悠久の大陸 25

(掲載日:2020年6月5日)

 辰泰からスマートフォンにメッセージが届いたのは木曜日の夜だった。
 雪平海咲のトークイベントの日時は土曜日の夕方で、都心にある千五百人ほどの人数が入れる会場で行われるらしい。小規模なのか大規模なのか那月にはよくわからなかったが、千五百人は結構な人数のようにも思えた。
 座って行われる対談形式で、雪平海咲と話す相手は、悠久の大陸のゲーム開発をしたプロデューサーの吉崎時也(よしざき・ときや)。
 雪平海咲が年齢も性別も非公開にしていた影響で、注目度が高いイベントのようだ。入場料は千五百人という人数に合わせるかのように千五百円で、すでに完売しているらしい。チケットはすべて電子チケットで、手持ちのスマートフォンにQRコードにアクセスできるメールが送られてくる。
 コネがきくらしいリュウトは、そのQRコードにアクセスできるメールを辰泰に送ってくれたようで、辰泰経由で那月にも送られてきた。
「リュウトとスオウで連絡先を交換したってこと……?」
 あの二人がそこまで仲良くなるとは思っていなかったので、那月は驚いた。
 リュウトは直接ナツキと連絡先を交換したかったようなのだが、一向にゲーム内にログインしてこないので諦めたのだそうだ。
 スオウが実は……と切り出し、ナツキの連絡先を知っていると告げると、リュウトはものすごく驚いていたらしい。元から知り合いということは伏せて、無理矢理聞き出したことにしたそうだ。
「なんでそんなに隠したがるんだろう?」
 実は知り合いでした、でも問題はないような気がしているのだが、いったい何が不都合なのだろう。
 リュウトのコネでイベントに参加することになったが、リュウト本人はその日、用事があるので行けないらしい。リュウトの本体には会えないということだ。
 とにかく雪平海咲のトークイベントには行けるようになったので、那月は土曜日が来るのをウキウキと待った。当日の昼は辰泰と待ち合わせる約束をした。

 土曜日がきた。朝から快晴で気持ちのいい日だった。
 はやる気持ちを抑えて、那月は辰泰と約束した時間をひたすら待った。
 男同士なのにデート気分になるのもおかしいなと思いながらも、服装や身だしなみを妙に気にしてしまう。普段しょっちゅう会っているのだから、今さら気にしてみてもと自分自身にツッコミを入れて苦笑した。
 一緒に食事をしてからイベント会場に行こうという約束なので、待ち合わせ場所へと向かう。駅前の案内板の前には、辰泰がすでにいた。
「おまえ来るの早いな。待ち合わせ時間までまだ十五分もあるぞ」
「俺にとってはデートだから」
 臆面もなくそう言い放つ辰泰に、那月のほうが照れてしまう。
 改札を抜け、並んでホームに立ち、電車が到着すると並んで座席に座った。妙な甘酸っぱさを感じるのは何故だろう。
 乗り換えを含めて三十分ほど電車に揺られ、目的の駅に着いた。トークイベントの時間までまだまだある。二人は駅前をぶらりと歩いて飲食店を探した。
 やはり若い男二人なので、がっつり食べたいねということになり、定食屋に入った。
 辰泰は天ぷら定食を頼み、那月は生姜焼き定食を頼んだ。店内はそこそこ混んでいて、会話は筒抜けになりそうなので、あまり会話せずに食べることに専念した。
 食べ終えて一息ついてから店を出る。デートと言いつつもやはり人目が気になるのか、辰泰は手を繋いでくるようなこともなく、至って普通にしていた。
「そろそろ会場に向かおうか」
「うん」
 イベント会場は小規模な劇場で、普段はお笑い芸人のステージや、売れない劇団の舞台が行われているらしい。千五百人という枠に対して数万人の応募があったらしく、どうしてもっと大きな会場で行わなかったのだろうと那月は思った。
 最新のデジタル入場を無事に済ませ、辰泰は飲み物を買いに行き、那月はトイレへと向かった。
 中には若い男がひとりいて、小便器で用を足している。那月は特に意識することなく隣に並び、ズボンの前を開いた。
