悠久の大陸 16

(掲載日:2017年10月22日)

 とりあえず、身体を綺麗にして、装備も整えて、ゲームを再開することにした。アダルトゾーンに来て以来、セックスが活動のメインのようになってしまっているが、それは本意ではない。ナツキはセックスをするためにここにいるのではなく、ゲームをするためにここに来ているのだから。
(初心を取り戻そう。初心、初心)
 セックスばかりしていたせいか、疲労感は強かったが、それもスオウの魔法で回復してもらった。ゲーム世界のアイテムや魔法はとても便利で、どれほど怪我をしていても疲弊していても、なんとかなってしまう。そこが現実世界とは違った。
(なんか、ドーピングみたいだな)
 ほんのりそんなことを思ったが、体感型のVRMMOだから余計そう思うのであり、たいがいのゲームではアイテムや魔法などで回復できたり強化したりするのが普通なのだ。だからおかしくはないのである。
「じゃあ、真面目に冒険するか」
 スオウがそう言って宿屋のドアノブを握った。
「そう言えば、まだレンザニアの花を三十本採取したやつが完了していないんだけど」
 ナツキが言うと、スオウが思い出した顔をした。
「あっ、そうか。俺が持ってたんだっけ」
 パーティを組んでいる相手とは、気軽にアイテムをトレードすることができる。
 最初からナツキではなくスオウが採取していれば、呪われて身体が動かなくなるようなこともなかったのだ。ナツキはスオウの作為を感じた。彼は初めからナツキが動けなくなるのを狙っていたのだろう。
 今でこそ、仕方がないと思うこともできるが、場合によっては殺意をいだいてもおかしくない状況だったのだ。
(そう考えたら、俺って寛大)
 許せてしまえるのは、心のどこかでスオウを憎みきれないからなのだろう。あんなにまっすぐな眼差しで、好きだ好きだと連呼されてしまうと嫌いにはなれない。
(捨て犬に懐かれた通りすがりの人の気分。たぶん、それだ)
 愛でもない。恋でもない。捨て犬を拾った飼い主の気分。当てはまるものがあるとすれば、きっとそれなのだろう。
 スオウが急に振り返った。どうしたのだろうと見つめ返していたら、いきなり顔を寄せてきた。
「んっ……ふぁっ」
 唐突なキスに戸惑ったが、ナツキの身体はすぐに反応するようになってしまっている。たちまち身体が熱くなり、頭もぼうっとした。
「……いい顔してる」
 スオウがぼそりと言った。
 きっとこういう時のナツキの表情が誤解を呼ぶのだろう。素直に気持ちよくなってしまったりするせいで。嫌がってみても説得力がないと思われるのは当然だった。
「……キスしてる場合じゃないだろ。俺はゲームをやりたいんだよ」
「はいはい。これは当分エッチはおあずけかなあ」
「さんざんやりまくったばっかりのくせに、なに言ってんだよ」
 いろいろなスキルの経験値は増えたが、それでもまだレベル二十の身、リュウトやスオウの足元にも及ばぬ存在なのだろう。ゲームに費やした時間が圧倒的に違うのだから仕方がない。
 宿屋を出てウラクの町の役場の建物へと向かった。受付のNPCに会いに行き、レンザニアのクエストの報酬を受け取った。他に何か受けられるクエストがないか、一覧を見てみる。ランダムで内容が変わるのか、見たことのないクエストがあった。
『モンスター・ザークを十体倒す』
「ああ、なんか普通のRPGっぽい」
 ナツキがホッとしながらそう言うと、すぐ隣でスオウが「そうかぁ?」とぼやいた。
 意味深な反応が引っかかり、思わずナツキは彼を見る。
「……何か知ってるなら言えよな」
「言わなーい」
 知らんぷりをするスオウを軽くにらみつけ、ナツキはそのクエストの詳細を眺めた。
『モンスター・ザークの弱点はエクスタシー。絶頂に導くと倒せる』
「却下」
 ナツキは他のクエストを探した。
『釣りで深海魚・トゥトゥラを五十匹釣る』
「これにしよー」
「えー。五十匹ってことは、ひたすらずっと釣りするんだろ? 退屈じゃない? かったるくない?」
「うるさいなー。俺は普通のゲームをやりたいんだよ」
「もうちょっと戦う系とかにしてよ。俺が退屈だよ釣りなんて」
「んもー」
 ナツキは違うクエストを探した。
『灰色狼を百体倒す』
「これなんてずっと戦ってられるぞ」
「多いだろ。百体って多いだろ」
「時間制限ないんだし、総合で百体倒せばいいってことだろ? クエストの掛け持ちできるんだし、とりあえずこれ引き受けるぞ」
 ナツキは灰色狼のクエストを受けた。ピコンと音が鳴る。
 ステータス画面を開けば、まだ未消化のクエスト一覧の中にこれが表示されるはずだ。
「あとはー」
『羊毛で布を五十枚織る』
