悠久の大陸 1

(掲載日:2016年12月19日)

 悠久の大陸。
 新人作家・雪平海咲(ゆきひら・みさき)の大ヒット小説。その性別は不明で、顔も明かされていない。もちろん年齢も不明だ。
 その正体はネット上で騒がれ、憶測ばかりが飛び交うが、いまだに判明していない。
 三年ほどで十一巻までが刊行され、その人気と連動するようにオンラインゲームが制作された。VRMMO(ヴァーチャル・リアリティー・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン)というジャンルで、人体とゲーム機本体を接続し、意識だけがゲーム世界に入り、プレイヤーとなり行動する。ひとつのゲーム空間の中に何十万人、何百万人が同時にアクセスすることが可能で、それぞれがRPG(ロールプレイングゲーム)を繰り広げていく。
 悠久の大陸はハイファンタジーの世界観で、架空の異世界を舞台にした冒険活劇だ。登場人物も多く群像劇になっている。ゲームと小説は同じ世界観だが、登場人物は圧倒的にゲームのほうが増えておりNPC(ノンプレイヤーキャラクター)として案内役を務めている。ゲームがスタートして一年ほど経過した今となっては、原作小説とゲーム内容は似て非なる世界で、細かい部分では設定が異なっていたりする。ゲームはゲームで原作を元にしつつも、新たな設定が次々と追加されて、独自の方向性を走っている。
 逆にゲームにしか存在していなかった設定が原作に生かされることもあり、相乗効果も相まって、ゲームユーザーも小説の読者もさらに増えつつあった。
 雪平海咲による原作は全年齢対象のファンタジー小説なのだが、ゲーム版の悠久の大陸はスタート時のみ全年齢対象で、機能が追加されていくにつれていつしかアダルト要素も追加された。公式発表されていないこともあり、口コミや人づてでしかその入口が明らかにされていない。ネット上に個人で作られた攻略記事などもあるのだが、その手順が複雑に入り組んでいる上に、日々変更もあり、間違ってアダルトゾーンに入り込むようなことがないようになっている。
 一度入ってしまえば後は自由に行き来できるようになるが、アダルトゾーンに入るとそれまでパーティを組んでいた仲間とは行動できなくなる。こちらを拠点に活動するなら、アダルトゾーンで仲間を探すか、あるいは仲間にこちら側まで来てもらうしかない。
 パーティは三人までしか組めず、追加も削除も互いに自由にできる。安易に仲間にもなれるし離脱もできる。迷惑行為を繰り返す者や不快な者がいればブロックすることができる。
 パーティを組むのにはメリットもあり、個人プレイよりも入る経験値やアイテムや通貨が多い。
 三人でしか共同プレイはできないが、複数のパーティで協力しながら巨大な敵を倒すことも可能だ。
 入った経験値や通貨は平等に三人に分けられ、そのうちの誰かがゲーム世界にログインしていなくても自動的に振り分けられるようになっている。

「……んっ、くっ……ふっ……ん……」
 ギシギシとベッドが鳴る。
 ナツキは朦朧とする意識の中で、四つん這いの姿勢のまま、否応なく前後に揺らされていた。
 後ろから容赦なく突き上げられるのと同時に、前からも猛々しい屹立を咥えさせられている。
 シーツをつかむ手に力が入った。やんわりと嫌がっても、彼らは許してくれない。己の欲望が尽きるまでもてあそばれるだけだ。
「……も、だめ……無理……限界……っ」
 いやいやと緩く左右に首を振るが、その仕草は二人の男の欲望を刺激するだけで、やめさせる効果など微塵もない。
「かわいいねナツキ」
「愛してるよナツキ」
 甘く低い声で囁きながら、二人の男はナツキの深い場所まで欲望を注ぎ込む。
「うっ……あぁっ、あっ……ん……」
 びくびくと全身をしならせながら、ナツキは苦しげに喘いだ。
「……も、終わって……」
「まだだよナツキ」
「宴はこれからだナツキ」
 ナツキの身体は呆気なくひっくり返され、先程まで彼の唇を犯してた男が体内へと進入してくる。
「う……あ、ぁ……」
 奥の奥まで侵食され、ナツキはつらそうに喉を反らした。
 その頬をもう一人の男が手のひらで覆い、ゆっくりと顔を近づけていく。
「おまえは俺たちの玩具なんだから」
 優しく口づけられる。玩具という言葉が初めよく理解できていなかったが、ゆっくりとナツキの中へと浸透していく。
 彼らは愛の言葉を吐きながらも、ナツキを玩具としか思っていないのか。それは寂しさと切なさと悲しさを伴って、ナツキの中へと浸透していった。
 だがそれもじきに朦朧としていく。身体に与えられる快感に身を浸していくうちに、よくわからなくなっていく。
 ナツキは喘ぎ身悶えることしかできない生き物のようになり、やがて理性を手放していった。