 一物を引っ張り出し、小便器に向かって黄色い液体を放っていると、ふと視線を感じて横を向いた。
 見知らぬ若い男がじっと那月の股間を見つめている。
「えっ……?」
 ぎょっとした那月が改めてその男を見ると、とても端正な顔をした、まるで芸能人かモデルのような青年だった。見惚れて吸い込まれそうになっていると、一物から溢れていた液体が止まった。那月は慌ててしまう。
「あ、あの……?」
 股間だけではなく、顔もじろじろと見られているので、那月は眉をひそめながら口を開いた。
 すると見知らぬ青年も口を開く。
「失礼。あまりにかわいかったので見てしまいました。忙しいので、これで」
 すっと横切られる。逃げられた。那月は瞬時に思った。
 同じ男のものを見ていったい何が楽しかったのかは不明だが、那月は気持ちを切り替えた。もう二度と会うことはないだろう。気にしないのが一番だ。
 トイレから出て辰泰と合流した。トイレで起きた一件のことは言わなかった。トークイベントを見る前から嫌な気分にさせる必要もないだろうと思ってのことだ。
 座席は指定なので、割り振られた番号のついた椅子に並んで座った。センター寄りの前の方という、驚くほどの良席だった。リュウトのコネの力に驚きつつも、イベントが始まるのを楽しみに待った。
 やがて時間になり、トークイベントが始まった。
 進行を任された司会者のような男性が現れ、最初の挨拶や今回のイベントの趣旨などを説明する。
「では登場していただきましょう。ゲームプロデューサーの吉崎時也さんと、原作者の雪平海咲先生の登場です!」
 わーっと観客が沸く。盛大な拍手が会場内を占めた。
 それまでわくわくと心躍らせていた那月は、雪平海咲の登場と同時に表情を曇らせた。
(さっきトイレで出会った男……!)
 愕然とする。綺麗な顔をしてはいるが、那月の股間をじろじろと見ていた先程の男が雪平海咲なのか。
(嘘だ……そんなの、嘘だ)
 楽しみにしていた気持ちが根こそぎ奪われる。大好きな原作、大好きなアニメ、大好きなゲーム、すべてが否定されたような気分になった。
 顔を強張らせながら那月はステージ上の雪平海咲を見つめた。トークの内容が全く頭に入ってこない。ゲーム開発の裏話や、原作小説の裏話、ファンなら据え膳のトークが繰り広げられているはずなのに、全く頭に入ってこない。
 吉崎時也と笑顔で軽快なトークをしながら、雪平海咲は時折、客席を見渡す。一瞬、那月と視線が重なった。偶然のような一瞬だったが、偶然ではなかった。確実に見つけられている。
 だらだらと緊張による冷や汗が出た。雪平海咲は何度かかすめるように那月を見る。そのたびに、身体の底から何かを見透かされているような気分になった。トイレでの光景がフラッシュバックする。あの目に股間を見つめられていたのだと思うと、なぜか不思議なことに下腹部の辺りが熱くなってくる。
(ダメだ。俺、おかしい)
 今すぐ席を立って、どこかへ逃げ出したかった。嫌なのか嫌じゃないのか、自分でもよくわからなくなっている。ぐらぐらと目眩を覚え、ここがどこで、今なにをしているのかもわからなくなってくる。
 大好きだったのだ。原作もアニメもゲームも。この仕打ちに神様を恨みたくなった。
 一時間半ほどのトークイベントが終わり、ぞろぞろと立ち上がる人々に混ざるように那月も席を立った。足元がふらつく。結局、なにも話が聞こえてこなかった。
「那月?」
 不思議そうな顔で辰泰が顔を覗き込んでくる。ぎくりとした那月は、取り繕うように笑った。
「や、なんか緊張しちゃって」
「帰りどうする? 俺の家、寄る?」
 辰泰の瞳の中に下心が見えた。
「……うん」
 触発されるように那月の眼差しに熱が帯びる。
「よし、じゃあ帰ろう」
「ん……」
 辰泰への恋愛感情はまだないままだったが、肉欲に負けた那月は、彼なしではいられなくなってしまった。愛でも恋でもない相手とそういう関係になってしまったのは問題のような気もしていたが、抜け出せないのだからどうしようもない。
