悠久の大陸 10

(掲載日:2017年02月28日)

 ナツキが恨みがましい気持ちでリュウトを思い浮かべている間、そんなことなど露ほども知らない青年が口を開いた。
「俺、スオウって言います。名前聞いてもいいですか?」
 あまり名前は言いたくなかったが、しぶしぶ教えた。
「……ナツキ」
「え?」
 スオウが何故か絶句した。まさか知り合いだろうかと、内心でナツキが焦る。
 だが、スオウが何も言わなかったので、ナツキはホッと胸を撫でおろした。
「ええと、ナツキさん……。ナツキって呼んでもいいかな。君ね、その姿で一人でアダルトゾーンをウロウロするのは、襲ってくださいって言ってるようなものなんです」
「え、そうなの?」
 ナツキは純粋に驚いた。
「もうちょっと、自分の容姿を気にしようか?」
 呆れたように言われ、ナツキは内心で面白くなかった。自分の姿でゲームをするのはそんなに悪いことなのだろうか。
「だから、俺を用心棒として雇ってください。モンスターから守れる自信ありますから」
「…………」
 ナツキはためらった。
「レベルは?」
「五十九ですね」
「……リュウトより弱いのか」
「え?」
「いや、なんでもない」
 アダルトゾーンから出られないとなると、こちら側でこの先もやっていくしかない。となると単独行動は確かに不安だ。
「じゃあ、変なことは何もしないという条件つきでなら、パーティ組んでもいいですよ」
「わかりました。何もしません」
 ピコンと音が鳴り、スオウからのパーティの誘いが表示された。「YES」を押す。
「では、さっそく冒険に行きましょう」
 スオウが喜々として歩き出した。ナツキはしぶしぶついていく。自分のペースでゲームをやりたかったのになあと内心でぼやいた。
「メインクエストはもうやりました?」
 横を歩くスオウに問いかけられ、ナツキは小さく頷く。
「途中までなら」
「どこで行き詰まってるんですか? 教えますよ?」
「行き詰まってるって言うか……モンスターが強くて進めなくなっただけ」
「俺と一緒なら倒せますよ。レベル五十九なんで」
「あのさ、ちょっと思ったんだけど、俺のレベルに合わせて行動したらつまんなくないの?」
 ナツキが言うと、スオウはぶんぶんと左右に首を振った。
「全然。むしろ楽しいと言うか、嬉しいと言うか」
「嬉しい?」
「ナツキのような綺麗な人と一緒に行動できて」
「……はあ」
 綺麗と言われてもピンと来なかった。リアルではあまり言われたことがなかったからだ。
 姿形はリアルとほとんど同じで、違うのは服装ぐらいだ。ある意味、リアルの自分がコスプレしているような状態である。だから余計、綺麗と言われるのが不思議だった。
 スオウがつきあってくれると言うので、メインクエストを進めることにした。
 メインクエストには段階があり、チャプター1、チャプター2、チャプター3と話が続いていく。ナツキが行き詰まっているのはそのチャプター1で、まだほんの初期の段階なのだ。
 やはりレベル五十九のスオウと一緒にいると、ゲームは笑えるほどの早さでサクサクと進んだ。メインクエストのチャプター1はあっという間に終わってしまった。
 本筋から脱線してまったり過ごしたい気持ちもあるナツキは、チャプター2はまだやらずにスオウと新しい町へ向かった。ようやく初心者の村から脱出したのである。
「ところで、スオウはなんで初心者の村にいたんだ?」
「何かやり残してることはないかと思って、一通り村や町を巡っていたんです。そしたらちょうどナツキと出会って。運命の出会いだと思ってます」
「大げさだな」
 ナツキは笑った。
「で、なんで一人でいたんだ?」
「結構いろいろな人と組んだり別れたりしてたんで、ある程度のクエストも終わってしまったし、しばらく一人で行動しようかなって思ってたところで」
「へえ」
「俺、ほとんどのことやり尽くしてて暇ですから。ナツキのやりたいことにつきあいますよ」
「じゃあ、新しい町のクエストでも引き受けようかな」
「気をつけてくださいね。ここはアダルトゾーンなんですから」
「え?」
 どういう意味なのかと不思議に思い、スオウを見た。彼はそれ以上の余計なことは言わなかった。ナツキは首をかしげる。
 新しい町に着いた。ウラクの町という。広くて大きな町だった。人も多く、賑わっている。