「――はっ」
 亜川那月(あがわ・なつき)は顔をあげた。
 目の前に広がる光景は、見慣れた大学の教室で、遠くのほうで教授が教卓に立って何かを話している。
 ゆっくりと周りを見渡すと、それぞれの席にそれぞれの生徒たちが、熱心に、退屈そうに、つまらなさそうに、真剣に、真面目に、スマホをいじりながら、ヒソヒソ話をしながら、講義を聞いている。
 ――夢。
 安堵の息を吐きながら、那月は額の汗を手の甲で拭った。
 何かとても変な夢を見た。だが、もうどんな内容だったのか覚えていなかった。
 どのぐらい居眠りをしていたのだろうと腕時計を見ると、ほんの五分ほどだった。誰にも気づかれていないであろうことに安心しながら、那月は改めて講義に耳を傾けた。

「センパーイ!」
 講義も終わり学食に向かおうとして那月が歩いていると、大きく手を振りながら追いかけてくる青年がいた。那月は声のする方へ振り向く。
 富谷辰泰(とみや・たつやす)という高校時代からの後輩だった。もはや腐れ縁だ。
「おう、どうした?」
「いや、先輩、VRMMOのゲーム機買ったんですよね。もう始めました?」
「いやまだ。休みの日にやろうと思って」
「じゃあセットアップもまだですか? キャラクター作成も?」
「うん」
「じゃああの、俺手伝いに行きましょうか」
「いや、いい。自分でやる」
「俺、教えますよ? これでも半年ぐらい先輩だし」
「やだよ。ゲームの中でまで会いたくねえし。おまえの目の前でキャラ作ったら名前もバレるじゃねえか」
「えええ? 俺には内緒でやるつもりなんですか? なんで? どうして? 一緒にパーティ組みましょうよ」
「ぜってーやだ。やだったらやだ」
 那月はくるっと辰泰に背中を向けて、とっとと歩き出した。辰泰も負けずについてくる。
「俺、先輩がゲーム機買ったら、絶対一緒にパーティ組めると思ってたんですよ。ずっと楽しみにしてたんですよ」
「おまえ、うぜぇ。俺はこれから学食に行くんだよ」
「俺も行きます」
「ついてくんなよ」
「やだ。ついて行きます」
 那月が学食に着いて食券を買うと、隣で辰泰も食券を買う。ちらっと辰泰の手元を見た那月は、同じもの食うのかよと頭の中でぼやいた。シャケ定食だ。高校生の頃からそうだった。この男はなぜか那月の真似をする。同じ大学に通っているのも、那月の真似なのかもしれない。
 食事の乗ったトレイを持って空いている席に座ると、向かい側に辰泰も腰掛けた。自覚があるのかないのかは不明だが、嬉しそうな笑顔を浮かべてテーブルの上に置いてあった醤油を手に取る。
「じゃあ、ゲームのレクチャーしますよ。まず基本操作だけど」
「だからいいって。俺の楽しみを奪うなよ。何も知らないゼロの状態から始めたいんだから。事前知識とかいらねえ」
「それじゃあ強くなるのに時間かかっちゃいますよ?」
「だから、いいんだよ、それで。マイペースにやりたいんだから」
「ちぇっ」
 辰泰はつまらなさそうに舌打ちすると、シャケにかぶりついた。
「わからないことがあったらいつでも聞いてくださいね」
「わからないことがあったらな」
 那月はそっけなく応じた。
 改めて目の前に座るこの男を眺める。背は年下のくせに那月よりも頭ひとつ分は高い。那月が高校二年の頃にこいつは一年だった。その頃は那月の身長の方が高かったのだ。なのに、三年生になった頃には完全に抜かれていた。
 昔から妙に人懐こくて、少々冷たくあしらっても構わず寄ってくる。そんなのはこの男だけだ。不思議な後輩だった。
 嫌いなわけではないが、それほど好きなわけでもない。やはり腐れ縁という言葉が正しそうだ。

つづく