悠久の大陸 26

(掲載日:2020年7月3日)

 結局、辰泰の家に泊まった那月は、日曜日の昼間に帰宅した。
 あまりにも眠気が強く、ゲームする元気がない。那月はそのままベッドで昏倒し、気づいた時には夕方になっていた。
 カップラーメンを食べた後、ちょっとだけログインしようと思ってヘッドセットを装着した。仰向けに横たわる。
 宿屋の中だった。前回、ここでログアウトしたのだ。急に思い出した。
 リュウトとスオウとセックス三昧の時間を過ごし、そのままリアルに戻ったのだ。
 ナツキは思い出して赤面した。
「誰も……いないよな?」
 室内を見渡して、ナツキは宿屋を後にした。
 外は夜だった。盛大な星空に向かって手を伸ばし、ナツキは大きく深呼吸をする。満月が美しかった。
 雪平海咲の世界。
 作者の顔なんて知らないほうがよかったのかもしれない。彼は世界のどこかにいる架空の存在でよかったのだ。肉眼で見える距離のリアルにいる彼の顔も声も、あの眼差しも、すべて知らないままのほうがよかったのだ。
「ナツキ」
 リュウトの声がして、ぎくりとした。振り向くと、彼はすぐ傍に立っていた。
「スオウは?」
「まだ会ってない」
 正確には、スオウの中の人と朝まで一緒にいた。だがそれは口にはしない。
「久しぶりだな」
 懐かしそうにリュウトが言う。
「ゲームの中はリアルよりも時の流れが早いから」
「って言ってもまだ、一週間ぐらいしか経ってないよ」
 ナツキが笑うと、リュウトも笑った。内心でホッとする。よかった。怒っていない。
「今日はどうする?」
 リュウトが問いかけてきた。ナツキに選択肢を投げかけるとは珍しい。
 いつもリュウトのやりたいほうへと強制的に持っていくのに。
「ゲームしたい。普通に。戦って強くなりたい」
「そうか」
「今日は俺、ひとりで行動してもいい? ひとりで戦って強くなって、地道に経験値を稼ぎたい」
「わかった」
 今日のリュウトは不思議なほど素直だ。
 久しぶりに会ったのだから、身体を求めてくると思っていた。
「じゃあ、俺も俺で行動する。じゃあな」
「あ、うん……」
 やけにあっさりとしている。ナツキはぽつんとひとり残された。
「よし、じゃあ普通に戦うか」
 端末を開いて見ると、リュウトはすでにログアウトしていた。プライベートが忙しいのだろうか。スオウもいないようだ。
「寝てんのかな、あいつ」
 那月が昏倒するように眠っていたように、辰泰も寝ているのかもしれない。
 ナツキは端末を操作して地図を開いた。ホログラムのように浮かびあがる。
「まだ行ってないところ……まだ行ってないところ……」
 ウラクの町を出て道沿いに進むと、グランデルクの城がある。ここはまだ一度も足を踏み入れていなかった。噂によると廃墟の城らしい。ひとりで行くのは無謀かもしれない。そう思いつつも、行ってみることにした。
 回復系のアイテムを買い揃え、武器も新調した。
 馬などの乗り物を買うと進むのが楽になるので、とりあえず一番安い馬を買ってみる。八百円。乗り物が大型化したり、速くなったりするほど高価になる。ゲーム内通貨では買えない。八百円ぐらいから始まり、高価なものだと二千円以上まである。
 本当はそろそろ新しい町にも行きたい。ウラクの町は、初心者の村でスタートしてから二番目の町なので、いつまでもここにはいたくなかった。レベルは多少あがっているのに、これでは全然ゲームが進んでいないみたいではないか。
 ウラクの町の外に出ると、乗り物アイテムとしてしまっておいた馬を端末から取り出す。大きな茶毛の馬が、ヒヒヒヒーンといなないて地面に降り立った。じっとしてナツキが乗るのを待っている。
 馬の乗り方など知らないが、そこはやはりゲームなので問題なかった。身体が勝手にスムーズに動き、馬の背中にすんなり乗る。ただ、問題はここからだった。
「……あっ」
 性感のステータスが高いせいで、感じてしまう。
 馬が数歩歩き、ナツキの尻が軽くバウンドする。
「……あっ、あっ……」
 耐えるように手綱をつかんだ。
 走り出したらどうなってしまうのだろう。
(だから、数値あげすぎなんだよ)
 怒りはリュウトとスオウに向かう。
 性感のステータスを下げるアイテムがあったら今すぐ買いたかった。
 馬が走り出す。ナツキの尻が浮いては落ちる。馬の背中に尻が当たるたびに、ナツキはびくびくとした。
「あっ、あぁっ……はぁっ……あっ」
 馬から落ちないようにするだけで精一杯だった。
 乗り物に乗るとモンスターには遭遇しない仕様になっている。ナツキはなんとかグランデルクの城に到着し、紅潮した頬ではあはあと呼吸を乱しながら、馬から降りた。
「……盲点だった」
 馬の背中にこんなに感じてしまうとは。
 馬をアイテム欄に戻し、ナツキは呼吸を整える。頭はまだ朦朧として変だったが、ナツキはここに戦いにきたのだ。性感帯を刺激しにきたわけではない。
 グランデルクの城は門扉と高い塀に囲まれていた。
 空は薄暗く、鬱蒼としている。おどろおどろしい。そんな言葉が似合う。
 門扉はあっさりと開いた。だが、すぐにモンスターが現れる。人の形をしていた。ゴースト系やゾンビ系のモンスターが多い場所のようだ。
「これは……なかなかの気持ち悪さだぞ」
 ナツキは剣を構えた。