 ここに到着するまでの街道では、数々のモンスターと出会ったが、スオウと一緒なのであっさりと倒せた。パーティを組んでいるので、スオウが倒しても経験値はナツキにも入る。
 クエストを受けるために役場の建物に向かった。窓口にはNPCのお姉さんが座っている。やけにきわどい、襟ぐりの大きく開いた谷間丸見えの服を着ていた。
「全年齢のほうだと、このお姉さんもこんな衣装じゃないんですよね。全体的にいろいろ刺激が強い仕様になってるんです」
 スオウが説明してくれた。リュウトの話と若干違う。
「俺が聞いた話だと、アダルトゾーンも全年齢も見た目がほぼ同じって言われたんだけど」
「まあ、同じと言えば同じでしょうね。衣装が違うぐらいだし」
 微妙な差異は省いて話をしただけだったのだろうか。リュウトの話はどこまで信じていいのか、だんだんわからなくなってくる。信頼してついて行ったのに、あんなことになってしまったし。
「現在ナツキさんが受けられるクエストはこのようになっております」
 プログラムで組まれた通りのことしか話せないNPCの女性が、一覧を表示した。普通のクエストの中に、妙なクエストが混ざっている。
『触手の森の蔓から粘液を採取する』
 ナツキは思わず唸った。
「……なんて命がけな……」
「知ってるんですか、触手の森の蔓」
「殺されそうになった」
「えっ? てことは行ったんですね? 遭遇してるんですね?」
「あ? ああ……」
 スオウを見ると、彼はどこか興奮したような顔でナツキを見ていた。
「じゃあ、蔓からあんなことやこんなことを」
「されてるよ。だったらどうなんだよ」
「うああ、想像すると鼻血が出そうです」
 スオウが頭を抱えた。
「想像するなよ」
 ナツキは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「それからどうなったんですか?」
 スオウに問いかけられ、ナツキはぎくりとした。
「どうって……べつに、どうでもいいだろ」
「よくないですよ。気になるじゃないですか」
「いいからもう忘れろ」
 蔓にさんざんいいようにされた後、リュウトに長い時間犯されていた。思い出すと顔が赤くなる。ナツキは忘れるために軽く頭を振った。
「じゃあ、もうヴァージンじゃないんですね、残念だなあ」
「男なんだから、ヴァージンとかそういうの、どうでもいいし」
「蔓の粘液、採取しに行きます?」
「やだよ」
「体験したなら知ってますよね。蔓の粘液には媚薬のような催淫効果があって、全身が性感帯のようになってしまうんです。もしそんなナツキが目の前に差し出されたら、俺」
「変なこと言ってると、パーティ解除するぞ」
「ええっ、そんなあっ。もう言いません。ごめんなさい」
 スオウが慌てて謝ってくる。
 そんな彼を尻目に、ナツキはクエスト一覧を眺めた。
『灰色狼の檻で一夜を過ごす』
「なんだこれ」
「それはですね、言葉の通り、灰色狼と一晩過ごすんです」
「食われそうだな」
「食われますよ」
「えっ?」
「アダルトゾーンですからね」
「……あ、そっちの意味……」
 ナツキは頬を赤らめた。スオウがさらに説明する。
「いわゆる獣姦です。挿れるか挿れられるかについては、もうバトルですよね。まあ、そういう趣味の人しかクリアしてないと思うけど」
「スオウはやったの?」
「俺は断念しました。クエスト受ける前はよくわかってなかったんです。慌ててクエストのキャンセルしましたね」
「あ、キャンセルできるんだ」
「無理なものは無理ですからね」
 他にも妙なクエストはある。
『三十匹のスライムに身体の上を這われる』
『傀儡の洞窟でラスボスの言いなりになる』
『エルフの少女と一夜を過ごす』
 無茶苦茶な内容のものほど、得られる経験値が高い。
 傀儡の洞窟でラスボスの言いなりになるとは、いったい何をされるのやら。
『幻惑の森でレンザニアを採取する』
「これはできそうかな」
 ナツキがそう言うと、スオウが複雑そうな顔をした。
「え? 違う?」
「……いや」
「なんだよ。歯切れ悪いな」
「レンザニアというのは植物で、紫色の花です。それを三十個採取するんですよね……」
「じゃあ、できそうじゃないか」
「……そう、ですね」
 やはりスオウの歯切れが悪い。いったい何を隠しているのだろう。
 よくわからないが、引き止められるわけでもないので、ナツキはこれをやることにした。経験値や報酬の内容がとてもよかったのだ。

つづく