「俺こういうの案外、嫌いじゃないんだよな」
「またかったるそうなの選ぶし」
「こういうやつは一人の時にやるよ。リュウトもスオウもログインしてない時に」
「なあ、これは?」
 スオウが指差した。
『幻惑の実を十個拾う』
「……一見簡単そうだけど、裏もありそうな……」
 ナツキの眉間にシワが寄る。
「報酬もいいよ、ほら」
 スオウに示され、確かにと頷く。だからこそ、余計怪しい。
 ナツキは詳細を眺めた。
『スフィルの森の木々から落ちた幻惑の実を拾う』
 おかしなことは書いていない。しかしスオウが推してきた時点で、すでに信用はできない。
「警戒しすぎだろ、ナツキ」
「そりゃ警戒もするよ。レンザニアの花の件があるからな」
「でも俺はこれをおすすめする」
 スオウが強く推せば推すほどますます怪しい。ナツキの眉間のシワがさらに深くなった。
「あんまり気が進まないな……」
「そうか。これならすぐにクリアできると思ったんだけどなあ」
 スオウの声が白々しく聞こえてくる。鼻白んだナツキは他のクエストを選んだ。
「よし、これにする」
『あばれ鹿を十体倒す』
 詳細を見ても、普通のモンスターを普通に倒せばいいようだ。ナツキはこういう普通のものをずっと求めていた。
「よし、行くぞ」
「はーい」
 素直にスオウがついてきた。
 あばれ鹿はどこにでもいるタイプのモンスターだった。町から外に出るだけで、いきなり出てくる。確かにこれならあっという間に十体倒せるだろう。
「じゃあ、俺見てるね」
 スオウが少し離れたところでしゃがんで観戦体勢になっていた。
「おいっ」
「だって俺が手伝ったら、一瞬で終わるし」
「何のためのパーティだよ」
 ぷんすか怒りながらナツキは剣を構えた。あばれ鹿はナツキめがけて突進してくる。剣を振り上げた。
 ――ザンッ。
 楽勝だった。
「あれ?」
 拍子抜けするほど手応えがない。
「あれ? 俺、強い?」
「いいこと教えてやろうか。アダルトゾーンではエッチなことするだけでも、経験値が入るんだぜ」
「…………っ!」
 驚いたナツキがスオウへと振り返る。
「だからずっとセックスしてるだけでも強くなれる」
「……マジかよ。なんちゅー世界なんだ。恐ろしいゲームだな」
 ナツキは呆れながら足を踏み出した。あばれ鹿が現れる。
 ――ザンッ。
 その後もモンスターを倒しまくった。あばれ鹿以外のモンスターもたくさん出てきたので、あばれ鹿十体を倒すまで少々手間取った。
 町に戻って報酬をもらう。
「次はどれにしよう」
「だからスフィルの森まで幻惑の実を拾いに行こうぜ」
「やだってば」
「俺ナツキとエッチなことしたいなー」
「さっきやったばっかりだろ」
「もー。つれないなあ」
 ナツキはステータスを開いて眺めた。まだやってないことはたくさんある。ストーリークエストが途中までしか進んでいないことを思い出した。
 スオウと一緒なら終わるのではないか?
 ストーリークエストはひとつではない。複数のストーリークエストが連なっている。第一話が終われば第二話へと進むことができる。逆に言えば、第一話が終わらなければ第二話は表示されず、選択することもできない。
「なあ、俺、これやりたいんだけど」
 振り返ると、スオウがナツキのステータス画面を覗き込んできた。
「ああ、メインストーリー。俺がとっくの昔に終わらせたやつだなー」
「ストーリークエストって何話まであるんだ?」
「それ言っちゃったらつまんなくない?」
「……そうだけど」
「ぶっちゃけると俺はつまんない。すでに見たのをもう一回見るのとか、かったるい」
「わかったよ。じゃあリュウトに手伝ってもらお」
「待てよ。実はもう一回メインストーリー見たいなあって思ってたんだ」
 慌てるスオウを眺めて、ナツキは思わず笑った。
(……なんか和んでねぇか、俺?)
 相手は協力者だが同時に危険人物だ。憎めない性格だとしても、どうしてこんなに馴染んでしまっているのだろう。
(こいつは俺を何回も犯した男だぞ? 正気か、俺?)
 メインストーリーは全年齢版でもアダルトゾーンでも、内容はまったく同じらしい。ようするにメインストーリーにはアダルト要素がないということでもある。
 スオウがつまらながっているのはそのせいだろう。だが、ナツキはここにゲームをやりに来ているのだ。セックスしに来ているわけではない。
「よし、じゃあ今からメインストーリーやるから」
「あーもう、わかったよ。サクッと終わらせようぜ、サクッと」
「俺はじっくりとストーリーを追いたいんだよ」
「えー。マジかよー」
 ぼやくスオウを連れて、ナツキはメインストーリーの続きを開始した。

つづく