 ゴースト一体、ゾンビ一体という組み合わせで二体いる。容赦なく襲いかかってきた。ナツキは剣を振り上げる。ザンッと音が鳴った。赤い数字が跳ねる。モンスターがダメージを受けた数値だった。ダメージを追うと赤い数字、回復すると緑色の数字が跳ねる仕様になっている。
 モンスターが攻撃してきた。身体のどこかを引っかかれる。
「いてっ」
 ダメージを受けると実際に痛い。体感ゲームとしてはリアルだが、できれば痛い思いなどしたくなかった。設定で痛みだけ切ることはできないのだろうか。
「くそっ」
 剣を振り上げた。もっとうまく攻撃を避けられるようにならなくてはいけない。スオウのように。リュウトのように。
 剣が勢いよくモンスターを突き刺した。ゴーストが霧散する。すぐに身を翻し、ゾンビも突き刺した。ゾンビも霧散する。
 足元に残ったのは、ドロップアイテムと少量の金貨だ。
「……ふう」
 ナツキは額の汗を拭った。まだまだだ。まだ戦い慣れていない。
「よし、行くぞ」
 グランデルクの城のまだ入り口だ。門扉を開けただけにすぎない。この時点で疲れているようでは、先が思いやられる。
 しかし、数歩歩いただけで新しいモンスターが現れる。経験値は増えるが、全然進めない。
 何体か倒した頃、ようやく城の入り口に着いた。
 大きな扉だった。重厚そうだ。ところどころ錆びている。蔦が伸びて絡みついている。
 取っ手を握った。ギギギギギギギギと重たくて嫌な音がする。重くてなかなか開かない。
 中は真っ暗だった。ナツキは何か明かり系のアイテムがないか探したが、どうやら買い忘れてきたらしい。魔法もまだ覚えていない。
 初心者ダンジョンでは、真っ暗にはならずに薄明かりだったのに。
「……マジかよ」
 断念しそうになったが、ふと視界に何かが入った。開けた扉のすぐ傍に、額に装着するタイプの懐中電灯アイテムが取り付けられてあった。
「あ、これか」
 ナツキはすぐさまゲットし、額に取り付けた。部屋がいくらか明るくなる。しかし狭い範囲だ。
 たいまつでもランプでもなく、懐中電灯というところがゲームっぽい。世界観を破壊しているような気もしたが、便利だからいいのだろう。おそらく、初心者でも動きやすいようにしてくれているのかもしれない。たいまつもランプも片手がふさがってしまうから。
 中に足を踏み入れてすぐにモンスターが現れた。エンカウント率が高い。城に入ってから城を出るまでに、相当経験値があがりそうだ。
「くっ」
 ナツキは必死で戦った。倒せるということは、ナツキのレベルでも進める場所だということだ。道を進んだ先で城内の地図が手に入り、アイテムもいくつか拾っていく。
 城内をどんどん進んで行くと、とある部屋に着いた。中は明るかった。ナツキは瞬時に戸惑う。
 見ると、部屋の片隅に大量のクリスタルが重なり合っているオブジェが飾ってあった。発光している。おそらくこれの明かりなのだろう。
「なんだ……この部屋」
 ナツキはクリスタルのオブジェに手を伸ばした。パアアッと目の前が輝き、なにか音が鳴る。どうやらナツキはアイテムをゲットしたようだった。
「……これは……」
 素材アイテムだった。クリスタルで武器や防具を作れるということだ。ナツキは拾える限り、クリスタルを拾った。オブジェの形に変化はないが、ここから相当な量のクリスタルをゲットできた。
「まだやってないこと、たくさんあるんだよな。合成とか製造
か。魔法だってまだ使えないし。戦闘系のスキルだって」
 リュウトどころかスオウにすら追いつけていない。ナツキは地道に経験値をためようと心に誓った。
 ナツキが帰ろうと思ってクリスタルのオブジェに背中を向けた時だった、カチリと音がして、ゴゴゴゴゴと音が鳴った。
「……なんだ?」
 クリスタルのオブジェの裏側に、通路へと続く入り口が現れた。ナツキは少し迷ってから、近づいていく。警戒しつつ、足を踏み入れた。
 そこは螺旋階段になっていた。モンスターが発生しない場所なのか、エンカウントしない。どこまでも続いている様子だが、暗くて先がよく見えない。ナツキがわかるのは自分の周辺だけだ。
 ナツキはどんどん下りてみた。螺旋階段はどこまでも続く。下の方に何かぼんやりと発光しているものがいた。動いている。よく見ると、モンスターのようだった。
(ラスボス……?)
 そうとしか思えない。とても大きい。ナツキの二倍の大きさだ。ぞっとした。あんなに大きなモンスターと戦えるのだろうか。人でも動物でもないそれは、毒々しい植物のようだった。城の地下に生えている巨大植物。
(一人でも倒せるようにならなきゃ)
 ナツキは意を決した。このままではいつまで経ってもお荷物だ。二人に守られているだけの存在でいるのは嫌だった。彼らはナツキを甘やかしすぎる。
 螺旋階段を下りきると、エンカウントした。ボスモンスターがこちらを向いたような気がする。植物なので顔がない。頭の位置には巨大な蕾がついている。花が咲く前のような状態だ。蕾の下には棘のついた茎があり、ギザギザした大きな葉っぱがついていた。足元には根っこらしきものがうようよと動いている。不気味だった。
 その形状に、ちらりと嫌な予感がした。脳裏によぎったのは、初めてアダルト空間に足を踏み入れた時に出会った触手の森。根っこの形状が否応なくそれを思い出させる。ナツキは怖じ気づいた。

つづく