 それに愛されるのは気持ちよかった。同時に罪悪感も覚えるが、やはり気持ちよさのほうが勝つ。辰泰は驚くほど献身的で、その気持ちの上にあぐらをかいている自覚はあったが、求められるのを拒絶する気にもなれなかった。
 ずるいのだろう。ずるいのだと思う。
 辰泰の家に着くと、なだれ込むように身体を重ねた。ベッドの上で尻をつかまれ、背後から貫かれる。辰泰から与えられる快感は、ただひたすら気持ちよく、溺れずにはいられない。
 最も感じやすい場所を、辰泰の膨らんだ先端がごりごりと穿ってくる。もはや彼のものとなった前立腺は、歓喜を覚えたように快楽を生み、那月の意識を蕩けさせる。
 熱を帯びた粘膜は、辰泰に絡みついて名残惜しそうに離さず、ぐちゅぐちゅと水音を立てながら収縮している。
「んっ、うぅっ……あっ、はぁっ……」
「気持ちいいね、那月」
 荒い息遣いを繰り返しながら、辰泰が耳元で囁いてくる。
 辰泰に抱かれながら、那月の目の前でフラッシュバックが起きた。トイレで雪平海咲に見つめられた。ステージ上から雪平海咲に何度も見られた。
「んっ、うぅんっ……」
 那月は四つん這いの姿勢のまま、思わず自分の性器をつかむ。
(……見られてた。じっと見られてた……)
 今さらだが、初めて会ったような気がしなかった。彼の作品世界をいつも見ているせいだろうか。小説に没頭し、アニメを楽しみ、ゲームに溺れた。彼が作り出した世界だ。
 那月は後ろから突かれながら、手の中のものをしごいた。快感が脳天まで響き、がくがくと全身を震わせる。手の中に溢れ出る白濁。シーツを濡らす。
(……あっ、いっちゃった……思い出して、見られたとこを思い出しながら……)
 同時に辰泰には申し訳ないと思った。他の男を思い出しながら達してしまったことに。
(……俺って……俺って、すごいクズなのかな……)
 なにも知らない辰泰は、二人の快楽を追うように腰を叩きつけてくる。
「中に出すよ、那月」
「んっ……出して……っ」
 熱いものが体内にほとばしる。この瞬間、自分は彼のものにされたのだと強く思う。腹の中を辰泰でいっぱいにされ、ほどよい快感と幸福感に満たされ、急激に睡魔に襲われる。
 こんなに何度も身体を重ねていれば、辰泰への情もある。だがそれはやはり、愛や恋とは少し違っていた。友情の延長線上のような感覚だ。
 背中にキスされ、仰向けにひっくり返された。辰泰が覆いかぶさってきて、濃厚に口づけられる。
 彼はどんなキスをするのだろう。雪平海咲の顔が那月の脳裏にちらついた。雪平海咲はペンネームなのだろうか。本名なのだろうか。彼はゲームをするのだろうか。もしかしたらどこかですでに出会っているのだろうか。
 そんなことで頭がいっぱいになり、那月はまずいと思った。
 今は辰泰とセックスしている最中なのに。
「そういや、雪平海咲ってイケメンだったな」
 まるで見透かしたように辰泰がそう言ったので、那月は内心でぎくりとした。必死でポーカーフェイスを保つことしかできない。
「雪平海咲って名前だけ聞くと、女なのかなって思ってたんだけど」
「……ん、俺も、思ってた」
 辰泰は気づいていない。那月は内心でホッとした。
「あんなイケメンじゃ、今後女性ファンとかもすげー増えるんだろうな」
「かもね」
「……那月は、ああいうの好き?」
「……えっ?」
 いきなりの質問に、ぎょっとした。
「なん、で? そんな、ことを?」
「……なんとなく」
 辰泰は含みのある眼差しで那月を見つめると、そっと視線をはずした。
「那月は今度いつゲームやる?」
「……え、と……明日かな。日曜日だし。もしかしたら今日もやるかも」
「今日はダメだろ。那月は俺の家に泊まるんだから」
「え? 泊まるの?」
「うん。泊まるの」
 辰泰はそう言うと、那月の両足を抱えて腰を割り込ませた。

つづく