しばらく変な気分が抜けなかった。ずっと普通に行動していたはずなのに、久しぶりに動いたような感覚。脳だけが働いて、実際には手足を動かしていなかったからだろうか。ほんの数時間なのに、こんな風になるとは思っていなかった。
 のろのろと立ち上がり、那月はノートパソコンのほうへと向かった。クレジットカードを登録するためにはスマートフォンやパソコンなどの違う機械で、公式サイトにアクセスしてユーザー登録をしなければならない。
 そのユーザー登録とゲーム内のキャラクターを紐付けして、ゲーム内でいつでもクレジットカードで課金できるようになるのだ。課金しすぎてしまうおそれがあるので、非常に危険でもある。
 那月はユーザー登録を終えてゲームとの紐付けも完了させると、一度トイレに行き、部屋に戻ってペットボトルのお茶を口に含み、少し空腹だなと思いながらもベッドに横たわってヘッドセットを装着した。

 目の前に広がるのはゲームを終了させる前に見た光景だった。
「よし」
 ナツキは左手首の端末のパネルを開くと、早速二千円分を投入した。これでアイテム所持枠が五十枠になった。だいぶ快適だが、またじきに足りなくなるのだろう。
 ガーディアンが閉じ込められた聖石は、まだひとつしか持っていない。チュートリアルクエストが終わった後で、サービスで一回ガチャが引けるようになっているので、そこでひとつだけ手に入れた。回復系の聖石で、ずっと身につけていると少しずつHPが回復するようになっていた。微々たる回復なので、初期のレベルが低い頃にしか使えない。
 せっかく課金できるようになったので、ちょっとガチャを回してみることにした。
 その時、左手首の端末が点滅した。パネルを開くと、メッセージが浮かび上がる。
『今なにしてる?』
 リュウトだった。ナツキは内心で面倒くさいなと思いながらも、しぶしぶ返事の文章を入力した。
『ガチャ回そうとしてるとこ』
『もしかして課金したの?』
『うん』
『マジかw』
 それから少し置いて、再びメッセージが来た。
『これからそっち行きたいんだけど、行っていい?』
「えっ……」
 ナツキは眉根を寄せた。マイペースに楽しんでいるのに、邪魔されたくなかった。
 だが、邪険にもできなくて、しぶしぶ入力する。
『いいよ』
『よし、じゃあ、そっち呼んで』
 フレンド登録したからと言って、向こうから勝手にこちらに来ることはできない。遠くにいる場合、こちら側からわざわざ呼び寄せなければ、来たくても来ることができないのだ。ようするに両者の合意がなければ瞬間移動はできない。
 「呼ぶ」と書いてあるボタンを押した。「リュウトさんを呼びますか?」「YES」「NO」と表示されたので「YES」を押した。
 シュンッと空気を裂くような軽い音が鳴り、もう目の前にはリュウトがいた。
「久しぶり」
「それほど久しぶりじゃないですよ?」
 あまり歓迎ムードではないナツキを眺めてから、リュウトは彼の端末を覗き込んだ。
「早いね。もう課金しちゃうんだ? お金持ち?」
「普通です。数千円ぐらいの課金なら平気だし」
「そうか」
 いつまでもナツキの端末を覗き込んでいるので、窮屈な気分になった。眉根を寄せつつ、ガチャを回すためのポイントを得るために二千円ほど投入する。二百ポイント増えた。
 一回の通常ガチャで十ポイント使う。十連ガチャでは百ポイント使う。二百ポイント持っているので、十連ガチャを二回引けるということになる。
 聖石が二十個増えた。HPが上昇する聖石、力がアップする聖石、ダメージ軽減の聖石、などなど様々な能力を持った聖石が手に入り、ナツキは厳選して身につける。すべてを身につけられるわけではなく、全部で五つしか装着できる枠がない。
 どんなモンスターと戦うかに合わせて、適切な聖石に入れ替えて使うのだ。
 身につけるとは言っても、実際に目に見える形で身体にくっついているわけではない。端末のパネルを開くとステータス画面に表示されているだけだ。
「なあ」
 リュウトが声をかけてきた。
「案内したい場所があるんだけど」
「ゲームだったら自分のペースで進めたいって言いましたよね?」
「じゃなくて、この世界の裏側」
「……裏側?」
「そ」
 リュウトの眼差しが意味深にきらめいた。
「ナツキは、この世界にアダルトゾーンがあること知ってる?」
「え……」
 ナツキはギクリとした。ずっと半信半疑で、都市伝説だと思っていたものが、急に現実味を帯びてきたので戸惑った。
「噂程度には……」
「行ってみたい? 俺、行き方知ってるからさ」
「え……」
 ナツキの鼓動が早まった。好奇心がないかと言えば嘘になる。だが、リュウトは本当のことを話しているのだろうか。どこまで信用できるのだろうか。

つづく